第16話 聞いて昔話 見て私を
走る。走る。
家々の。
人影のない、曲がりくねった道を
「待てぇ! いい加減諦めろぉおおっ!!」
「どこまでっ、逃げてもっ、無駄だあっ!」
「それにしても、あの反逆者、なぜ疲れないのだ……!? 女を、かついでいるとっ、いうのにっ」
後ろからそんな声が、しつこく追い回して来る。ガッシャガッシャと鎧を鳴らしながら追ってくる。
「……しつけぇなぁ。さすが、貴族の護兵。一応体力はあるんだな」
後ろを少し振り向いて、境はため息をついた。そして、また前を見やる。
「素直に誉めている場合じゃないわ! どうするのよ! これじゃあ数で負けちゃうわよ、キョウ!」
腕の中で、ルナが焦りを混ぜた声で叫んだ。
それに軽く頷く。
確かに。
このままだと、数で押しきられちゃうだろう。つまり、負ける。
――正直に言って、かなりヤバイ。
それを回避するには、巻かなければ。
そう思っていると。
「……左の脇道で曲がれ」
そんな淡々とした声がしたと、発生源を見下ろすと。胸ポケットから顔を出したニャン吉が前方へ指を指していた。
「ニャン吉。……ああ。わかった」
ニャン吉の瞳を覗き、その戦略に気づき頷く。
家々の隙間のような一本道が横に現れる。
直線上に走っていた足を、いきなり90度、
いきなり
「き、消えたぞっ!?」
「お、落ち着け! あそこの脇道に入っただけだ! 追えぇぇぇっ!!」
すぐさま、騎士たちも境たちが入って行った脇道へ飛び込む。
「「「っ!?」」」
しかし、そこには誰もいない。
騎士たちは思わず足を止めた。その汗まみれの顔には、隠し切れない焦りが浮かぶ。苦虫を潰したような声音で喚く。
「なっ!? 居ないぞ! ……巻かれたか!」
「いいや、この道は一本道だ。この先に走って行ったんだ!」
「くっ、反逆者が
そう言って、直ぐに一本道を去っていく。
…………のを、境たちは上から見下ろしていた。
「はっ! 頭、硬いんだよ、お前ら。ここは住宅街って言うことを忘れてねえか?」
家の屋根に、仁王立ちで腕を組んだ境が、不敵に笑っていた。
「まぁ、最初に教えたのはオレだけどな」
「う……」
ニャン吉の鋭い突込みに、境は笑みを
境は、脇道に飛び込んだ直後に。その勢いのついたまま、ブロック塀や庭に生えていた木を巧みに飛び上り。
なんと家の屋根に上ったのだ。
その上っている時に。驚いたルナの小さな悲鳴が、騎士たちに聴こえなかったのは不幸中の幸いと言える。
屋根の端から少し顔を覗かせて。
騎士たちの影が道から出て行くのを静かに確認して、上手くいったと満足そうに頷く。
「……それで。これからどうするの、キョウ」
隣で
その質問を受けた、「あー……」と、悩むような声を出し、考えるように空を仰いだ。
今。自分は護兵たちから『反逆者』扱いになっている。きっと、今日中にはその護兵から
伝わったら。
兵たちを総出力にして捕えに来るだろう。
もちろん。捕まったらただでは返されないと思う。
では、どうするか。
警察署に行くか?
いや。警察の人に。
「貴族から女の子を助けたんだが、その貴族から追われてしまっているんだっ!」
そんな事言ってみろ。
絶対、少年漫画のヒーローを夢見ている痛い人だと思われて、精神科を勧められる。信じてはもらえないだろう。
境は、更に考える。
では、サンライズ家に交渉しに行くか?
なんて?
そもそも、どうやって?
最悪、会う前に捕まり、殺されるかもしれない。リスクが高すぎる。
これはダメだ。
そして、境は悩ませる。
……。
考える。
…………。
更に考える。
「……あれ? これ、詰んでね?」
たらりと嫌な汗が頬を伝った。
「やっと気づいたのっ!? と、言うか。何も考えないで行動したのね!? てっきり、なんか
「ふっ、俺が策など作ると思ってたか?」
「開き直るなドヤ顔するな、この運動バカっ!」
ギャーギャー喚く喚く。
境は耳に栓をしながら、
でも、良かった。
と、境はルナを見ながら思う。
ルナが。目の前のルナが。
泣いていたり、悲しむよりは全然こっちの方が良い。……でも、うるさいが。
そんな事をぼんやり思っていると。
何を思ったのか不意にルナが、気まずそうに背を向けた。
青空に揺れるワンピースが、ふわりふわりと、踊る。
深紅の髪も波をつくる。
ほんのりと春を乗せた風が気持ちよく頬をなぜて行った。
さっきと打って変わったその雰囲気に、境が顔を上げた。
「ルナ……?」
その光景が、風景が。
まるで絵のように美しく、境の目を奪う。
「ねぇ、キョウ……? ほんの少しだけね。ほんの少しだけ、誰かの昔話を聞いてくれないかな……?」
少し振り向いて、ルナがポツリと、言う。
「キョウは、私を守ってくれた。だから。これは、貴方に伝えなくてはいけない。聞いて……ね」
「……ああ」
境は、珍しく
そして、ルナが物語を
昔、昔。あるところに、女の子が居ました。
女の子は、有名な炎の【
女の子は、周りの大人たちから、炎の【
そして、女の子も、自分の【
―――自分の【職業】が現れるまでは。
女の子のそれは、炎では、ありませんでした。
周りの大人たちは、それを見るなり。口々に言いました。
『なんだそれは』
『お前は、私たちの家族ではない』
『なんと汚らわしい』
『今までの努力が水の泡だ。忌々しい』
『顔を見せるな、出ていけ。今すぐ出ていけ』
出ていけ出ていけ出ていけ出ていけ出ていけ出ていけ出ていけ。
女の子は、泣きました。
こんな、私なんか。
―――産まれて来なければ良かったのに。と、思いましたとさ。
「…………ルナ……」
ポツリ、と。そのお話を聞き終えた境は、
苦しそうに、辛そうに顔を歪ませる。
「そのお話の、『女の子』は……っ!」
「…………」
しかし、ルナは振り向かない。以前、青空の向こうを見ていた。
その後ろ姿からは、なにもわからない。
「キョウ……。これを見て」
「あ?」
ルナがそう呟いた、その瞬間。
―――ゴオっ
境の周りが、炎で埋め尽くされる。
「な……っ!?」
あまりの唐突さに動揺を見せる境。
その足元を渦巻いている炎は、
どう見ても『炎』にしか見えない。
いや、炎よりも、さらに『炎』らしい。
まるで、炎を演じているかのように。
まるで、本当の自分を隠すように。
「キョウ。きっと貴方も、私を見捨てるのよ。これを見たら。きっと……」
ルナは、深紅の髪を揺らしていった。
髪の隙間から、同じ深紅の瞳が覗く。
まるで、炎を演じているかのように。
まるで、本当の自分を隠すように。
境が見つめる先で。
笑う彼女は。
美しくも、どこか壊れたかのように微笑んでいた。
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