第5話 分裂していく教室

 境がたずねた瞬間、クラスの温度が急激に下がったことを肌で感じた。


 みんな、境から目をそらして。

 まるで『答えたくない』と言っているように。言い訳を考える子供のように、うつむく。


 その様子に、境は不思議そうに首をかしげた。


「ん? 何だ? 『ジョブ戦祭』って誰も知らないのか?」


 そんな境に、真歩が苦笑いしながら向かってきた。


「あ、あはは。違うんだよ、キョウ君」

「お。マフ、居たのか。何か知ってんの?」

「うん。えっとね。ジョブ戦祭っていうのは数年に一回だけの特別な体育祭みたいなものなんだ。先生たちは盛り上がっているみたいだけど、ボクらは……」

「ボクらは?」


 そこで。真歩は、また困ったように頬をカリカリといて。


「……あんまり……ね」


「……なるほどなぁ」


 この状況を大まかに理解した境は、あごに手をあててうなずいた。

 それを見て、困った顔の真歩が聞く。


「どうしようか、キョウ君……」

「ん? どうしようかって?」

「…………えっと、話聞いてた?」

「聞いてたけど?」

「…………だから、このままじゃ……」

「ああ、何だ、そんなことか」


 そんなこと、と軽く言った境を、真歩が驚いたように見上げた。


 少し間を開けて。境が。



ばいいだろ」



「………………え?」


 境の、その予想外れ過ぎる気違きちがいな答えに。真歩だけではなく、教室中の視線が集まる。


「楽し、む?」


「ああ。楽しむんだ。だって数年に一回だけの特別な祭りなんだろ? ラッキーじゃね? よくわかんねぇけど、辛くてショボいのやるより笑顔でやった方が絶対に楽しいだろ」


 さも同然、というように、境は堂々と言いはなった。


「「「…………」」」


 シン……と、静まり返る教室。

 何秒か、いや何十秒かの時が静けさでたされる。


 そして。


「バカだな」


 誰かが呟いた。

 それに、ハッとした真歩が言い返そうと――する前に。


、……そっか、楽しむのか」


 誰かがポツリとひとり言のように続けたのを引きがねに。


「……だよな。そうだよな。だって逃げられないもんな。なら、どうせならさ……!」

「やりますわよ! あの調子のってる先生方に一泡吹かせてやりますの!」

「くっそぉおお! もうやけくそだ! かかって来いやぁッ!?」


 ワ……ッ、と。


 水に濡れてしまった線香が。まるで、花火が咲くように。そこに活気が戻ってくる。


 それを、口を結んで見ていた境は。


「まぁ……。何か役に立てたのかもな」


 と、境が小さく。でも満足そうに唇に薄くをつくる。


 その苦笑いのようで嬉しそうな笑顔に。

 クラスメートもつられたようにニコリと柔らかな笑みを顔に作る。


「うん、ありがとうって言ってやりますわ。不運の少年、境よ」

「そうだな。感謝はするかもな。結局はしないけど。不運を愛し、不運の神に愛された少年、境よ」

「だな。扉をドロップキックで蹴破っり、もはや不運ではなく、自分からトラブルを作る、不運を愛し、不運に愛された少年、境よ」


「あのなぁッ! お前ら、俺に礼言うのか、罵倒ばとうするのかどっちかにしろよ!」

「「「じゃあ、罵倒で」」」


 目に腕をあてて静かに泣く境の肩に、ポンと手を置きなぐさめる真歩であった。


 と。そんな時。


「認めるか……」


 そんな声が聴こえた。たった一言。だが、その一言に。

 騒がしくなり始めていたのがウソのように。冷や水を浴びせられた教室が、静まり返る。


 境が、顔を上げて。声のした方を――後方を振り向くと。


「コトズネ……」


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