第2話 温度のない炎

 そこは、広い部屋だった。

 ただただ、広く。だだっぴろく、家具などが全く置かれていないガランとした部屋。

そこに、私はいた。白い部屋に映える己の赤い髪をちらりと見てから。物音がして、意識をその部屋の扉に移す。


「ん……ああ、やっと来たわね」


 きょうが部屋に入って来たのを確認して、ルナはそう呟いた。

 ついでに、この広い部屋の中には、闘う相手の境と自分しか居ない。境に扉のキーをロックするように命じた。鍵といっても緊急時にはすぐ出られるように、戦闘が終われば自動的に開くものなので安心である。


 そして。自分が第二鍛練室ここに境を呼んだのは、他でもない。

 この少年――境と、決闘するためだ。


 目の前で、警戒心皆無でのんきにあくびをかましている少年は。

 なんと。

 あの爆発テロリスト事件を解決した人物らしい。その事件については自分はその場に居なかったため、まことか。嘘かは、わからない。

それに、さっきの『職戦重要ランクカード』。彼はEランクだった。あのときは勢いであんなことを言ったが……正直、驚いたのは確かだった。

Eランクといえば、数少ない底辺にいる【職業】をさす。例をあげると、何の力も持たない【無職ノージョブ】とか。【職業】は人間にとってプラスに働くものなので、ないっていうのは世界から隔離されやすい。さすがにマイナスっていうのは……。


そこまで考えて、ルナは苦笑いしながら小さく首を振った。


そんなのあるはずがない。そんなのきいたことがない、バカバカしいと考えたのだ。もしあったら土下座でもなんでもしてやるわよとぼんやり考えていると。「おーい。まだかー?」と声を掛けられ、意識を現実に戻す。


 もしも、嘘ならそこまでだ。

 でも、それが、もしも、真実なら。


ルナは、まっすぐに境を見つめる。



 ……もしかしたら、この絶望から。この真っ暗な未来に、光をともしてくれるかもしれない。



 そう思うと、早く始めたくて体がうずうずする。早く早くと焦る気持ちをグッと堪えて、あえて冷静を保っているように振る舞う。


「準備は、大丈夫よね?」

「ん。そんで、なにをやんだ? やっぱり闘うんだろ?」


 その声にコクン、と頷く。


「そうよ。ルールはいたって簡単。全力をだして闘う。もちろん【職業】も使うわ」


「………………」


 境は、その説明を聴いてなぜか顔をしかめた。


「……俺は、【職業ジョブ】使いたくないんだけど」

「え? あなた、【職業】持ってないんじゃないの?」


だってEランクは【無職】……と驚いたように聞き返すルナに、境はどこか苦い顔をしながら歯切れの悪い声で答えてくる。


「いや、まぁ、あるっちゃあんだけどさ……んー……この戦闘には使わないだろうなぁ」


【職業】を使わない。使う出番もなく、この戦闘を終わらせる。

 境は、そう言った。


【職業】は、個体だけでは何の力も持たない私たちにとって、唯一の戦える武器だといえる。【職業】がなければ無力な人間は個体では生きていくことができない。その唯一無二の武器を、境は使わないといった。この自分――最高ランクに。


「使わなくても勝てるとなめられてるの……?」



 ギリィ……と、歯をくいしばる。


 この私が、なめられるなんて。

 これでも私は前回の『職戦重要ランク分け試験』で、唯一ゴール出来た優等生のはずなのに。サンライズ家の……。認めてもらうために……。

 ――腹立たしい。


「…………もう、良いわね? 行くわよ」


一回、あふれてきた怒気を押し殺して、タンっ。地を蹴り走る。


 相手の返事を待つ時間すら惜しかった。

 境との距離がビュンビュン縮む。

 残り5メートルというところで、右手の指をパチンっと鳴らす。その瞬間。


 ――ピュァン


 右手に武器が現れる。


 ほのおのように紅く、ほのおのように大きな大剣。


 それを見た境の表情が、ハッと変わる。

 凄い、見ただけで危ないことに気がついたか。


 しかし。



 もう、遅い。



 ドォっと、境の真上に飛び上がり。

 それを、目で追うしか出来ない境に。

 大きく剣を降り下げる!

 くうを切り。時間ときすら斬り殺し。


 ―――ザンッ


 斬った。


「な…………!?」


 はずなのに。


 巻き上げられた煙が開けると、そこには床に埋まる大剣しか視界にない。

 斬った感触もなかった。


 なぜ。

 確かに自分は、境へと振りかざしたはずなのに。


「……Bランクって、そんなもんか?」

「え、あ、なぁ……!?」


 平然とした声に勢いよく振り返り、混乱しつつも、いつの間にか後ろに居た境に向き直った。彼は、当たり前のように無傷だ。


 何で。どうして。


「……ふ、ふふ。流石さすがね」


 きっと、境は速さを向上させる【職業ジョブ】でも使っているのだろう。それも、音速のような速さ。

 それでも、あのタイミングでそれを判断して使えたのは凄い。流石さすが、事件を解決しただけの実力はある。


 しかし。


 速いが、なんだと言うのだ。

 そう。速い小鳥には。



 おりつくってあげましょう。



 ――パチン。


 その瞬間。


 ゴオォオオォォォオォォオォッッ――


 二人をとり囲むように、真っ赤な炎が現れる。豪々ゴウゴウと燃え上がる炎に二人の姿が揺らぐように見える。


「へぇ。こりゃぁ……」

「どうかしら? 高ランクをなめないでちょうだい」


 軽く目を見張る境に、紅い光が揺らいでいる顔を魅惑的に微笑ませた。

 その魅惑的な微笑みは、悪魔の微笑み。


 さぁ、貴方の実力を見せて! と心の中で願いながら、左手を柔らかに。まるで、舞踏会にでも誘うように左手を差しだし。


 ギュ、と握り潰す。


 炎が、主の命令に従おうと動き出す。


 グワァっと音をたてて境に降り注ぎ、あっという間に燃やし尽くす。


 ――前に、境が消えた。


 いや、消えたんじゃない。これは。


「―――上っ!?」


 境は、高い天井に脚の裏を軽くあて、バネのように曲げ――


「マズ……!」


 バッと、ほぼ奇跡的な反射神経で大剣を頭上に構える。と。


 ――ドォオンっ


 大砲のような大きな衝撃が降ってきて、数メートルか後退する。


「くぅうぅぅぅっ……!?」

「一つ、聞いてもいいか?」


 パッと、身をひるがして離れる境が、おもむろに聞いてきた。


「はぁ、はっ……なにかしら」



「この炎……。これ、か? 全然熱くないんだが」



「………」


 少し間を置いてから。


「…………私のは、特別なのよ。そのうちわかるわ」

「―――」


 フォンっ、という風の切る音を響かせる。

 赤い炎が揺らめきを作り、黒髪の少年へと突進する。


 一気に間合いをゼロにする。


 しかし、彼は表情を変えずに、淡々と。


「同じ手ばっか、使うなよ。そろそろ本気出―――――っ!?」


 しかし。


 彼の言葉は、途切れる。


 今までの、余裕が消える。


 ズッ……と、彼の脚が力なくふらつき、体が大きく横にずれる。


 このチャンスを逃がさない。



 いや、か。



 体勢が崩れたままの境に、両手に握った大剣をフルスイングする。


 衝撃がぜた。


「がっっ!?」


 大きく目を見開いた境は、そのまま後方へ飛んでいく。勢いよく吹き飛んで、そして鍛練室の壁に叩かれた。


「ぐぅ…………っ!? な、なん……!?」


 ドサリ、と。崩れ落ちた境が、混乱した顔でこっちを向く。グッと立ち上がり、また力なく倒れ伏す。


「うっ……体が……、重、い。……!?」


 もはや、蚊の鳴くような声の境を、冷たく見下ろす。


「良かった……。

「……っ!?」


 おもむろに呟いた言葉に、動けない境は自分を見つめる。


「本当は、、即効性なのよ? それに、そんな動けなくなるはずなんだけど……。ん、まぁ、良かったわ」

「…………まさか、この、炎が……!」


 それに、ただクスリと、笑いを漏らす。


 苦しそうに荒い息を出し、それでも、立ち上がった境。


 もう、驚きはしない。

 炎に照らされたルナの顔は、ただ単に怪しくも美しく、笑みを作っていた。

 その、小さな唇が鈴のような声をつくる。



「もう、貴方は檻から逃げられない」












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