第9話 声と神秘と

 そう思った、その瞬間だった。



『ふぅん。面白い人間だな』



 唐突にその声が、頭に響いた。


「!」


 聴いたことのない声。リンとしたよく響く声。


 その声で、沈みかけていた意識が水面へ浮上する。

 それと同時に覚醒する痛覚が、後頭部の痛みを鐘のように打ち鳴らしてくる。

 その痛みに耐えながら勢いよく目を開けると、少し驚いた様子の人形たちが視界に広がる。


「な、なぁに? まだ反抗するのぉ?」

「止めといたほうがいいと思うぜよ? 最後まぁで戦えなかったのはザンネェンだけどさぁ。ほらほら、目ぇ瞑れよぉ?」


(気の……せい? だったのか?)

 

 境は眉をひそめながら、ぼんやりと思っていると。


げぇよ。気のせいじゃない。ホラ、聴こえているだろ?』


「!!」


 目を見開いて驚く境に、声は続ける。


『聴こえているようならいい。お前のような人間があいつらに対して、よくここまでもってくれた』

「お前は……」

『話すな。いいか? 返答はしなくていい。あいつらに気づかれる』

「…………」

『たぶん、いろいろ聞きたいこともあるだろうが。まずはオレの言うことを聞け。そしたら――』

「……?」



『お前をもとの世界に帰してやる』



「!!」


『今は訳があって、直にお前を手助けすることは出来ない。それに、この方法はキツイものになるが……いけるな?』


 その問いに、境は……。


(この声が、なんだかよくわからない。もしかしたら、これは罠かもしれない。……いや、そっちのほうが確率は高いだろう。相手の口ぶりからして、相手も人間じゃない)


 境は。


(でも)



 境は、大きく力強く頷いた。



(なぜだろう、こいつを信じてみたい。そう思えるんだ)


 それはただの、藁にでもすがりたい思いから来ているのかもしれない

 。でも、それでも。そうだったとしても――


 境の返事を受けっ取ったのか。ふっと声が笑ったように聴こえた。どこか、安心したようにも聞こえるのは気のせいだろうか。


『……いいだろう。それじゃ、まずはそっから抜け出さないとな』

「…………」


 境は、顔は上げずに視線だけを上に移す。

 見上げると、まず前に境の首を絞めつけようとしている長い蛇が。そして辺りには、大剣をしまい込んだ人形たち無数にいるのが確認できる。


 どうやら、動けなくなった境を見て安心して油断をしきっているようだ。


『ここは、強行突破するしかないんだが……。幸い、あいつらは首を動かしにくい。だから背後は死角となる』

「……」


 その言葉に、境は小さく頷いた。そのまま、ばれないように注意を払いながら辺りの状況と、敵の位置を確認していく。


(バラバラにいるな。陣形なんかなさそうだ。前にざっと見て15。左に7。右に……19か。あの強い奴らは……もういない。背後はわかんねぇ。でも足音するからいくつかはいるな)


 境は冷静に考えを進めていく。


(……油断してるし、死角もある。真正面から戦わなければ……いける!)


 そう感じたとたん、境は首に巻き付いていた蛇に手をかけて。ビリっと勢いよく破り裂く。そのまま投げ捨てて立ち上がり、考えられぬようなスピードで脱兎のごとく左へ逃げだした!


 人形たち背後しかくをスラリスラリと縫うように駆け抜けて。そして、森の茂みへと突っ込んでいく。


 茂みの中は、緑で埋め尽くされていた。

 バキバキと、境が進んでいくたびに小枝が折れて、肌を切り刻むような刃になる。そんな刃から目を守るために、腕を前にあげながら。走る走る。


 少しして、またあの声が聴こえた。


『うまくいったな。クリアだ。まだあいつらはお前の居なくなった事に気づいていない。……まぁ、それも時間の問題だろうがな』

「……」


 境は、走りながら周りを見渡して。辺りに敵の姿がない事を確認した。そうしてから、前から聞きたかったことを小声で問いてみる。


「……お前は誰なんだ? どうして俺を助けてくれるんだ?」

『ん? 疑ってんのか?』


「いや、信じてる」


『………………ちょっとは、疑えよ……』


 まるで危なさをしらない無邪気な子供を見るような。呆れたように嘆息する声が聴こえた。それに境は、不思議そうに首をかしげるのであった。


『お前、しらない人について行っちゃ駄目だからな?』

「よし。なんかよくわかんねーけど、すげぇ馬鹿にされてんのだけはわかった。出てこい。ぶん殴ってやる」


 その喧嘩腰の境に、声は。

『出て……これたならな……』

 怒ることもなく、どこか寂し気にポツリと呟いた。


「え?」

『ああ、いやなんでもねぇ……えっと、オレが何者かだっけ?』

「え、あ。ああ」

『んー……。まぁ、この一時の関係だ。おしえてやるよ。人間にわかるかはわかんないんだが、オレは――』


 その言い終わる前に。ずっと走っていた境は、茂みから抜け出した。


「!!」


 暗いところから、いきなりとても明るいところに出て。そのあまりにもの眩しさに思わず顔をそむける。

 だんだん目が慣れてきて、顔を上げると。


「わぁ……」


 そこは、開けたところだった。

 鮮やかな草木が、風に踊るように揺れている。

 辺りには、蛍のようなはかなげな光が無数に浮いていた。

 そして、一番、目を引く。それは……



「樹のクリスタル……」



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