第17話 偽りの炎の真実

 目の前に広がるは、燃え盛る炎の海。

 濁ることをしらないその炎は、赤く、紅く、朱く、燃え上がる。


 その炎を見つめていた境。

 突然のことに驚いたものの、何を思ったのか。


「…………」


 それに、手を伸ばして……触れる。


「お、おい。キョウっ!?」


 ニャン吉が慌てる。そりゃそうだ、炎に素手で触ったのだから。

 もちろん、炎なら大変なことなっていることだろう。



 ただし、それがなら。



 躊躇ちゅうちょなく、手を炎に突っ込む。


 ―――ジュ……


 水蒸気のが辺りに広がる。


 しかし。

 ……その炎は、熱く、なかった。

 皮膚を焦がすようなことは起こら、ない。

 針を刺すような痛みも、ない。


 ただ。


「―――冷たっ!?」


 なんと、その『炎』は冷たかったのだ。

 まるで氷のように、手が冷えていた。


 その意外さに、境はゴクリと息を飲んだ。


 これは。

 この正体は。



「――『アイス』かっ」



 なんと、氷だった。

 そう言った自分でも、未だに信じられなくて。何度も何度も、その偽の炎に手を伸ばす。


 冷たい。


 原型は霧のようにないのだが、確かに氷の冷たさが、そこに有った。


 その言葉を聞き、ルナは背中を見せながら頷く。


「そうよ。私の【職業ジョブ】は、【絶対零度ぜったいレイド】。氷よ」


「……そうだったのか」


 境は、なるほど。と思う。


 朝の決闘の時、いきなり自分の体が熱く感じられたのは……。

 自分が熱くなったのではなく。



 が、なのだ。



 そうすると、人間の体は急激な温度変化に耐えられず、感覚が狂い、あたかも自分が発熱したと思わせるようになるのだ。


すげえ……」


 素直にそう思う。


 氷を霧のような細やかな粒にして。

 更に、光の反射を設定し、いかにも燃えているように錯覚させる。


 こんなに工夫をこらせるのは、もちろん才能もあるだろうが、何年も研究してきたからに違いない。


 だから素直にそう思った。


 その賛辞さんじの言葉に、ルナはふるふると、力なく首を振った。


「でも、結果は……。いくら炎を演じても、いくら戦力になろうとしても。『サンライズ家』には必要のないものだったわ……」

「…………」


 ルナの、どこか自嘲じちょうするかの声に、境は何も言えなくなる。


 本当は、何かを言いたいのに。

 その何かが見あたらない。


 そんな様子の境に、悲しそうにルナは笑った。


「……キョウだって、きっと私を見捨てるわ。こんな弱い私に愛想つきて。私は。ライオンの皮を被った猫よっ」


 言い出しては、もう滝のように止まらない。


「どうせ、どうせ。でも良いのよ」


 その言葉の端々はしはしに、嗚咽が混ざる。子供のように喚くように、乱暴に言葉を繋げる。


「私は慣れているから。これが、これがこれがっ、私の決められた運命だって……っ」



「『約束』」



「っ!?」


 境のその呟いた一言に、ルナが言葉を詰まらせる。

 境は、真摯しんしに見つめながら続けていく。


「もう忘れたのかよ。約束しただろ? 俺は、守るぜ。見捨てはしない。絶対に。……それに」


 少し間を開けてから。



「決められた運命がなんなんだよ。そんなの抗いまくって、ぶっ潰せばいいだろ」



「~~~~っ!!」


 そう言われて、ルナは肩をビクッと震わせる。

 そして、うつむいたまま、やはり諦めたように。

 けれども、確かな期待を乗せた声音で言葉を繋ぐ。


「でも、それは。……それは、約束したから。キョウは、本当は、私のこと……」



「嫌いだね」



 即答。


「!?」


 まさか、そう即答されると思っていなかったのか。もしくは、違う答えが返って来ると少しでも期待していたのか。

 ルナが揺らいだ。

 そしてショックを受けたかのように固まる。


 それを尻目に、境が淡々と続ける。


「今のお前―――『ルナ・サンライズ』は嫌いだ。けれど……」

「キョウっ!! 人が来たっ!」


 その時、屋根の端で見張りをしてくれていたニャン吉が叫ぶ。

 その声は、もちろん隣にいたルナにも届いてしまったようだ。


「え……っ、今、人形が……っ!?」

「「あ、やべ」」


 ニャン吉は、おのれあやまちに気づくも、時すでに遅し。

 境も、「あちゃー」と顔を手で覆う。


 ルナは、ニャン吉を凝視する。

 穴が空くほど、見つめる。

 だらだらと、ニャン吉から汗が滝のように噴き出すなか、ルナは永遠とも等しい間見つめ続け……。



「これ、中にだれかが入っているのねっ!!」



「「あ。あれだ。子供の夢を壊すやつだ」」


 あきれる境たちの目の前で、ルナはどや顔をかましながら得意げにする。


「ふふーん。もう騙されないわよっ! もう知ってんだから、あの夢の国のネズミだって……、本当は……っ」


「「…………」」


 ルナは何か、嫌なことでも思い出したらしい。ダーと、涙を流している。

 その夢の国とやらで、そのネズミの頭が外れて、中からおっさんが出てきたのだろうか。


「……でもよ、その、オレの中には人なんぞ入れねぇんだが……」


 ジト目をする境の前で、つい敵に塩を送ってしまうニャン吉。

 確かにニャン吉は、この見た通り手の平サイズで人なんか絶対に入れない。


 しかし。

 ルナは少し考えた後。


「じゃあ、あれよ。ジャパニーズ ニンジャよ」


 やはり、そうどや顔をするのであった。


「ア、ハイ。モウソレデイイですヨ」


 反論する気力も無いようにガクリと、肩を落とすニャン吉。

 ルナは、中に人が入って居ることを曲げる気は、無いようだ。

 まぁ、それはそれでめんどくさくなくて、ありがたいのだが。


 それでもルナには、もうあきれるしかない境たち。


 その時。


「あ。そう言えば……」


 境は、ふと思い出す。

 嫌な汗が流れた。

 さっき、ニャン吉は、なんて言ってこちらに来たのか。

 確か―――


「人が、来た……?」


 そう呟いたその瞬間。


 境たちの、隣の屋根に、人影が舞い降りた。


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