第20話 鬼ごっこ

「行けぇええええええっ!! 見失うなぁああああっ!!」

「「「おおおーーー!!」」」


 そんな物騒な声が街を走り回る。


「二手に分かれますかっ? 九条くじょう団長っ!?」

「いいや、分かれるな。勢力分散。それこそがあいつらの狙いだっ」


『九条』

 そう呼ばれた一番前を走る男は、苦々にがにがしく顔をしかめた。


 狙うは、目の前を走る高校生の小僧とお嬢様。


『元お嬢様を死刑にする』というしゅのご命令でここまで来たわけなのだが。あの忌々いまいましい黒髪の小僧が邪魔をして、なかなか上手く事が進まぬ。


 更には。

 あの元お嬢様が、あのような言葉を言いなさるとは……!


 先ほどの事を思い出し、九条は視界を赤に塗りつぶした。


「かかれ、かかれぇえッ!!」


 そう吠える。


 相手は、たかが高校生だ。子供だ。

 そんな餓鬼がきどもなどすぐに捕えられる。


 ―――はずなのだが。


「なっ。また曲がったっ! ちょこまかと、小賢こざかしい……!!」


 なかなか捕らえられない。

 するりするりと、手の指の隙間から逃げるように。

 あと少しで捕まえられそうで、あと少しで捕まえられない。


 そんな状況に、ギリリと、歯を食いしばった。

 

 九条も、あいつらが曲がっていった角へと入る。

 しかし、すでにそこには誰もいない。

 焦り、辺りをくまなく探すが、結果が出ない。


「九条団長、み、見失いました……」

「…………」


 と。その時。


 隣の道から、人影が通り過ぎて行った。

 その姿はやはり。


 それを見て、九条は頭を抱える。


 これで何十回目だろうか。

 こいつらは、どうして。

 どうして、見失ったら必ず出てくるのだろうか。

 私たちの行動がばれているのだろうか。

 それに。こいつらのは、なんなのだ。

 どうして、行き止まりがないのだ。

 どうして、そんなに裏道という裏道を知りつくしているのだろうか。

 捕まらないように、でも、おとりになるように。


 どうして、どうして、どうして。



 これじゃあ、私たちが遊ばれているようじゃないか……!!



 そう考えているうちにも、あの二人の背中が小さくなっていく。


「ど、どうしますか。九条団長」


 その問いに、九条は頭を軽く振って、半分涙目でこう叫ぶしかなかった。


「決まっているだろう!! 追いかけるんだぁあああああっ!?」




 ――。

 ――――。

 ガッチャガッチャと、鎧を鳴らしながら、八人の騎士たちは走る。走る。


「ぜーっ、はーっ。ぜーっ、……うぅ、はーっ」


 荒い息を出して、酸素を求めるその顔は、青を通り越して真っ白になっていた。

 正直言って、もう限界だった。

 精神的にも、体力的にも。


 それは、前をはしるあいつらも同じことで、走る足取りがおぼついていない。


 ……もういい加減に諦めてくれよ。お願いだから。


 と、泣きそうな顔で心の中で懇願こんがんしてしまう。


 これでは、両方とも倒れて終わりなのではないだろうか。


 というか、何のために追いかけているのだろうか。

 いや、もう、辛いですよ。

 これ終わったら、騎士やめてしまおうかな。……今時じゃないし。


 そんな事を、酸素が回らない頭でぼんやり考えてしまう。


「く、じょう、団ちょ……っ。もう、俺、ダメかもしれない、で、す……」

「な―――、馬鹿やろう。諦めるな。……ああああっ!! さとしぃいいいいいッ!?」


 ハッとして、後ろを振り向けば。

 そこには、うつむせに力なく倒れた同胞どうほうの姿が。


 周りを見渡せば、もう仲間の姿は無惨なことになっていた。

 それを見て。

 自分のことばかり考えてしまっていたと、悔いると同時に。一回撤退すべきなのではという考えが頭をよぎる。


 前を見れば、あと3分も走っていられないような、ふらふらの二人の姿が。


 周りを見れば、自分のために必死に付いて来てくれた、疲れた仲間の姿が。


 考える。いま、自分の決すべき事を。


「くぅ……。九条、団長。俺、役に立てなくて……、立てなくてすみませんっ」

「…………」


 ぼろぼろと、涙を流す仲間。

 それをみて、九条は固まった。

 そして―――


 小さく笑いかける。


 まるで、諦めたかのように。降参したかのように笑った。


「いいや、もう、引き揚げよう。……あいつらは、化け物だ」


 そう言って、賞賛しょうさんの視線を前に向けた。


「―――」


 前を向き直った九条が固まる。

 視線を追い、それをみた騎士たちも固まる。

 そこにいたのは。


 あの二人と、その二人の前に立ちふさがる黒のマントを羽織った。


 ―――まるで、黒い男が立ち塞がっていた。


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