第28話 ルナ・サンライズの鋼

「ハァアアアアッ」


 大きなホールに雄叫びが響く。

 と、思ったら赤い雷が境に突っ込んでくる。その瞬間に、境の立っていた場所に、火弾が着弾し、大きな炎の渦を造りだし大爆発する。


「――――」


 仕留めた。……とは思わずに、ルナは腕を振り上げた。

 半瞬後、パァリンと、頭上にあったシャンデリアを粉砕させる。


「っと、わかってるのかよ」


 そのシャンデリアに乗っていた境は、飛び出して、スタリと床に着地をした。


 炎の赤い光を浴びてキラキラと雪のように降り注ぐガラスの欠片を軽い跳躍で避けながら、ルナが薄く笑う。


「当たり前じゃない。一回戦ったことあるんだから」


 一回見ただけで覚えるのかよ、と毒突きながら、境は疾駆する。


 そのあまりにも素早いスピードに、ルナは炎を撃つ目標を定められない。

 同じところを行ったり来たりする境に、ルナは腕を構えたまま悔しそうに歯ぎしりする。


「――くっ! 悪あがきを――、……ッ!?」


 境がルナの視界から消える。

 また同じところを進む、とばかり考えていて。いきなり行動を不規則に変えられてしまい追い付けなかったのだ。


 ルナが、注意を散漫さんまんさせたその一瞬で。


「――ふっ」


 境がルナの背後を取り、足を振り上げる――


 カァンッ!


 だが、その一閃は、ルナが慌てて造り出した氷の盾にはばまれる。そのままルナは、後ろへ跳んで距離をとる。


「あー、いけると思ったんだけどなぁ」


「……キョウ。今、貴方は手を抜いたわね?」


 悔しそうな言葉とは裏腹に、楽しそうに言う境へ。ルナが、片手を平をぴったり境に突きつけて、睨む。


「もしかして、友達だから? そう言うのは要らないわよ! 来るのなら本気で来なさい! 本気で戦わなければ、私が終わらせる意味がない!」


 瞳に怒りを渦巻かせながら、ルナが叫ぶ。

 しばらくの間、無言の重苦しい空気が辺りを支配する。永遠と続くような、沈む空気。

 それを最初に破ったのは、境だった。


「……なぁ、ルナ。本当に、戦わないといけないのか?」


 境の発した言葉に、ルナがピクリと眉を動かす。


「……どういうことよ」


「ルナの選択にケチつけようとか、そういう事じゃないんだ。だが……だがな、本当にお前と戦わなきゃいけねぇのかよ」


「……! な、なにを今さら。もう始まった事……!」


 焦りを見せるルナに。境がはたと動きを止める。



「俺は、嫌だ。ルナと戦いたくない」



 そうルナの目を見ながら即決に告げる。


「な――、そ、それじゃあ、もう大人しく私に殺されたら――」

「出来ない」


 ルナの言葉を遮って拒絶する。


「俺には、まだ守りたいもんが居るから出来ない」


「ッ!? ……! 何なのよ。皆叶うわけないでしょう? 何かを守るには、何かを捨てなきゃいけないのよ!」


 訳がわからない、と。

 ルナが、どこか泣きそうになって喚く。


「本当に欲しいものがあったら、重要性の低いものを捨てていくの! 例え、それが自分の意思であっても。全てなんか無理よ! 欲張りよ!」


 その言葉に、境は大きく頷いた。

 そして。


「ああ、俺は全て守りたい。捨てるものか。捨てて良いものなんか無い。無理なもんか。誰が無理って決めるんだよ?」


「――――」


 目を見開くルナに、境はもう一度言った。



「俺は、嫌だ。ルナと戦いたくない」



 そのあきれるような言葉に。


 ルナは、思わず俯いてしまう。

 自然と握りしめられた両拳が、白くなるまで力が入る。


 何かと、一生懸命に戦うように。


 心の中にある、二つの感情がぐしゃぐしゃにせめぎ合うように。


「~~~~ッ!?」


 震えて、震えて。


 そんなルナの様子を見ていた男が、腕を開き、少し固さが混じった声をかける。


「ルナよ。。また、あの時のような楽しい時を過ごさないか」

「…………」


 瞬間に。ルナの震えがピタリと止まる。

 その瞳は、またもや男に注がれていた。


「そう、ですね、お父様」


 ルナは、男に小さく応じる。

 それに男は、再び安堵あんどしたように胸をおろした。

 そんな男を、ルナは感情の読めない顔で眺めた後。ゆっくりと境に振り向いた。



「ゴメンね。キョウ。私が終わらせるわ」



 偽りの炎から出される嘘の熱気に巻き上げられた緋色の髪が、揺れている。


「終わらせなくてはいけないの。自分で終わらせるの。貴方と居られた時間、忘れないわ」


 真っ白の雪のような服の裾が、揺れている。


「大切よ。大切なのよ……! 本当は、嫌よ!」


 今にもへし折れそうな弱き心を掻き抱き締めて、はかなく笑う瞳が、揺れている。


「だから、もう『昔話』には線を引くわ」


 境は、神妙な面持ちで、それを一言も発っさず黙って聴いた。何も声をかけることもなく、ただただジッとルナを見る。


 視線の先のルナの瞳は、もう揺れていなかった。その目の色は――


「いくわ」


 そう言った刹那、ルナが残像を造り出して消えた。

 動いたのだ。


「…………」


 対する境は、動かない。

 動かずに、ルナではなく、二階で高みの見物をしている男の方を見つめていた。



 ――あいつは、負けたな。



 視線を視線で返しながら、男がそう思う。

 いくらあのやからが人間離れしていても、動く気配すらしないのだから、ルナに殺される事だろう。


「ふん、後は時間の問題だな。……私がじきじきに手を下す必要もなかったか」


 そう言って、ニヤリと笑う。

 すっかり油断しきった顔で、ニヤリ、と。笑って、その笑みが凍りついた。

 背中から、腹部に凄まじい衝撃が走る。


「………………ぅ?」


 口から溢れ出す鮮血を辿りながら、ゆっくりと目線を下げる。


「――――」


 そこには。

 己の腹からはえる燃え盛る炎のつるぎが。嘘のように突き付けられた剣の先に

 から、ポタポタと男の鮮血が流れ落ちていた。


「なんの、真似だ……ルナァ!」


 血をき散らしながら、男が視線だけを動かして、後方を見やる。


 そこには、男の背に両手を添えるルナの姿が。再現された火の粉が辺りをただよい視界を焼くなか、彼女はそこに見参けんざんしていた。



「私が、と言ったはずよ」



 ルナがそうキッパリと告げた。

 その言葉を聞いた男は目を剥く。


「な、ななな……ッ!? お前は、私の元についてくれたのではなかった、のかッ!? 騙したのか!」


「いつ、私が境を裏切ると言ったかしら。……確かに、私は貴方の提案に揺らいだわ。今だって、あの幸せな時の事を忘れることはない」

「! な、なら―――」


 剣を突き付けたまま、思い出すように、いつくしむように目を閉じるルナに、男は追い討ちをかけようとする。


 だが、かける前に、ルナが再度開眼させた。

 瞳の中の希望に燃える炎に、男が言葉を失う。


「お父様、言ったはずよ。もう罠は張ってあると。――その言葉自体がフェイクなのだけど」


 その真実に、男は驚愕に目を見開いた。


「な……。もしや私を動揺させる、ために……? 嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だ! 確かにお前は、あの時……!」


「ええ、そうね。の私は、確かにお父様につこうとしていた――でも」


 ルナは、まっすぐ男を見る。

 震えなんか。迷いなんかない。

 それは、正真正銘の『炎』の輝きだった。


「でも、私は――『偽りの炎』ではいたくない。そのままの私で、誰にもとらわれず、しばられない世界に出たい」


 その小さな少女から出た言葉は、全て切なる小さな小さな願いだった。


 理解が追い付いていない男を恐れずに真っ直ぐに見ながら、目尻に涙を浮かべたルナが続ける。


「貴方は私の事を『偽りの炎』で良いと言ってくれた。でもね、そこの彼は――境は、偽っていた私の事を『嫌い』と言ったの。あの時は驚いたわ……。けど、今ならわかるの。あれは『ルナ・サンライズ』であってから」


「な、にを……ッ!?」


 ルナを見る男の顔が、驚愕から、真っ黒な憎悪に表情を塗り替えられる。

 破裂しそうな怒気が、ルナを殴り付ける。が。

 ルナはそれでもなお、そこにとどまった。最後に、大きく息を吸い込み。



「私は、サンライズじゃない! 私の人生は、自分が決めるのよッ!?」



 そう叫んだ瞬間、豪々ゴウゴウと赤く紅く燃えていたルナのつるぎが、冷気を纏い……。


 ――パァリンッ


 ルビーのように透き通る深紅の氷剣アイスソードとなって出現した。

 あの偽られた炎ではなく、そこに隠されていたかくが現れたのだ。その剣は、ルナの決心に共鳴するかのように、内側から赤く光をともしていた。


「ル、ルナァアアアアアアッ!! 貴様ぁあああああ!」


 その氷剣を間近で見て、怒りに理性が燃え、獣のように吠え狂う男。

 血が出るのも傷が拡がるのも構わずに、剣から無理やり身をよじり、一旦いったん距離をおき。そして、その致命傷を受けたとは思えない速さで、ルナに飛びかかった。


「死ねぇええええええッ!!」

「ッ!?」


 その予期もしない破天荒むちゃくちゃな行動に、ルナが一瞬出遅れる。


 たかが一瞬。

 されど一瞬。


 その一瞬で、男はルナの眼前がんまえまで迫り。そして、手を振り上げたと同時に造り出した炎の大剣を、勢いよく降り下ろす。

 ルナは、振り落とされるそれを目を見開いて見るしかなく――





























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