第19話 切り抜けろ

 ―――駆ける。駆ける。駆ける。


 真歩と、瞬の二人が、住宅街の並ぶ屋根の上を旋風せんぷうのように駆けていた。


 規則的に並ぶ屋根から屋根へと飛び越える。

 跳躍ちょうやくし、疾駆しっくして助走をつけて、また舞う。


「大丈夫?」


 瞬が隣を駆ける真歩へと、呟く。


「まだ、大丈夫。……この調子でいこう」


 うっすらと額に汗をにじませながら、真歩が答えた。


「わかった。……けど、みたいだよ」


 瞬たちが、次なる屋根を目がけて、天高く跳躍した。

 その瞬間。


 待ち構えていたかのように、死角から何者かが現れた。


 それは―――八人の騎士。


 白の甲冑を身にまとい。すでに剣を前に構えた状態で、立ちはだかっていた。

 日の光をあびた剣先が、ギラリと鈍く光る。


 その騎士たちは、瞬と真歩を見て怪訝そうに眉をひそめた。


「ぬ……? 気配からして、かと思ったが……。貴様らは、一般人か?」


 その問いに、瞬が「さあね」と、目を細めた。


「僕たちぃ、急いでるからぁ。関係ないおっさんたちはどいてくれないかな?」

「「「…………」」」


 その人を子馬鹿こばかにするような言いぐさが、誇り高き騎士たちの核心に触れたらしい。


「貴様ら……騎士に対する侮辱ぶじょくは、死でつぐわねければならないぞ? ―――いざ」


 ビキビキと、額に青筋を浮かばせながら、剣を突き出す。


 その顔を憤怒の色に染め上げて、瞬たちを睨む。

 真歩はともかく、気の弱い瞬は、顔を真っ青にしてガクガクと震え。


 ―――る、事はなく。


 ニヤリと。

 まるで、わかっていたかのように。

 唇の端をつり上げた。



「後は頼んだからね?」



 そう、あてもなく呟いた。

 誰もいない、後方へと呟いた。

 ――と、思ったら。


「うん、わかったよ。後は任せてっ」


 そんな声と共に、後ろに人が現れた。


 準備していたかのような素早さに、騎士たちの目が吸い寄せられる。

 そして、驚愕に見開かれた。


「お、お前たちはぁ……っ⁉」


「はいはーい、私はルナだよー」

「お、俺は、キョウだ」



 そこには、あの境とルナが堂々と立っていた。



「やぁやぁ、そこの騎士たち君。私たちを探していたんじゃなかったのかしらぁ? ……あ、もしかして見逃してくれるのかなぁぁ?」


 赤いツインテールをゆらゆらと、揺らしながら。ルナが、悪役のように意地の悪い顔で挑発する。


「ちょ……、言い過ぎだろ……」


 境が急いで止めるも、ルナは、卑屈ひくつな笑いを崩さない。

 止めるどころか。さらに、嫌みを重ねていくようだ。


「あー、わかったわ。騎士君たち怖いんでしょー。この私の【職業ジョブ】が怖すぎて戦いたくないんでしょー。ブルブル震える騎士君は、さっさとおうちに帰って布団でもかぶってなさいっ!!」


 その人の神経をわざと逆なでしてくる言葉に、真歩はなぜか頭を抱え。

 境は、顔を青くする。瞬は、面白そうに笑って。


 騎士たちは。


「「「…………」」」


 騎士たちは、ずんむりと黙る。


 ルナの隣にいた境は、それを見て素直に関心する。


「へぇ。流石さすが、騎士だ。こんなに悪口言われても我慢できるなんて……」

「「「…………るか」」」

「ん?」


 境は、騎士たちに視線を戻す。

 と。騎士たちはそこだけ地震でも来ているように細かく震えていた。


 その今にも雷が落ちそうな大きな黒雲を前に、境が嫌な予感と共に一歩下がる。


 ――そして。


「「「我慢できるかぁっ! 貴様ら、ぶっ殺してやらぁああああああっっ⁉」


「ですよねぇえええええっっ⁉」


 その瞬間。

 ダッと、怒り狂う騎士たちが屋根に跳ね付き、凄いスピードでよじ登って来る。

 怒りにおのれの身を任せ、がむしゃらに登って来る。


 その様子に、瞬が満足そうに頷いた。

 そして、顔を引きつらせる境とルナに、振り向く。


「それじゃあ、もう行くから……。絶対に死なないでよ?」


 いつになく真剣な顔で。


 二人を真っすぐに伝える。


 その言葉に、境とルナは神妙しんみょうにゆっくり頷いた。


「死ぬもんですか。また一緒に……またみんなで笑うのよ。君たちも絶対無事で帰って来るのよ? 絶対」


 ルナの心配するような、期待するようなそんな声音に。


 みんなが頷いた。


 笑顔で。


「「「待てえええっ! そこの不届きどもぉおおおっ」」」


 ダーーっと、騎士たちがこちらに迫って来るのが、視界に移る。


「っと、やばい。後は頑張ってね!」

「はいはーい」


 そう言いあって、瞬と真歩はその場から走り去っていった。




「……それで、どうするの? 屋敷目的地とは正反対……。これではあの人には会えないわ」


 ガランとした無人の道路に、真歩の声が響く。


 大きな赤いリボンが、地を蹴り上げるたびにピョコピョコと、揺れる。揺れる。

 真歩は、隣を走る瞬が無言なのを怪訝そうにして、今度はもう少し大きな声で聞く。


「聞いてる? このまま向かっても、あるのは学校くらいよ?」


 それを尻目に、走りを止めずに瞬が答える。


「そう、学校に行くんだよ」


「……え」


 真歩は目を見開いた。そして、すぐに顔をしかめる。


「もしかして、学校の生徒を巻き込むつもり? ……そうなら、わ……ボクは行かないわよ」


 違うよ。と、瞬が苦笑しながら言う。


「そんなことはしたくないし、しない」

「……そう。じゃあ、どうして……」


 パタパタと、手を振る瞬を、真歩が戸惑いを隠せない目で流し見る。


 それはね……。と、瞬はもったいぶったように笑う。

 普段の優しい彼とは思えないほど、意地悪くニヤリと。


 その眼は、まるで新しい玩具おもちゃを手に入れた子供のように輝いていた。


 そして、一呼吸おいて、真歩に教える。



「あそこには、便がいるんだよ」

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