第8話 いつも心に
(これは、まずい。非常にまずいことになったぞ……)
明るい茶色の髪を赤い大きなリボンでふんわりまとめた人影――――
あたりに広がるのは、少しさびれた住宅街。中心から外れただけで、風景に薄く灰色がかかったような古めの建物が並んでいた。
そんなところで足を止めた真歩は額に汗を浮かばせて、ジリッと後ろへ
しかし、後退った足が足元に転がっていた何かで滑り、どさっと尻もちをついてしまった。
不意打ちなだけでもあって、それなりに痛い。真歩は涙目になりながら、視線を落としてその何かを確認する。
「―――――っ」
瓦礫だ。
何かが粉々になった欠片。
辺りにも同じように瓦礫が落ちている。
木の破片。ドアノブ。ガラス。壁の一角。
少し前まで、それらは、家だったのだろう。
でも、今。真歩の目の前に広がるのは。
全壊した無惨な跡地。
もうもうと砂煙が這いずり、破片が山となって積み重なり。庭の手作りしたようなブランコが今にも切れそうなロープを寂しく揺らす。爆風や破片で破られ貫かれた子供の本らしきものが真歩の近くに埋もれていた。
それを目の当たりにして真歩は顔をしかめる。
「……ッ。酷い……っ!」
それから、人が巻き込まれたかもしれないから救助しに行こうと立ち上がる。すると、後ろから、
「おおっと。待てって。はなそーぜぇ、マーフーちゃぁん?」
「!」
真歩が、ハッと声のした方を向くと。
そこには、どこかで見た鼻ピアスの男が。
後ろには、ニヤニヤと口の端をあげている取り巻きの二人も見えた。
真歩が、三人の存在を認識した瞬間。
鼻ピアスの男は、不意に何も持っていない手を振り上げ……そして、降り下げる。
「……ぇ?」
すると、何もなかったはずの手の中に鈍く黒く光る物―――『手榴弾』が現れた。その手品のような光景に、真歩は思わず間の抜けた声を出した。
いや、手品なんかじゃない。これは。
「―――それが君の【
「そっ。せいかーい。これで大きな物をぶっ壊すと気持ちいんだよなぁ~……あの家みたいにさぁ」
「―――ッ。君、だったのか……」
怒りが自然と噴き上げてくる。
人が大切にしてきたものを。そこで笑顔になった人を。あいつは何だと思ているのだろう。快楽のために壊すなんて、最低だ。と。
真歩の鋭い視線を受ける鼻ピアスの男。だが、その怒りを受けとめた男は、更に笑みを
「おいおい。そこはぁ、空き家だったんだぜぇ? そう怒んなってぇ。んまあ、これから壊す家のことは知らねーけどさぁ!」
「なっ!? や、止めるんだ! 一般人もいるんだよ!?」
真歩は、目を見開いて慌てて叫ぶ。
それを受けて鼻ピアスの男は「うんうん」とわざとらしくあいずちをした。
「そーなんだよぉ。お優しい俺らは、なるべくそんなことしたくないのぉ」
(よくもそう嘘が、つけるものだ……っ)
そう思いながら真歩は、恐れずに前を睨む。相手の意見を否定するために。真っ向から。
……本当は、逃げたいほど怖かった。手榴弾に丸腰で立ち向かうなんて、ばかげている。今だって、いつそれが自分に投げられるのか怖い。生きた心地がしない。
けれど、そんな弱きな心を必死に支えているのは―――
いつも前を向いて歩く、黒髪の幼馴染みの姿だった。
「へえ。ドキョーあんじゃん。じゃあ、交渉しようぜぇ?」
「……、交渉かい……?」
「とぼけんなって。お前……【地図展開】の、『探見 真歩』だろう? ここまで言ったらわかるよな? 俺ら、
「――――っ」
確かに、真歩の
でも、それを今使ってしまうと、自分の幼馴染み――――境が。一番になれなくなってしまう。
境は開始早々に
……たぶん、計画の『け』の字も頭に無いだろう。
あれは『走っとりゃあなんとかなる』とか、考えているに違いない。絶対。
それでも、自分は境を応援したかった。
なぜだかはわからない。
けど、あのがんばり屋で、負けず嫌いで、でも根は誰よりも優しい境が、
だから、こいつらには教えられない。
「嫌だ。君たちには、教えられな―――」
――――シュンッ
真歩が言い終わる前に、黒いものが足元に、投げられた。
「え―――」
真歩は、その黒いものを見下ろす。
その正体は。
「――手榴弾ッ!?」
そう認識した瞬間。
―――ドオォォォォォオオオオンッッッ
爆音をあげて黒煙が辺りを舞う。
「……っあ!」
爆風と共に、小さな女の子の体は簡単に
「くぁ……ッ!」
肺にあった酸素が一気に抜けて、一瞬、呼吸が出来なくなる。後から遅れて全身を貫くような痛みが走り。「カハ……ッ」と、口から鮮血が溢れた。
「おーと。手が滑っちまった。でも次はマジで殺っちゃうぜぇ?」
途切れそうな意識を必死に繋いで、頭を回転させる。
(あいつの言っていることは正しい、んだろうな。さっきには直接あててしまえばボクは死んでいた。それに……)
「ほぉら、なに固まってんのぉ? 今のはちょっとした挨拶だよ? 爆発しかしなかったでしょ、次のは軍で使われてるやつ……この火薬の中に鉄の破片入れとくからさー!」
やっと男を見る。見ると、その手にはまた新しい――
「ぁ……! くぅ……っ。や、止め」
「嫌だったら、さっさと教えろよぉ。ほらほらぁ、早くしねーとまたドーンだぜぇ?」
男たちは、そう言って下品な笑い声があげた。
起き上がりたい。起き上がって、あの男たちを思いっきり殴りたい。
そう、真歩は強く思う。
しかし。
その思いに反して、体はいうことを聞かない。もう、指先も動かない。
綺麗に洗っている白い体操着が砂で汚れ、ところどころ破け。そこから覗く白い肌と、にじむ鮮血。
真歩は――自分は今、無惨な姿だった。
そう認識をすると、押さえていた恐怖が、涙が、よどめなく溢れてくる。
もう、止められない。止まらない。
「……っ……ぐぅうっ……うぅ」
少しずつ、視界が溶けていく。
でも、あの三人の影が自分に近づいて来ることははっきりわかっていた。
影がまた何かを。あれを投げようとする。
もう自分は、動けない。
(結局、無理だったんだ。ボクは、漫画で出てくるような。なんでも解決できたり。みんなを守って笑顔にさせたりするだけの力なんかないよ)
でも、と真歩は否定する。
(でも、でも、自分のやったことに後悔なんか……。
それが、この世界から消えることになろうと――)
そう考えた瞬間、ポロリと涙が流れた。
(……嫌だ。そんなの嫌だよ。もっと、いろんなことしたかったよ。終わりたくないよ。恐い。怖い。恐い。怖い)
―――助けて。
いつもそうだ。
真歩がいつだって。真っ先に思い浮かぶのは、やはり、彼だった。
この場に居ない。声も届かない彼に向かって真歩は呼ぶ。
小さな声で。震える声で。
―――助けて。
「キョウ君っ。助けて……ッ!」
そして。
その小さな人影は。
無慈悲に無惨に。
空へ。
高く。
弾かれた。
――――のを、真歩は見ていた。
「………………………………え?」
真歩は、地面に転がったまま、間抜けな声をだす。
それは、目の前にいた二人も同じだった。
なにせ、真歩ではなく。
取り巻きの一人が空へ、
ポカンと口を開ける鼻ピアスの男たちの少し後ろの砂煙の中にからゆらりと人が現れる。
まるで、炎のような力強い存在が現れた。
「よお。待たせて悪かったな」
見なくてもわかる。
今、一番、来てほしかった彼だって――
「キョウ君っ!」
「ああ。助けに来たぜ。マフ」
黒髪の幼馴染みが、ここに見参した。
「なっ! て、てめえはさっきの!」
彼を見た瞬間、鼻ピアスの男たちはサッと顔色を変える。
男の取り巻きの一人が、慌てて自分の【
しかし、もう遅い。
境がその場から消える。
「―――え?」
境を見失った険閃はもう戻らず、刃は空を切る。
訳もわからず降り下ろしたまま、がら空きのみぞおちに、強く
「がぁ…………っ!?」
急所をもろに受けた取り巻きは白目をむいてその場に崩れ落ちた。
この間の時間。わずか二秒。
誰から見ても圧倒的な勝利。圧倒的な強さだ。
「な――――!? 何でっ!?」
残され、わめく鼻ピアスの男に。境がゆっくりと振り向く。
その鈍く光る目には。
「ひ――――」
「……うわぁっ!?」
怯えた鼻ピアスの男は、倒れていた真歩をグイッと引っ張ってきた。首が絞められて苦しい。
そして、自分の震える手の中に有るものを見せながら叫んだ。
「そ、そそそこを、う動くなぁああ! こいつがどどどうなっても良いのかあぁああっ!?」
「!?」
狂ったように
男は目をギラギラ光らせて境を睨んでいる。
いつ、その手榴弾のピンを引いてもおかしくない状況だ。
「……………………っ」
だから、境は動かない。そんな境を見て男は汗を浮かべたままニヤリと笑った。
「そ、そうだ。そのままだ……。動いたらすぐにこいつを殺す……」
男の横にあの取り巻きたちが境を見ながら起き上がってくるのが尻目に見えた。
「…………クソ」
状況が一変した。最悪な時間が始まることが誰の目からも明らかだった。
―――そして、紅が空を彩り始める。
現在、合格者0人。
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