第3話 打ち破って

 熱い。


 体が燃えるように熱かった。

 意識が朦朧もうろうとして、視界にかすみが入る。



「貴方の負けよ。降参しなさい」



 もう、動くことは出来ない。

 暑くて、熱くて、溶けてしまいそうで。

 体が言うことを聞かない。


 境は、壁に力なくもたれかかったまま。動けなかった。

 何度も叩きつけられた体が、悲鳴をあげている。しかし、その感覚さえ消えてしまいそうだ。

 かろうじて保っている意識を、必死に繋ぎ止めながら目の前の対戦者を見上げる。


 炎を自在に操りながら、余裕の笑みを浮かべるルナ。

 視線の先にいる強者は、紅い光とたわむれながらそう言った。



 降参しろと。


 そう言ったのだ。

 そうだ、もしもこの提案に乗ったら、この苦しみから脱け出せるのだろうか。

 なら。

 なら。


「――――」


 そこで、ハッと我に帰る。


 今、自分は何をしようとしていた?


 何を――自分から負けようと?

 認めようと?


 心臓の音が暴走する。


 視界の中に、色が。


 灼熱の、あの炎よりも赤い光が灯る。


 降参?


 なんで?


 負けそうだから?


 負けるの?


 誰が?


 それは。



 ―――嫌だ。



 はっきりそう思うと、震えた膝が、自然と立ち上がる。


 ボォっと、心に火がつく。


 脚が地面を蹴り飛ばした。


 まだ、戦える、闘える、いける。


「!? ……なんで? なんでまた、立ち上がれるの?」

「…………」


 そんなの、決まっているだろう。



 負けたくない。



 ただ、それだけを思った。


 こんなところで、負けたくない。負けられない。勝つ。絶対勝ってやる。


 パッと、頭がこれ以上なく冴える。

 視界がクリアになり、体が羽のように軽くなる。

 熱さを物ともしない姿がそこにあった。


「もぅ、なんなのよっ!!」


 ルナがそんな境の様子に怯えたのか、悲鳴じみた声をあげ、炎をいっそう大きく膨張させ。


 境に振りかける――

 の前に。

 その前に、境が弾丸になる。

 風よりも速く、視界には残像すら映すのをゆるさない。


 バっと炎を手で振り切り、一気に間合いを詰める。


 対して、ルナは動揺していた。


 瞬間的に逆転したこの戦状に置いてけぼりにされ、その引き絞られた拳を見上げることしか出来ない。


 その、目の前の戦士せんしは、次にどう動くのか。


 そのありったけの力で握りしめられた拳は、次にどう――――


「っ!?」


 ハッと、目を見開くルナ。

 その、紅の瞳にはありありと『恐怖』が映っていた。とっさに手を構えようとするががもう遅い。


 目の前では赤い感情で染まった双眼が、獲物えものを冷酷に見下ろす。


 そして、引き絞った拳を勢いよく降り下げ。


「や、いやぁあぁぁああぁぁぁあっ――」


 ルナは、恐怖のあまり目をきつく閉じる。

 次の瞬間に来る衝撃に備えて。

 備えて……。


「……………………え?」


 しかし、いつまでたっても衝撃が来ない。


 おそるおそる目を薄く開く。と。



「ん~。そろそろ眠いからやめようぜ」



 なんと。


 そこには、フワァと大きなあくびをしているいつもの境がいた。少し前までの殺気を放っていた人物とはどうも思えない。

 そんな境に、ルナの目が点になるしかない。


 微妙な空気が部屋に流れる。


「あ、お茶いる?」

「ああ、どうも。ちょうど喉が渇いてたのってちがぁぁあぁあぁぁうっ!」


 ジタジタと悔しそうに地団駄じだんだを踏むルナ。怒りからか、恥ずかしさからか、顔を真っ赤にして、声を出そうとするが、混乱で口が震えてしまう。


「違うのよ! そうじゃないのっ! さっきの闘い……な、なんで。どどどうしてっ!?」


 その声に。

 境は何もないようなケロリとした顔で口を開いた。



「どうしたもこうしたもって、まぁ引き分けってことでいんじゃねぇか?」



 嘘だ。


 ルナは真っ先ににそう思った。

 あれがどこの引き分けだ。


 完全に。


 完全に、あの決闘の勝者は――、敗者は―――


 目の奥がツン、と痛くなる。その時。


 ポン、と。


 自分の頭の上に何かが置かれた。かたくて、暖かい手のひら……。



「そんな泣きそうな顔すんなって……。どうしたらいいかわかんねーだろ」



 困ったように笑う境。

 その境の腕は、自分の頭に伸ばされていて。


 状況を理解した瞬間、ルナの顔にボッと、火がついた。


「うなにゃにゃにゃにゃっ!? にゃんでっ! にゃはぁああっ!?」


 変な声を出し顔を真っ赤にして、跳び跳ねるように境から離れる。


 心臓がバクバクうるさい。

 顔が熱くて、力が入らない。

 それから、あの手の暖かさが消えてちょっとだけ後悔するのだが……。


 しかし、当人の境はそんなことはつゆ知らず。

 変なようすのルナに、ハテナを浮かべて見つめて。そして、もう一回首をかしげる。


「……よくわかんねーけど、まぁ大丈夫そうだな。んじゃ、外で待ってるやつがいるから、行くな?」


「え、あ、ちょっ! ちょっと待ちなさいよ!」


 もう用は済んだというように部屋から出ていこうとする境を、呼び止める。

 すると、境は不機嫌そうに首だけを振り向かせた。


「なんだよ」

「その、な、なによ。私の急な決闘を受けてくれたんだし? まぁ、えっと……」


 話が。言いたかった言葉が。


 なかなか出てくれない。


 あの、一言なのに。


 ルナは、ほんのりと朱がかかった顔で。

 少し潤んだ目線を下げながら。

 たどたどしく。


 その、言葉を繋いでいく。



「境。ぁりがと……」



 最後は小さく消え入りそうな声で。


 しかし。


 ちゃんと境に届く。


 顔をうつ向けるルナを見ながら。境は、クルリと向き直り二ッと笑った。


「ああ、どーいたしまして」


 と、いう前に。バァンっと部屋の扉が勢いよく開かれる。


「おーい、キョウ君っ!」

「あ? ……は? マフ……?」


 境達の目線の先には、真歩が扉の前に仁王立ちでたっている。


「遅いじゃないかっ! あまりにも遅くてボクは…………」


 そこで、真歩は部屋を見渡す。


 そして、気づく。


 視界に入るのは、この二つ。

 顔を真っ赤にしてうつむく可愛い少女ルナ

 その前に立っているのは男子


 カッと、真歩の目が見開かれる。



「まさか告白かいっ!?」



「「いや、違うからっ!」」


 なんかとんでもない勘違いに、境とルナは慌てて訂正をさせる。


「俺ら、決闘してただけだから」

「そそそうよ! こ、告白なんて、するわけないでしょう!」

「なんだ、まだってぇえぇっ!」


 ヤバイ、何だか話がややこしいことになってきた。と、境は汗を浮かばせる。


 乾いた笑みを浮かべる境に、真歩がプクゥーと頬を膨らませながら詰め寄って来た。

 ビシっと境の鼻先に細い指が向けられる。


「もー! キョウ君格好いいから、いつかは、やらかすと思ってたけど!」

「は? え、おい?」


 話についていけない境を置いて、次は真歩とルナがに話し始める。


「やぁ、ルナちゃん。ついが少し心配になってしまってね」

「え? い、いつも……っ!? どどういうことっ!? …………ハッ。まさか貴方も……!」

「『も』って言うことは、やはり君も……! ボクの居ないうちに出過ぎたマネはしてないよねっ!?」


 ムムムムム~、と。二人の少女が唸る。

 お互いが謎の火花ひばなをあげる中。ぼそりとその思ったことを素直に言ってみる。



「……すげぇ仲良いんだな」



「「どこがっ!?」」


 ほら、声ハモったし。

 まだまだ続きそうな声を背に、境はこっそりと部屋をあとにするのであった。



「「あれっ! キョウ(君)が居ないっ!!」」










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