第8話 生き残れ
境が、電光のように人形に突っ込んでいく。
反射が追い付いていない一番近くにいた鳥の人形の腹に素早く潜り込み、みぞに肘を打ち入れる。そのまま、最短距離で固まっていた大蛇の顎を突き破る。
そこで、やっと状況を理解しだした人形たちが焦って距離を――とろうとするところを逃さず、足を大きく動かして、何個かの人形の足を同時に刈り払う。
「う、「うわぁあ「あああ」にが「何が、おこって「逃げ「やめろ」「オレが」さきに⁉」
(やっぱり、知能は低いようだな。あと、速度もそこまでじゃない。これは、油断しなかったらいけるか……⁉)
そう、余裕の表情を浮かべていると。
上に何かが見えた。
ハッと顔を上げると。
高い樹から、境に飛び降りてくる新たな人形の姿が。
「!!」
「はは」「馬鹿な人間め」
そう言いながら囲むように、ダンッと境の周りに飛び降りた。
新たに出てきた数は、3。
そして、
「……? デカい?」
彼らは、今まで戦ってきた他の人形に比べて、一回りほど大きかった。他とは違う何かを、直観が告げている。
「まさか、マモルべき人間とタタカウとは「うひゃあ、たんのしみ。もし勝ったら選んでくれたりィ?」いいわねぇ、そえ」
まだ、発音がおかしかったり。うまく言えていないところがあるものの。明らかに他の人形たちよりも、会話が成り立っている。
つまり。
(もしかして、知能があんのか……?)
そう推測していると。
「んじゃぁ、まずぅ、俺っちからぁ!」
何も持っていない丸腰のトラの人形が前へ一歩出て、そう宣言する。
境は、トラに標的を定める。
一筋縄ではいかなそうな相手が出てきた場合。無防備に突っ込んでいくのではなく。まずは相手の出方を見る。これが、戦闘の基本である。
境はそのことを頭に入れときながら、じっと動かない。でも、いつでも動けるように。今すぐにも飛び出せるように。敵が油断するところを逃さないように。
それは敵も同じらしく、顔は楽しそうに歪めながらも、真黒なボタンの瞳は一ミリも揺らがず見ている。
「……」
「…………」
静寂。その永遠とも感じられるような
破り、最初に動いたのは、境。
すぐそばにあった木から、長めの枝をバキリと掴み折る。
そして、境が日本刀のように構えなおし、前方に振り返るのと同時に。境の視界いっぱいに広がるトラ模様。
「ッ!!」
振り下ろされる鋭い爪。それが境の身をそぎ落とすその眼前で、境が振り上げた枝によって止まる。お互いの特物の先で、実に
互いが互いを譲らずに
境は、眼前の敵を睨むように見上げ、目の前のトラへと感覚を研ぎ澄ましていく。
(……油断するな。見逃すな。相手は、無尽蔵。決着は早く。足をとれ。視線をみろ。次の動きを予測しろ)
境は、暗示をかけるように。自らの緊張を自らで上げていく。
一回でも、一瞬でも
それは、自分でも同じことが言えて。相手も自分の事を深く見ているのが肌で感じた。それがさらに、境の集中を高めていく。
目の前の敵に。毛並みに。視線の動きに。筋肉の動き方に。癖に。呼吸のリズムに――。
――だから。
失敗した。
ゴッ、と。
いきなり、後頭部に鈍く強い痛みが走る。
「…………ぇ」
境の口の端から、そんな声が零れた。その零れた声を追うように、体から力が抜けて、意識が黒く沈んでいく。
(何がおこったのか、わからない)
境はガクリと膝を地面につきながら、そう思った。
敵の動きは完全に読めていたはず。目をそらしてもいない。動いてすらいなかったのに。
トラの人形では、なく他の人形だった。
「な――――」
「おいおい、
「はぁ。こっちはハヤク、スマシたかったんだ。いつまでもアソビにはツキアッテられん。……それに、あのままだと隙をつかれて死んでたな」
「えー。まだわかんないじゃぁん」
(俺、は。目の前の敵ばかり、見ていて……。周りへの……。クソ……)
どうやら、軽い
(はは……。やっちまった……)
そんな中、境は
境の焦点の合わないぼんやりとした瞳に、人形たちが
(俺、ここで目を閉じたら。自分で目を開けられるかな……。無理、かもな。あいつら、俺が……だら、どんな顔すんだろうな。……。すまねぇ。マジですまねぇ。ゴメン――)
そんなことを思いながら、人形たちに取り押さえられ、首を太い手が巻き付かれる。
目を閉じた瞬間に、急激に襲って来る眠気。それに、身を任せようとする。
永遠に戻ってこれない深淵の暗い海へ、落ちようとする。
(――ゴメンな。もしかしたら、
思う。
(でも。それでも)
境は。
(――諦めきれねぇんだ)
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