第18話 屋根の上の四人の影
目の前に突如現れた人影は二つ。
誰かを探すかのように、辺りを見回す。
―――いない。
いや、隠れていた。
境たちは、相手の屋根から反対側に隠れていた。
あの人影が振り向く直前に、脊髄反射的に、ルナとニャン吉を強引に腕の中へ引きこんだのだ。
隠れた、と言っても。
山折りになった屋根の死角に、身を伏せているだけ。
だから、もしも敵が境たちの居る屋根に来てしまえば―――終わる。
「ちっ……まずいな」
境は小さく舌打ちをする。
この状況はかなりやばかった。
まず、あの二人は、間違いなく誰かを探している。
ただ人を探すなら、人の多い祭りに行くはず。
なのに、こいつらは、わざわざ人の居ないここに来た。
そして、こいつらは、俺たちがいる屋根の上に来た。
たしかな確信を持って。
こいつらは―――
境は、じんわりと浮かぶ汗を拭う暇もなく思う。
こいつらは―――
カツン。
靴の音が聴こえる。
境は、必死に耳を澄ました。
カツン。
また、靴の音が―――近づいているっ⁉
「あれあれー? おかしいなぁ? 確かにここに居ると思ったんだけど、ホラ」
「うん、本当だね。なんでだろう。探してみようか」
「ぐっ……」
それを聴いて、境は顔をしかませた。
やはり、こいつらは探している。
今からでも、逃げるか?
いや、この体制からだと不利だ。
さっさと逃げとけば良かった。
せめて……。
せめて、もう一人でも仲間が居たら……っ!
と、境はギリッと歯噛みする。
やっと今の状況に気が付いたのか、目を白黒させていたニャン吉とルナも顔色を変える。
「え……、やばいじゃない」
「あー、オレのことを直ぐに聞いていりゃあ、こんな事にならなかったのに……」
「おい、静かにしろって」
ぼそぼそと、小さな声で話す。
―――小さな声で話したはずなのだが。
「ん? 今、声が聴こえたような……」
「「「!!」」」
誰かの喉から、ヒュッと息が漏れる。
強張った体が言うことを聞かない。
「あ。なるほどねぇ。そこにいるのか」
ドクンドクンと、心臓の鼓動がうるさい。
カツンカツンと、足音が近づいて来るたびに、荒い呼吸が更に乱れまくる。
酸素が足りない。
嫌な汗が頬を流れる。
このまま、自分は斬り殺されるのか。
向こうの世界が、妙に近く感じられる。
腕の中の、二人が震えるのがわかる。
けれども、今は安心させるような言葉をかけれない。かけられない。
「最悪、俺が時間を稼ぐから……。逃げろよ……っ!!」
その言葉に二人が瞬間的に首を向けてきた。
その眼には、強い意思がこもっているのが見えた。
『嫌だ』、と。
「お前ら……」
それに境は、複雑な顔をする。少し嬉しいような、悔しいような。
カツンカツンカツン……。
その間にも、ドンドン人影が近づいて来る。
あと、10メートルくらいだろうか。
心臓が波打つ。
カツンカツン……。
波打ち、騒ぎ、悲鳴をあげる。
カツンカツン……。
汗が浮き出て、腕に力がこもる。
カツンカツン……。
ギュッと、目を瞑る。
「すまねぇ……!」
カツンカ、ツ……。
足音が、止まった。
動きがない。
不思議に思い顔をゆっくり上げる。
なんで?
助かった。
―――訳がなかった。
人影が、自分たちを見下ろしている。
それに気が付いた途端、ドクンと、心臓が跳ねる。
目が驚きに見開かれ、次の瞬間、鋭い敵意に変わる。
反射的に、ルナとニャン吉を背にかばう。
「くそ……、こうなったら一かバチかっ!」
その言葉に、二つの人影の動きがハタと止まる。
まるで、困惑しているかのように。
でも、これも罠だ。迷っていたらこちらが殺される。
ルナとニャン吉を守らなきゃいけないのに……!
先手必勝。
ダッと、近くにいた細い人影へと飛びつき。
腕に、うねりを入れて―――
「え、あ、ちょ……⁉」
「吹き飛べぇぇええぇぇえぇぇっ!!」
「待って、僕だよっ。如月君しっかりげばはぁあぁぁぁあああっ!?」
「「「………………え?」」」
そんな声と共に、見覚えのある少年は、空高く舞った。
碧のかかった髪に、すぐに吹き飛ぶモヤシのような少年。その少年は。
「「「瞬んんんんんんんっ!?」」」
「うぅ……、
しくしくと、赤くなった頬を擦りながら、隅で縮まって泣く瞬。
ただ今、家の屋根にて反省会中。
赤い屋根の上で四人が、円になり、そこに座って話し合っていた。
「うぐ……。瞬だとは思わなくてな……」
あぐらをかいている境は気まずそうに、ポリポリと頬を掻いた。
「……わ、私は、わかってたわよ」
「嘘だっ!!」
ルナの目が泳いでいる。なぜこんな嘘をほざくのだろう。
貴族という者は、見えを張る生き物なのだろうか。
「まぁまぁ、みんな無事で良かったよ」
真歩が、なだめるように苦笑いで、その場を取り繕う。
不意に、ポケットの中が、もぞりと、動く。もちろん、中に入って居るのは……。
「……ん? どした、ニャン吉?」
「……」
ピョッコリと、境の胸ポケットから顔だけを出しているニャン吉が、ある方向を考えるように見つめていた。その目線の先は真歩。
そして。
しばらくニャン吉は、真歩を見つめ続け……。
「ふうん、だからわかったのか……」
ニャン吉は、納得したように軽く頷く。
その奇妙な様子に境が首をかしげる。
「……? 何がだ?」
「あ? あぁ、マフが、どうしてここに来れたのか、だ。多分、あれは【
それに境は、なるほど。と言った。
確かに真歩の【
しかし、そのニャン吉の言葉を聞いて……境はふと、気づいた。
「……ん? 俺、お前にマフの【職業】のこと……言ったっけ……?」
いや、言っていない……はずだ。
まだ、ニャン吉には言っていないはずなのだ。
「………………え? そうだっけ? あー、まぁ昔から知ってたし」
「え? 知ってた? 昔から……?」
「……え、あ、ああっとっ! 違う違う、その、アレだ。うんと、噂から聴いたんだ」
「…………」
ぶんぶんと、小さい腕を振り回し、やけに
「な、なあ、キョウ。それで、どうするんだよっ。あいつらにも事情を話すか?」
「……んー」
強引に話を変えるニャン吉に、ジト目を送りつつ。
大切な事なので、考える。
―――どうしたものか。
当然、これに加わって欲しい願いもある。
しかし、これは危ないことなのだ。
あの騎士たちが、女子供 関係なく、武器を振りかざすかもしれない。
正直に言って、これは真歩たちには関係ないことだ。
だから―――
「……キョウ君」
我に戻って横を向くと、真歩が穏やかに笑っていた。
そのまま彼女は、境の腕を取り、両手で優しく包み込む。
「キョウ君。ボクは、君が困っていたら助けたいよ。だってボクらは―――友達じゃないか」
そう言って、真歩の手に力がこもる。
真歩のその顔は、どこか切なげで。でも
「マフ……」
真歩の顔を、ジッと見つめて。
「……これは、凄い危ないことだ。一歩間違えれば、命が簡単に
戸惑うように少し、考えるように言葉をあけて。真歩たちを見る。
真歩たちは、全員境をしっかり見つめていた。
それが、その先の答えを教えていた。
それを見て、境は気持ちがついたように前を向く。
「みんな、俺に力を貸してくれ……っ!」
見渡す。
ルナも、真歩も、瞬、ニャン吉が。
ゆっくりと、でも深く頷いた。
パンパン、と。
境は、スラックスについた砂汚れを、払い落としながら立ち上がる。
時は、午後3時あたり。
少し、日が傾きかけている。
「ほら、キョウ。速くしなさいよ」
屋根の端で、太陽を背にした三人の
ああ、今行く。と、答えながら。
境も、その三人の影へ向かう。
「へま、すんじゃねぇぞ?」
ポケットから覗く小さな影が、言う。
「僕、こ、怖いけど……。そ、それでも頑張るよっ!」
ガタガタと震える細身の影が、言う。
「みんなで、また笑顔で会おう!約束だからっ!」
大きなリボンの影が、言う。
「ああ、約束だ。それじゃあ、さっき話した
最後に、境がそう言う。
眩しい太陽に向かって。まっすぐに。
そこに四人分の影ができた。
そして―――
「「「「「―――作戦開始っ!!」」」」」
そのかけ声と、共に。
バッと、それぞれの影が舞った。
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