第12話 強引な約束

 教室にやっとのこさ戻ってこれた境達。


 ガヤガヤ、と。

 もう教室は休み時間に入ったらしく、生徒達は思い思いに話題にはなを咲かせていた。


 それを横目に自分の席へスタスタと、戻る。すると。



「おおっ、猫とは可愛いじゃないかっ!」



 突然、ニュッと後方から真歩の顔が覗く。


「とても、可愛いよ。へぇ、こんな天神人形ルミニスの使いもあるんだね」


 キラキラと目を輝かせながら、どこか興奮したように言う真歩。やはり、女子というものは『可愛い』物に目がないらしい。……ニャン吉の性格はとても不細工だが。


 見られているニャン吉は、ジッ、となぜか動かない。


 ただの人形を演じているのか?

 なんで?


 そんなことを、ぼんやり考えていると。不意に真歩の顔が上がり、境を見上げる。

 その顔は、少しだけ眉が下がっていた。



「……やっぱり、キョウ君はこれじゃ嫌だったかい? もっと、格好いい物が良かった……よね……」



 その二人の周りには。

 キラキラとした、いかにも強そうな竜や、誇り高き狼の人形を手にした生徒達が嬉しそうに騒いでいた。


 それをぐるりと見渡し、また自分の手に乗っている、動かない小さな猫の人形を見下ろした。


「………………」


 そして、静かに首を振る。

 否定するために、横に。


「…………え?」



「こいつと――ニャン吉と会うまでは、そう思ってたと思う。……けど、けどな。俺は、ニャン吉に会って、ニャン吉を選んだんだ。後悔なんか絶対していない」



 それを聞いて、手の中のニャン吉が微かに身動みじろぎする。


「……そっか」


 境の真っぐな言葉に、真歩は目を細め小さくはにかんだ。


 それにつられて、境の顔にも自然と笑みが浮かぶ。笑い合って、なんだか少し照れくさくなり、目線を外し頬をカリっと掻いた。


「……そ、そう言えば。マフの人形はどんなのだ? 見せろよ」

「え? あ、ああ」


 別に人形などに興味など1ミリもないが、このまま微笑み合うのもどうかと思う。


 そう少し強引に話を変える境に。真歩は目をぱちくりさせ、そしていそいそとポケットの中のそれを出した。

 それは―――



「鳥……だな」



 真歩の瞳と同じ色の青い羽。すらりとしたしなやかな曲線を描いたその鳥は、白鳥はくちょうのようだった。……青いけど。


「ふぅん。マフに似合いそうだな」


 と、棒読みに適当な感想を述べる。

 すると、えへへと笑いながら真歩が嬉しそうに鳥を抱き締めた。


「ボクも、この子で良かったと思ってるよ! いくら人形だからって、これからもずっと持ってる物だしさ」

「そうだな。こいつらだって生きてるし」


 その満面の笑顔を横目に、境は苦笑混じりに呟いた。


 そう呟いただけなのに。


 その途端。

 真歩が、「はぁ?」と、怪訝そうな顔を向けた。その眉をひそめた顔には、「え? なに行ってるの?」という言葉が、目を通して言わなくともありありと伝わってくる。


 その変化に戸惑いながらも、境は続ける。


「は? だって箱に手を入れたとき、この人形達が、こうしがみついて……。マフは違うのか?」


 そう聞かれた真歩は、神妙な顔で頷く。


「そんな訳がないよ……。当たり前だけどじゃん」

「……??」


 でも、自分は確かに―――

 境は、手に転がっているニャン吉に助けを求めるように見下ろした。

 相変わらず、ニャン吉は動かない。


 しかし、小さく聞こえた。

 ハッとして、耳をすます。

 その内容が、聴こえてきた。


 本当に小さい声で。



「ちゅ う に びょ う」



「………………」

「な、何をしてるんだキョウ君っ! 無表情で、ライターに火をつけるなぁっ! 人形を燃やそうとするなぁああああぁぁああっ!?」


 必死に境の腕にしがみつく真歩。


 そのにぎやかさに、いつのまにか見ていた生徒が、クスクスと笑いだす。

 境達を中心として暖かな笑顔の輪が。広がっていく。

 その時だ。



「き、きき如月きさらぎ君は、いますかっ!?」



 裏返った声と共に、教室の前に生徒が現れた。

 境達と生徒達は、一斉にその生徒へ視線を移す。

 境の目に映ったのは、いかにも気弱そうな男子生徒だった。

 みどりがかかった手入れの届いた髪。そこから覗く、白い肌。大きな紺色の潤んだ瞳と。

 一見すると、その弱々しさから女子のようだ。その男子生徒の名前は。



「―――シュンっ!」



 そう名前を呼ばれた瞬は、教室内の境達を発見し、不安そうな顔にパッと笑顔を浮かべた。

 彼―――瞬は、この前の『職戦重要ランクわけ試験』で出会った他クラスの生徒だ。

 今では、すっかり境達の友達である。


「んで? どーしたんだ、シュン」


 境が近づきながらそう言う。と。

 瞬は顔を真っ赤にして。


「あ、あの、えと、えっとねっその……」


 トマトのように蒸気した頬で、言葉を何度も詰まらせる。なにも知らない人なら、驚くことだろう。


「落ち着けって、ゆっくりでいいから」


 でも、境達は知っている。

 この瞬は、極度に消極的なのだ。

 焦ると、「○▽△□◇☆♪うおっぎいヴぉぷ」と、宇宙語を話して倒れてしまう。漫画で見るような引っ込み系女子でも、もうちょっとましな反応をすると思う。


 そして。


 そんな気弱な瞬は、当たり前のように不良どもの格好の獲物になってしまう。

 実際に。

 瞬は、徒にいじめられ、泣くことがあったのだが……。


「あの、うんと、んと、あのねっ………」


 でも。

 そんなことがあっても。

 瞬は、腐らなかった。

 折れることはなかった。

 辛いことがあっても、例え、崩れ落ちても。

 それでも、瞬は、また立ち上がったのだ。



 彼は―――強い。



 それを、境はひしひしと思っ―――


「――&▽□%@♪▽□……あのね、如月君。実はね……


 …………ひしひしと思っ……。


▽##、□☆、◇△¥○○¥◎※♪〒?如月君、真歩ちゃん、今度の日曜空いてないかな?



「「だあああああっ! せめて地球の言葉を話せぇえええええっ!?」」



 何語だよそれ。

 と、いうか。なんか普通に話してたな。

 お前、何者だし。


 境と真歩の鋭いつっこみに、瞬は肩を大きく震わせ縮こまった。

 少しかわいそうだと思ったが、謝ることはしない。と。


「………あ。それは……」


 ふと、境は、瞬の肩に乗っている物に気がついた。それは、羊のような動物の人形だった。多分、これも先程貰った物だろう。


 その視線に気がついたのか、瞬がその人形を手にのせて見せてくれた。

 大きな瞳がキラリと光る天神人形ルミニスの使いだ。


「ほー。こいつ弱そ……じゃなくて可愛いな」

「え。今、弱そうって―――」

「――言ってない。気のせいだ」


 プププーと、横で真歩が笑い声を堪えている。正直言って、結構ウ ザ イ笑い声だ。

 思わず蹴りたくなるほどだが、今はチョップで勘弁してやる。

「あ痛っ!」と声がするが、無視を極め込んでやった。

 頭を押さえている真歩を横目に、ため息をして瞬に視線を戻す。


「……で? 結局、瞬は何しに来たんだ? なんか用事があったんだろ?」


 その言葉に、苦笑いしていた瞬は思い出したようにハッとさせ。焦ったように早口で。


「うん、そうなんだ。じ、実はね。その、明日の事なんだけど……っ」


 明日……? と、首をかしげる。

 その境の横から、サッと真歩が話に割り込んできた。



「明日ってことは、商店街の『春分しゅんぶん祭』の事かい?」



 しゅ、春分祭? と、またまた首をかしげる。


「如月君、春分祭って言うのはね。ここの近くの大きな商店街でひらかれるお祭りの事だよ」


 ほー、そんなのがあったんだなー、と。興味なさげに棒読みで呟く境。


 まぁ、あったとしてわかっても。そんな面倒事いくことはないが。


 そんな適当に頷く境を見て。瞬が不安そうに。


「あれ……? もしかして、如月君。お祭り嫌いだった……?」


 うるうると。弱気で優しそうな目尻に涙が潤む。

 それに一瞬、躊躇ためらったものの、自分に言い聞かせるかのように軽く首を振り。言葉を続けた。


「……ああ、嫌いだ。人ごみは特にな。だから、俺は行か―――」



「ええーっ! キョウ君、そーんなにお祭り、楽しみにしてたんだぁー!」



「な…………っ!?」


 いかにも芝居がかかった口調で、真歩が境の言葉をことごとくさえぎる。


「しょーがないなー! そんなに行きたいなら、皆で行こうかぁーっ!」

「え? そうなの? 行ってくれるの?」

「ちょ、ちげえっ! 行か……っ!?」


 その時。ポケットの中から、思いっきりつねられた。ぎゅうっと。


「~~~~っ!?」


 キッと睨むと、ポケットの中の猫の目と視線が合わさり。サッと、ニャン吉は、下手へたな口笛を吹き出す。


 そんなニャン吉へ、もう怒る気力もなくなり……。

 そんな事をしている内に話は勝手に、境の思う方へと真反対へ突っ切り。


 無慈悲に終わりを告げる。


「よーしっ! じゃあ、行こう! 春分祭っ!」

「うんっ。楽しみだね!」

「あぁあぁぁああっ!? わかった、もういい。行ってやるよ! 行けば良いんだろっっ!?」


 と、半場 自棄やけっぱちの声が教室に響きあげられた。



 ついでに。


 ピョコピョコ、と。

 教室の近くの曲がり角で、燃えるような赤いツインテールの髪が揺れていたことは。

 この三人は誰も気がつかなかったのである。










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