第15話 約束

「どこにいるんだ、ルナ……っ」


 ルナは、商店街の大通りにはいなかった。

 焦り、人混みを掻き分けて町を走り回る。


「焦るなよ。前が見えなくなるぜ?」

「わかってる」


 ポケットから顔を出したニャン吉も、一緒になって辺りを探す。


 まずは、大通り周辺を一回りし、近くの図書館や広場を通りすぎ、咲宮高校に走り向かう。


 だが、ルナの姿が見つからない。


 最悪な予想をしながら、商店街に人が集まる事で閑散かんさんしてしまった道を走り探し続ける。


 ―――と。


 狭い路地を通りすぎようとしたとき。ちらりと、赤い髪が見えた。


「……いた」


 勢いのあまり行きすぎてしまった足を後戻りさせながら、路地の奥へと歩み寄る。


 そこには、膝を抱えてうずくまるルナの姿があった。


 それを見て、ニャン吉がポケットの奥に潜り込む。ニャン吉は、どうやら境以外に動いているところを見せたくないらしい。そんなニャン吉に小さくお礼を言いながら。


 ひとまずは、居たことに安堵あんどを覚える。


「ルナ……?」

「っ!! ……ぁ、キョウ……」


 ルナが、顔をあげる。

 不安そうに深紅ルビーの瞳が揺れていた。


「……大丈夫、か?」

「大丈夫よ。ただ、少し驚いてしまっただけ……。たまにね、あんなふうに取り囲まれると。思い出しちゃうの……


 まるで。弱い自分を自嘲じちょうするかのように、薄く笑う。


「…………キョウは」


 少し言葉を切ってから。決心したようにルナが言葉をつむぐ。


「私の家が、どこか、知ってるのよね?」

「ああ、知ってるぜ。確か……サンライズ家だろ? あの、炎の【職業ジョブ】で有名な」


 真歩が前に言っていた事を、思い出しながら言う。すると。


「そうよ。私は『ルナ・サンライズ』。やっぱり……。キョウも知っているのね……、


 どこか悲しそうに、諦めたように目を伏せるルナ。そのまま、うつむいて黙りこくってしまう。


 不穏ふおんな空気が辺りを支配して、境が困ったように頬を掻いてから。


「んじゃあ、戻るか」

「え?」

「いや、だって、マフとシュンを待たせてるし」


 平然とした様子でそんな事を言う境に。ルナが、目を丸くして驚く。そして。呆れたように、でも嬉しそうに微笑ほほえんだ。


「……フフ。そこは、女の子にもっと何かを言ってあげるところよ?」

「そうか?」


 ぽりぽりと頭を掻く。


「やっぱり、キョウと会えて良かったわ。そうね、戻りましょう」


 クスクスと肩で笑いながら、そう言って。

 立ち上がり。

 クルリと、きびすを反して背を向ける。


 ……よくわからないが、もう大丈夫そうだ。


 前を歩いていくルナの姿を、静かに見つめて。すぐに、ルナの後を追う。


 あくびをして目尻に涙を浮かべる境、それを見上げながら笑いかけるルナ。


 境はルナを伴って歩いていく。


 ―――その時。


「……? ……なんか来るな」


 ポツリ、と。境がこぼす。


 聴こえてきた。

 後方から。足音が。

 沢山の、大勢の足音が。


「え……?」


 やっとその事に気がつき、ルナが後ろを振り向く。


 そこには、ガシャリとよろいを鳴らし、狭い路地の道を塞ぐ男たちが居た。

 その男たちは、白い甲冑かっちゅうまとい、腰に細い剣をたずさえた、威風堂々たる騎士だった。

 ザっとその数、八。


「騎士……。穏やかじゃねぇな」


 境は眉をひそめて不信ふしんがる。

 と、騎士のうち一人の騎士が前へ一歩でた。


「ルナ・サンライズ様、でしょうか」


 それに、ルナと境が顔を見合わせる。


「なんだあいつら、ルナの知り合いか?」

「あの鎧は……、お父様の護兵ごへいのようだけど……」

「なんで、こんなところに護兵そいつらが?」


 そう小声で話し合っていると、しびれをきらしたように騎士が口をひらく。


「ルナ・サンライズ様で、間違いないですか」


 さっきよりも大きな声に。ルナは、戸惑いながら頷く。


 頷いた、その瞬間。


 ビュッ、と。


 くうを切り裂きながら。



 ルナの首に剣先が集まる。



「ひゃ……っ!?」


 ルナは、その目先に突きつけられた剣先を、怯えながら見つめた。


「ルナっ!? ……おい、貴様ら。これは何のつもりだ?」


 キッ、と。ルナをとっさに背にかばいながら、騎士たちを鋭く睨み付ける。

 騎士たちは、ルナに剣先を突きつけたまま。


「恐れながら。サンライズ家の当主様の命令でございます」

「お父様の……っ!?」



「ルナ・サンライズ様を、見つけしだいようにと」



 淡々と。

 迷いもなく、そんなふざけた事を言った。

 今、こいつらは。


 ルナを殺すと言ったのだ。


 それも、ルナの父親が。


「そんなっ、ふざけ―――」



「――わかりました。おとなしくしたがうわ」



 境の言葉を遮り、ルナが境の前へ出た。


「……は? 何言ってんだよ!」


 肩をつかもうと手を伸ばすが、パシッと。ルナに、呆気あっけなく払い落とされた。


 少し振り向いたルナの瞳は、どこかうつろになっている。あの笑った時のような輝かしい光は、もうその深海のような瞳には映らない。


 諦めたような、拒絶するような。

 感情のない暗い瞳で、境を横目で見る。


「良いのよ。わかってたの。私は、サンライズ家にふさわしくない【職業ジョブ】なの。私は、。だから……、いつかこうなるのも……」



 炎。



 またそれだ。


 ルナは、自分の【職業ジョブ】を嫌っているのだろうか。

 どうして。


 ルナは、少し間をおいてから。小さく笑った。



「短い間だったけど楽しかったわ、キョウ。これはしょうがないことなのよ。私は諦めてるの、もう諦めているのよ」



 自分に言い聞かせるかのように、諦めていると二回繰り返し。

 そして、騎士に向かって歩いていく。

 その抵抗しない様子に、騎士たちはゆっくりと剣を下ろす。


「抵抗しない方が良いでしょう。痛みは長く続かない方が良い。……そこに立って下さい」

「…………はぃ」


 そう小さく返事をして、指し示された場に立つ。そして、神に願うように指を組み、うつむく。赤い髪が、さらりと肩から滑った。


「では、失礼します。ご覚悟」

「…………」


 振り上げられた剣が、無慈悲に振り下げられて。


 ザシュ……、と。斬った。



 ―――なにもない空間を。



「っ!?」


 騎士たちが、ひどく狼狽うろたえる。

 確かに半瞬前、少女がいたはずなのに。

 なんで。

 どうして。

 ……まさか。



「はっ! ルナは、殺させねーよ!」



 バッと、騎士たちが後ろを振り返ると。

 したり顔で境が立っていた。ルナを横抱きにして。


「キョ、キョウっ!? 何やってんのよ! 私は諦めたって―――」

「―――わけねぇだろ」

「!!」


 きっぱりと、ルナの言葉を折る。それにルナが、目を見開いた。



「諦めたやつが、そんな悲しい顔をするわけねぇだろ」



 ルナの。

 その見開いた瞳が。


「なんなの……」


 ふと、揺らぎ。


「本当になんなのよ……せっかく諦めようとしていたのに。……これが、私の変わることのない運命だって」


 そう思ってたのに。と、ルナが震える声で境に言う。


 真珠しんじゅのような大粒の涙が溢れ落ちる。



「なんで、そんな事言うのよ! 諦めようと思ったのに! これじゃあっ、生きたいって思っちゃうじゃないっ!」





 境が、腕の中のルナに優しく微笑みかける。



「生きたいって思えよ。俺が願いを叶える。守る。どんな時でも。俺らは、友達だろ?  ―――



「~~~っ!!」


 とどめなく、涙があふれて、境の胸元を濡らす。ギュウ、と。服を握られる。


「ずるい……ずるいわよ」


 そう呟いてから、顔をあげた。

 その瞳には、希望という激しい炎が燃え上がっていた。光を宿した目で、境を見上げる。



「生きたい。生きたいよ。守って、キョウっ!」



「りょーかいだ」


 ダッと、境が騎士たちに背を向けて、脱兎だつとのごとく勢いよく走り去っていく。


 それを見て、ポカンとしていた騎士たちも我に帰り、追い始める。


「に、逃げたぞっ!?」

「追え! 逃がすなっ! 待てえぇぇえぇっ!?」


 背後から勇ましい声が追いかけてくるが、待てと言われて待つような人間など居ない。

 捕まったら、ゲームアウトどころか、人生アウトだ。……おお、とてもスリル満点。


「だああああっ! なんで、毎回こんな……っ! あれだな! 【凶運】だな! くそが、マジで要らないからぁあああぁぁあああっ!!」


 すさまじく流れ去る町の景色に、境の叫び声が響いていった。
























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