第2章 猫が見上げる偽りの太陽

第1話 高嶺の太陽

決闘けっとうしなさい」


 ここは咲宮さきみや学園の、教室。

 そこで目の前の生徒が、そう高々に言った。

 その少女は顔にかかっていた、燃えるような赤髪のツインテールを、パッと払う。 そうして光にあらわになる顔。


 雪さえもあざむく真っ白な肌をキャンパスに。

 キュッと、引き締まった小さな唇。

 そして、誰もの目を奪いとる気の強そうな、深紅ルビーの瞳。

 そんな誰からみても美少女の彼女は、教室に入って来るなり、そう言い放ったのだ。


 ……机で、うとうとしていた黒髪の少年に指をしながら。



「………………あ? 俺?」



 指された少年――――如月きさらぎ きょうは眠そうな半目で、自分に指を指しながら、そう確認をする。

 それを受けて、少女が口を大きく開いて。


「そうよ! この私。サンライ…………いえ、『ルナ』と決闘をしなさいと言っているのよ!」


 この随分ずいぶん偉そうな少女は、ルナと言うらしい。


 名前はわかった。しかし、なぜこのルナという少女が自分に決闘を申し込むのかわからない。会ったことも、まともに話したこともないはずなのに。…………なにかやらかしてしまったのだろうか? 

 そう首をひねる。


「なんで、俺に決闘を……?」

「……そりゃぁ」


 と、ルナが一瞬どこか言葉を探すように口ごもってから。言葉を続ける。



「貴女が、前回の――『職戦重要ランクわけ試験』で事件を解決したと聴いた……からよ」



 それに境は「なるほど」と相づちをうった。


『職戦重要ランクわけ試験』。

 それは、この学園で毎年何回かある試験のことだ。

 その名の通り、世界に自分しか持たない【職業ジョブ】を使って、AからEまでの戦力の重要度をはかるものなのだが……。

 前回の試験は、ある事件により中止となってしまった。そして、その事件を解決したのはじぶんということが、学園に知れ渡っているらしい。

 まぁ。それを信じる者もいれば、反対にヤラセだとか、信じない者もいるのだが。


「…………で? どうするの? もちろん受けるのよね?」


 その声で、ぼ――っと考えふけていた境が、グッと現実に引き戻される。


 そうだ。

 今はこの決闘を受けるのか聞かれているのだ。


 けれども。

 弱い相手はつまらない。


 と、いうか。相手に怪我をさせない。という自信がない。


 と、いうか。今は眠い、めんどくさい。


 (……うん、これが一番の理由だな)


 そう結論づけた境はおもむろにポケットから銀色のカードを出した。自分の『職戦重要ランク』がのっているカードだ。自分が最低ランクだと知ったら、おとなしく引いてくれるだろうとなんとなく思ったのだ。


「あー、俺、見ての通りEランクだから諦めてくんねぇか?」


 そう言って、カードをルナの前に突き出す。それを見たルナは、その瞳を一瞬まるくさせた、が。思惑通りにはいかなかった。ルナは、皮肉げに境を見下ろす。


「……へぇ、最低ランクなんだ。……で? 何? 笑ってほしいの?」

「……いや、笑ってはほしくな――」

「あはははははははっ! マジうけるー!」

「こいつ、うぜぇッ!?」


 あまりのうざさに、境がガタンと音をたたせながら勢いよく席をたつ。目線の上下が逆転した。それでもなお、ルナは格上の威厳をもった瞳で境をみすめる。



「ふうん。じゃあ、あなたは自分のランクのせいにして逃げるつもり?」

「――――」



 言葉が、詰まった。

 あまりにも図星過ぎて。それから、そうしようとしていた自分が情けないように思えてきた。


「じゃあ逃げ出すのね? なんだ、がっくり。私が聴いていたのは自分を信じ、それを貫いていく人だってきいたんだけど……見当違いだったかしら。そんなたかが物に振り回されて、そんな物に格付けされた自分で。恥ずかしくないの?」


 挑発だった。それは、相手を怒らせて思うがままに口車に乗せる挑発。

 普通なら、もう気づいているから断るのが通り。

 だから、境はめんどくさそうにがりがりと頭をかきながら、


「んじゃあ、そーゆーことで。俺は断らせてもら……」


 しかし。境の断る言葉は、途中でプツンと途切れた。


 境の驚いたような視線の先には、表情を一切崩さない美麗びれいな顔が。


 その目が。


 ルナの。


 その、強い力が宿った炎の瞳で覗き込まれて。


 境は、ジッとを確かめるかのように見つめ……そして。

 大きく頷いた。


 本気なのが伝わった。真剣なのがビシビシ感じる。

 そこまでになれるルナという少女に少なからず興味がわいたのだ。

 だからここは間抜けに挑発に乗ってやろうと思った。売られた喧嘩は買ってやることにしたのだ。



「ああ、良いぜ。その勝負受けてや――」



「っと、待ったあぁぁあぁぁぁっっ!?」



 その時だった。

 あの声が聴こえたのは。


 ビックリして、カチンコチンに固まっているルナを尻目に境がクルリと振り返り。『めんどくさいのが来たー』と、言わんばかりに顔をしかめる。



「なんだよ、マフ……」



『マフ』と呼ばれた、境の斜め後ろに座っていた小柄な少女――

 探見さがみ 真歩まふが、バンっと勢いよく席から立ち上がっていた。


 赤いリボンでふんわりまとめた明るい茶髪。そこから覗く、可愛らしい大きな空色の瞳。

 どこか子犬を連想させる真歩は、境に向いたまま。


「キョウ君っ、やめるんだ。見つめ合うんじゃなゲフンゲフン。じゃなくて……わかってるかいっ!? その人が、誰かって!」

「え? 誰って……」


 困惑の色を浮かべながら、ルナを椅子に座ったまま見上げる。


 そこには。


 境の視線を受けて、まってましたっ! と、少し胸を張るルナの姿が。


 ん? どこかで見たことがあるような……。


 そう思って、やはり偉そうな態度のルナを仰視ぎょうしする。お金持ちそうで、自分の意見を貫いて、強気。


 すると。


 そこでハッとある名前が出てきた。



「トランブ大統領」



「「違うっ!? まず、性別から違和感覚えようっ!?」」



 なんだか、凄い怒られた。


 なら何だ? と。キョトンとする境を見て、真歩がやれやれとあきらめたかのように、首を横に振った。



「キョウ君。この人は、ルナ・サンライズちゃん。なんと、職戦重要ランク、A-ランクなのさ! それもあの、火の【職業ジョブ】で有名な名門サンライズ家のお方なのさ」



「…………」


 その小さな時を。

 境は、見逃さなかった。


『火の【職業】で有名な名門サンライズ家』と。真歩が言ったとき。

 ルナの表情が一瞬だけ、ほんの一瞬だけ、ことに。

 さっきだって、ルナは自分の名前を最後まで言おうとしなかった。途中でやめていた。



「おい、ルナ……?」

「……はい? 何かしら」


 しかし。それはすぐに消えてしまい、返ってくるのは普通の返事だった。

 きっと、なんともないことなのだが……魚の小骨のように、どこか心に引っ掛かったままだった。


 しかし。


「……いや、何でもない」


 今は、ここで聞いてはいけないような気がした。でも、またどこかで聞かなくちゃいけない予感と共に。


「そう。それで? そろそろ返事を聞いてもいいかしら」

「ああ、そうだな」


 境は、少し間を置いてから。

 真っ直ぐにルナを見て。


「もちろん、受けてたつ」


 と、いい放つ。


 パッ、と。ルナが華の咲くように笑みをつくる。まるで美を司る女神のように。魅惑的みわくてきに、妖艶ようえんに辺りに光をまいた。

 教室にいた異性はもちろん、同性までもが放心したかのように、その輝きに見惚れた。


 シィン……と、音が無くなる。



「それじゃぁ、第二鍛練室で待ってるわ。 ……じゃ」



 そう言って、クルリときびすを返して教室から去って行った。


 その瞬間。


 ザワっ! と騒がしくなる教室。


 時が止められていたのが、また動き出したかのようだ。


 すると、やはり、真歩が黙ってはいない。

 お決まりかのように、横から。


「んもーっ! キョウ君やめなよ! さっきも言ったけどBランク以上だよっ!? 怪我しちゃうよ! あんなに、だし! し! かもだし! それにそれに、って……」

「なんか、余分なもんも入ってないか?」


「……なぁんてね」


「!?」


 いつもなら、ここでまた説教が始まるのに、まさかの不意討ちをくらって。まるで豆鉄砲をうけたはとのような顔をする境に。


 真歩は、ニコッと小さくはにかむ。



「もう、キョウ君のやりたいことなんて、お見通しさ。何年キョウ君の横にいたと思っているんだい? ……あとは、キョウ君のことを願うだけ。そうだろう、キョウ君?」



 そう言って、照れ臭そうに笑う真歩を見て。

 自分までもが頬が緩められていくのを感じた。



「……ありがとな」



 クシャ、と。

 真歩の頭に、手を置いた。


「!!」


 ポシュっ、そんな音をたてて、真歩の顔がなぜかリンゴになる。


「あ、あうあうあぅぅうぅ……」


 口がわなわな震えて、目がうるうるしだして。

 ヤバイ。怒らせたか? と境は冷や汗を浮かべて、サッと手を引っ込める。


「う!? ……うぅ~」


 すると、次は不満そうに頬を膨らませ、唸る。なんなのだろうか。しかし、怒られなかったのはラッキーだと思っても良いだろう。

 境は、真歩から目を移す。


「んじゃ……」


 目指すは、第二鍛練室。


 そして、A-ランクと闘うんだ。


 体の中が、ゾクゾクと疼く。

 早く。早く。と、心が前へ急がせる。

 境は、窓から覗く強い光を放つ太陽をキッと睨み、手を伸ばす。



「ああ。行ってやるぜ」



 最弱の【凶運】が。今、最強クラスへ挑みにかける。



 ギュッ、と。


 境は、太陽に伸ばした手を握ったのであった。




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