第30話 黒カラスと黒猫

「は……ハハハ、ハハハハハッ!」


 境たちが決着をつけた、その頃。


 どこかで見たことのあるような狭く暗い裏路地に、笑い声が響いた。


 月明かりさえも届かぬ闇の中に居たのは、瞬たちと対峙たいじしていたあの真っ黒なカラス。

 カラスは汚れてしまったローブを身につけて、今も一人で乾いた笑い声をあげている。


「ハハハハ……! あっちも終わったようだ。通りに役目を果たしてくれたなッ!」


 すっかり静まった夜空を、カラスは両手を振り上げ、体を反りあおぐ。とてもとても面白くて我慢できないと言うかのように、カラスは大声で笑う、笑う。


「まぁ、よくやってくれたな! 予定よりも速く終わった! これで、あの方にも報告出来るなぁっ」


 そして、黒いマントを翼のように、ばさり……とひるがえしながら、その場を去っていく。


「着々と僕の――いや、我らの悲願の達成も近づいて来ている! このまま、あの小さな勇者かれらを上手く利用すれば……アは、アハハハハ! 間抜けな彼らは、既に僕の手の中。せいぜい踊っているが良い!」


 そんな事を言い残して、カラスは闇の更に深いところに歩みだしていく――


 ――その時。


 不意に、そのカラスの行動がピタリと止まる。まるで何かを察したように。

 カラスの頬に、焦りからの汗が一滴流れた。


「……ふぅん。どうやら、間抜けな奴らだけでは、ないようだ」


 そう言って振り向くカラスの視線の先には。

 先程まで、なかったはずの黒猫の人形が。

 境の天神人形ルミニスの使い――ニャン吉だ。


 ニャン吉は、少なからず動揺している様子のカラスを確認し、ニヤリと不敵に笑った。


「よお、また会ったな?」


「お、おおお前は、あの時のしゃ、しゃしゃしゃべる人形ぅうううッ!?」

「やめろよ鬱陶うっとうしい。要らないんだよ――そう言うは」


 見つけるなり、スッ転んで手足をじたばたさせるカラスに、ニャン吉はそう無慈悲に切って捨てる。そんなニャン吉に。


「…………」


 カラスは一黙ひともくした後。


「……いつ、気がついた?」


 その低い声と共に。

 十秒前までの小心者の雰囲気が消え去り、代わりに冷静な殺気が滲み出す。


 誰もが怯え出すような殺気を前に。

 ニャン吉は堂々と立ち、小さな鼻を鳴らして突っぱねる。


「ふん。簡単な事だ。お前さ、逃げているときに連絡しただろ?」

「……それが、何だと言うんだ」


「その内容だよ。えーと、確か……『逃げても逃げても、場所がわかるんだ!』とか、『あと、あのモヤシ足速い』、『目の前に、に、ににに人形が、人形がぁ、猫の、黒い、喋っ』……だったけなぁ?」


 思い出すような仕草を見せながら、ニャン吉はニヤニヤと、その笑みを崩さない。


「焦って走ってた割には、よくも、まぁ、そんなにが出来るなぁ?」


「…………」


 黙りこくるカラスを横目に、ニャン吉が続ける。


「おかしいんだよ。あっちに忙しさを教えているような感じだった。……それがお前の落ち点だ」


 良い放ったニャン吉を、カラスはじっと無言で見つめる。まるで、何かを見極めようとするかのように。

 しばらく、見つめた後。


「ハハ、アハハハハハハハハハハハハ」

「!」


 カラスは、お腹を抱えて、涙が出るくらい腹をよじって笑いだしたのだ。

 狂ったように、人目も気にせずに笑い続ける。

 あの怖がりでも、堂々とした殺し屋の姿でも、どれにも当てはまらない。確かに同人物だが、まったく違う顔を持ったカラスがそこに居た。


 その異常さに、さすがのニャン吉も一歩後退する。


「何なんだよ、お前カラス。さすがにキモすぎるだろ。中二病か」


「ハハハハハハハハ! ハハ……。何なんだよ、は、こっちの台詞セリフだ。……ったく、君は何なのだろうか。見た感じ『天神人形ルミニスの使い』の用だけど――」


 楽しそうに、たのしそうに。でも、その深淵の闇よりも暗く深い瞳をギラつかせながら、カラスが言う。


「――――君は、もしかして。あの――」

「ちげぇよ」


 カラスの言葉を鋭くさえぎって、ニャン吉が否定する。

 それを受けて、カラスが追及しようとまた口を開く。

 ――前にニャン吉が「あとな……」と話を切り換える。


「オレを、その間抜けな奴らと一緒にするなよ。オレは、キョウたちそいつらと違い――甘くない」


「ッ!」


 その小さな体からは想像出来ないような気迫が、衝撃波のように発生する。

 目を赤く染めながら、ニャン吉が形だけの笑みを作りながら、カラスへ一歩踏み出した。


「今回は、ずいぶん使ってくれたようだからなぁ? こっちにも、ちゃんと使わせてくれなきゃなぁ」

「…………」


 ニャン吉が、また一歩近づく。

 カラスが、一歩後ずさる。


「逃げんなよ。ちゃんと遊ぼうぜ? ついでに、親玉の方も話せよ。いや、吐かせる。力ずくで」


「……君の正体は凄い気になるが……。今は身の方が大切なんでね。逃げさせてもらうよ」


 ニャン吉が、また十歩接近する。

 カラスが、また数十歩撤退する。


 そして――






























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