第4話 ご褒美……?

 教室は、やけに静かだった。


 各椅子に座っている生徒は、動かず、ただただ凝視ぎょうししている。


 それは、きょうも例外ではなく、同じようにある一点を見ていた。


 黒板の前の教卓に乗っている、黒い箱を。


 その黒い箱は、引っ越しで見るような大きめの箱で、ガムテープできっちり閉じられている。きっと、中に何かが入っているのだろう。


 そこまでは、良い。


 しかし、問題はそれからだ。


 その箱には、白い塗料で『ご褒美♡』と書いてあるのだ。……謎の『♡』から、我らの悪担任マイちゃん先生が書いたとわかってしまう。


 それにしても、ご褒美とは何なのだろうか。


 境はその箱を見つめたまま考える。


 そう言えば。


 この前にあった『職戦重要ランクわけ試験』の当日、マイちゃん先生が何かそれっぽい事を言っていたような気がする。


 確か……。



『そうそう。ついでにこれが終わったら、お偉いさんたちからいいものが貰えるからお楽しみに』



 そうだ、こう言っていたんだ。と。

 境は、記憶の奥からぼやぁと思い出す。


「いいもの……?」


 いいものって、何だ?

 何が入っているのか?


 うんうん、と。

 また考えようとした、その時。


 ガチャと、ドアが小さく開き……次の瞬間バァンっと開きひらいた。


「「「!?」」」

「はぁーい、みぃんなぁっ! おっはよぉ!」

「「「…………」」」


 その独特のある野太い声の主が、そこに立っていた。盛り上がる筋肉をおおうのは、ピンクのスーツ。これでもかと言うほど厚く塗り重ねられた化粧。どこか、いろんな意味で危ない雰囲気をまとっていた。

 紫に染め上げ結んだ髪を揺らす彼女に、生徒達は顔を向けた。


「「「…………おはようっす、マイちゃん先生」」」

「ウッフッフーっ」


 マイちゃん先生は、満足そうに頷く。


 生徒達のジト目も気にならないほど、今日の彼女は機嫌が良いらしい。

 そのまま、カッカッカカっと、リズム良く高いハイヒールを鳴らしながら教壇へ踊り出た。


 早速、境が「質問いいか?」と手を挙げた。


「あらん? 何かしら?」

「何が入ってるんだ? その箱」


 皆も境と同じ気持ちらしく、教室中の視線がマイちゃん先生に集まる。


「ん、わかってるわ。今、説明するわね」


 そう言うと、マイちゃん先生がその箱を片手で持ち上げた。

 あ、以外と軽そうだな。


「ん~、60前後かしら」


 訂正、マイちゃん先生がおかしかったんだ。


 生徒達が目に見えて引いていくのを見て、彼女は「こ、こほん」と小さく咳払いをした。


 そして、説明をしだす。


「この箱に入っているのは、事前に言っていた通り『ご褒美』よ。そして、そのご褒美は……」


 少し間を空けてから。



「―――よ」



 その言葉を理解するのに、何十秒か時間が必要だった。


 そして。


 生徒のうち、一人が小さく呟く。


「お人形……?」

「そう、お人形」


 さも当たり前のように肯定こうていするマイちゃん先生。


 生徒達が、わなわなと震えだす。殺気すら感じられる顔は、もはや噴火前の火山かざんのようだ。


「ふっ―――」

「ふ?」



「「「ふざけるなぁぁあぁぁああっ!?」」」



 火山、爆発。


「お人形なんか、要るかぁぁっ!?」

「俺ら、もう高校生何だぜ! なめてんのかこのやろ-っ!!」

「オカマ」

「ちょっ、皆、待って話聞いてっ!? と、言うか、さっきオカマっていった人誰なのよぉぉおぉおっ!?」


 もう教室は、阿鼻叫喚あびきょうかん地獄絵図じごくえず


 それに境は、「やれやれ」と首を振り、しばし考えた後。やはり止めようと席をたった。


「うっせぇよっ! 黙りやがれえぇえぇっ!?話が進まねぇだろうがぁぁああぁぁああっ!?」

「「「ぎゃぁあぁぁぁあああぁぁっ!?」」」




 それから少したち。


 やっと教室に落ち着きが戻って来た。やつれ顔のマイちゃん先生は、同じくやつれ顔の生徒達に淡々たんたんと説明をしていく。


「……と、まぁ確かにお人形なのだけど。の。このお人形は、天神人形ルミニスの使いなのよ」

天神人形ルミニスの使い?」


 と、聞き慣れない言葉に首を捻る。それにマイちゃん先生は頷き。


「そう。ようは、光の神『ルミニス』の力を少しだけ借りたみたいなものよ」


 そうマイちゃん先生は、付け足した。


「ふぅん。御守りねぇ……」


 境は頬杖ほおづえをしながら呟く。

 別に欲しくない物ではないのだが、格段と欲しい物でもない。これを『ご褒美』として渡されるのは、なんか少し違うような気がするのだが。


 境の、その微妙な感情を感じとったのか。


「まぁまぁ。貰っておこうじゃないか、キョウ君」


 背後から、声をかける者がいた。


 境が少し振り返ると、その斜め後ろの席に真歩がにこやかに座っていた。


「光の神、ルミニスだってよ。凄く格好いいじゃないか! キョウ君の中二病がエスカレートしてしまうかもだけどさ」

「確かに光の神っていうのは、すげぇってと言うか、今お前さりげなく酷いこというよなっ! しねぇよ。中二病じゃねぇ!」

「あはは。わざとだよ。それにさ……」


 わざとなのかよ……と、頭を抱える境に。真歩は、どこか憂いを帯びたような表情で。



「それに、またキョウ君に大怪我はさせたくない。して欲しくないんだ」



 澄んだ海のような色の瞳を上目がちにしながらそう言う真歩に、一瞬、境は思わず黙った。


 多分、いや間違いなく、真歩はあの試験の事を言っているのだろう。その時自分は、身を捨て大怪我をしてしまった。

 それを見た真歩は、『心配させないでくれ』『ムチャをしないでくれ』と―――。


「…………」


 大きめのため息を一つ。


「わかぁたって。貰えばいんだろ。貰えば…………別に、マフに言われたからじゃねぇぞ? 最初から、決めてたからな」


 念を押してそう言い加える。


 なのに。


 クスリ、と。真歩は物知ったり顔で笑うので、境はどこか面白くない。すねた子供のように、プイッと前へ顔をそむけた。


 前では、もう配布が始まっているのが見えた。マイちゃん先生が生徒のところへ黒い箱を持っていき、その生徒が箱に手を突っ込んで人形を引き抜いていく。


 その人形が、またとても良いらしい。


「うおおおおおおおっ! 見ろよ、ドラゴンだ!」

「俺は、獣のような毛に、鳥の羽……! これぞ、ルミニスの使いじゃあああ! ゴットオオ!」

「いや、それコウモリだろ……。って、なんじゃこれ!? マジで格好いいっ!」


 その人形を手にした途端とたん、誰者の目が輝かんばかりに見開かれる。


 どうやら。皆の反応を見るに、皆同じ物ではなく、それぞれ違うようだ。


 そして、ついに。


 境の前に箱が突き出された。


「ほら。貴方の番よ、如月きさらぎ

「あ、ああ……」


 境はどこか緊張したような顔で、ゆっくりと手を伸ばし入れる。


 少しの不安と、大きな期待を胸に。















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