第29話 過去にお別れを告げるとき

 ルナを二つに斬り分けようと剣がきらめく――


「っと! させるかよ!」


 その一瞬速くに、男とルナの隙間すきまに飛び込んだ影が、ルナの手に有ったつるぎを奪い取り、猛烈に跳ね上げ。


 ――ガキィイインッ!


 派手に火花を飛ばし、男の炎の大剣を弾き飛ばす。目の前に突如とつじょ現れた彼に、ルナは驚き……そして、パァッと破顔はがんした。


「――キョウ!」


「おうよ!」


 境は、ちらりと後方を一瞥いちべつし、ルナが無事なことを確認できるとニヤリと笑った。


 もちろん、本気で撃ち込んだと思われる目の前の男は、その境の無駄の無い動きに目を白黒させる。そして。


「く……クソぉおおおおーーッ!? またか、またなのか! いったいどれくらい私の邪魔をすれば気がすむんだ!」


 血へどを吐きながら、男が狂うように喚く。

 そんな理性の欠片すら無くなった男を、境は剣を構えたまま半目で見る。


「いや、気はすまねぇよ。何やってもな」


「ッ!?」


「ルナが、お前たちにされたこと。こんな事だけじゃ、全然お相子あいこにはならねーよ。だから、これで落とし前付けてやるよ」


 意地の悪そうに笑いながら、頭上に掲げたのは、あの氷の剣。

 それを見た男は、顔を蒼白そうはくにさせた。食い締められていたはずの歯が、ガチガチと鳴り、汗が滝のように吹き出ている。


「や、やめるんだ! やめろ、やめろ! そんなものでやってしまえば、わ、わわ私は……ッ!?」


「殺される……か?」


「「――ッ!?」」


 平然と黒い事を言ってのける境に、男だけではなくルナの視線すらもが集まる。


 当の境は、これ以上なくニタニタと外道げどう笑いをしていた。笑っているが……目が本気ガチだ。

 気迫が、男を更に不安の底におとしいれていく。


「ひ、ヒィイイッ!?」


 たちまち、男に戦況優位の余裕が消え去ったようだ。

 情けない声を出し、すっかり境の握ったその剣から目をはなせなくなってしまう男。高まる緊張感に、呼吸音が速くなっている。


 それを見て、嬉々ききとしてニヤリと笑った境がついに動く。

 境が床を蹴って跳び、二階のへりにあっという間に着地、そのまま剣を持った手を振りかざし――


 ――ぽいっ!


「…………え?」


 なんと、男の目と鼻の先で、境がいきなり剣を横に投げ捨てたのだ。剣は、弧を描き、一階の床に突き刺さった。


 そのあまりにも予想外過ぎる境の行動に、思わず男の行動がピシン、と止まる。


 それと、同時に。


 剣を放り投げた境は、手を伸ばし、ほうけた顔の男の胸倉むねぐらをガシッと、引っつかむ。


「――覚悟しろよ?」

「――ッ!?」


 そう言い放ち。

 境が瞬時に男の腕を取って足を払い、重心が崩れた境の身体を自分の背中へ巻き込み上げ、腕を振り上げて、男を頭上に――

 駆け抜ける勢いに乗せたまま、少し体を反らせ――



 男を――とにかくぶん投げた。



「反省しろぉおおおおおおおおーーッ!!」


「ぎゃぁあああああぁぁぁぁぁ……ッ!?」


 ぐるん、と上下回転する男の視界。

 そのまま、二階から一階へと、重力に逆らう事のなく逆さに真っ直ぐに落ちていく男。

 稲妻のように、叩き落とされ……。


「……さようなら、お父様。私の思いでたち」


 ルナが、ポツリとお別れを呟き告げる。

 そして。


 ――ドォオンッ!


「ぁぁぁぁ――ぐは……ッ!?」


 大きな音を響かして、床に男は叩き付けられた。ワンバウンドして、ごろんと転がる。


 境の神速の投げ技により、全身を激しく撃たれた男は、あっさりと昏倒こんとうし、白目を剥いて気絶するのであった。



 ……そして。



「「…………」」


 沈黙。

 突如とつじょに訪れる、静寂せいじゃく。働から静へ。

 辺りを埋めるのは、勢いをなくした小さな火と、カラカラと崩れ落ちる残骸ざんがいの音のみ。


「お、わった……?」


 不意に、ポツリとルナがこぼす。

 信じられない、とでも言うかのように目を見開いて。


「終わった……な」


 ルナの問いに、少し遅れて境がうなずきながら肯定こうていする。

 その言葉に。ルナが、前を見たまま、呆然と。しかし、歓喜の声音で弾ませて。


「勝った、勝ったんだ……! 終わらせたんだ!」


 キョウ! と、ルナが横にいた境に振り返る。髪がふわりと広がり、うるんだ瞳が境を捉える。

 そして。その桜色の唇が言葉をつむごうと動く。


 その時だ。


 ――バァアアアンッ!


「「ッ!?」」


 けたましく、半壊した玄関のドアが勢いよく開け放たれる。

 ビクーンと肩を震わせ、身が膠着こうちゃくし、石像化する二人。そんな二人に、派手な御登場ごとうじょうを決められたその人物から、声が投げられた。


「きっ、如月きさらぎ君ッ! ルナちゃん!」

「大丈夫ッ!? 凄い音がしたけど無事かいッ!?」


 タッタッタッ! と、急いだ様子で駆け寄ってくるのは、しゅん真歩まふだ。

 真歩の手のひらには、【地図展開】されている。おそらく、それで境たちの居場所がわかったのだろう。


 境はその二人だとわかり、嬉しそうに手を軽く振り、ルナと共に一階に降りた。


「ああ、お前らも無事だったか!」

「もっちのろーん! ちょっとヤバかったときもあったけど、でもその時は、シュン君がねッ!」

「う、うん! 如月君、僕も頑張ったんだよ?」

「おうおう、まぁすげぇな。よしよし」

「えへへ、撫でられちゃった」

「「あ、あッ、あッ!? ズルい!」」


 境に頭を撫でられ、照れながら嬉しそうにはにかむ瞬に、女子二人が羨ましそうに真っ赤になって叫ぶ。


 そのいつもの光景に、境は苦笑をしながら「ルナも頑張ったんだよな?」と話を振る。


 その言葉に真歩と瞬が。ルナを見つめて、そして、ルナの後ろの奥で倒れ付している男を見つけた。


「……やっぱり、こうなるんだよね」

「よく頑張ったね……。ルナちゃん」


 何かをさっした様子の瞬と真歩は、ルナに暖かい笑みを向けるのであった。


 そして。


「キョウ」


 ルナが、境の名を呼んだ。


「ん?」


 境は、疲れて眠そうな表情で振り返る。


 見ると、ルナはいつになく華やかに微笑ほほえんでいた。両手を自身の背に回して、少し下から見上げてくる。


「ありがと、キョウ」


「ルナ……」



「私の希望を、リアルに変えてくれて……私の世界を変えてくれてありがとう」



 そんな事を言って、ルナは花の咲くようににっこりと満面な笑顔で笑いかけるのであった。


 境は、そんなルナをほうけたように見つめ……。


「どういたしまして、だな」


 境も、その顔に自然と笑みを作っていたのであった。


 そのなんとも言えぬ雰囲気を素早く感じとった真歩が、二人を思いっきり引き離す。


 それにルナが、怒り。


 境が、ポカンとする。


 瞬が、小さく笑いだして。


 皆で、思いのまま笑う。


 境が、ふと天井を見上げると。


 もうそこには、ぽっかりと空いてしまった大きな穴がある。その穴から覗く、黒いキャンパスにきらめく星々ほしぼし


 熱気で火照ほてった体に、夜の冷たい風が心地良い。


 静かに目を閉じ、風を感じる境に、大きな満月のやわらかい光が、小さな勇者たちを祝福しゅくふくするように、降り注いでいたのであった。


















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