第2章 猫が見上げる偽りの太陽
第1話 高嶺の太陽
「
ここは
そこで目の前の生徒が、そう高々に言った。
その少女は顔にかかっていた、燃えるような赤髪のツインテールを、パッと払う。 そうして光に
雪さえも
キュッと、引き締まった小さな唇。
そして、誰もの目を奪いとる気の強そうな、
そんな誰からみても美少女の彼女は、教室に入って来るなり、そう言い放ったのだ。
……机で、うとうとしていた黒髪の少年に指を
「………………あ? 俺?」
指された少年――――
それを受けて、少女が口を大きく開いて。
「そうよ! この私。サンライ…………いえ、『ルナ』と決闘をしなさいと言っているのよ!」
この
名前はわかった。しかし、なぜこのルナという少女が自分に決闘を申し込むのかわからない。会ったことも、まともに話したこともないはずなのに。…………なにかやらかしてしまったのだろうか?
そう首を
「なんで、俺に決闘を……?」
「……そりゃぁ」
と、ルナが一瞬どこか言葉を探すように口ごもってから。言葉を続ける。
「貴女が、前回の試験――『職戦重要ランクわけ試験』で事件を解決したと聴いた……からよ」
それに境は「なるほど」と相づちをうった。
『職戦重要ランクわけ試験』。
それは、この学園で毎年何回かある試験のことだ。
その名の通り、世界に自分しか持たない【
前回の試験は、ある事件により中止となってしまった。そして、その事件を解決したのは
まぁ。それを信じる者もいれば、反対にヤラセだとか、信じない者もいるのだが。
「…………で? どうするの? もちろん受けるのよね?」
その声で、ぼ――っと考えふけていた境が、グッと現実に引き戻される。
そうだ。
今はこの決闘を受けるのか聞かれているのだ。
けれども。
弱い相手はつまらない。
と、いうか。相手に怪我をさせない。という自信がない。
と、いうか。今は眠い、めんどくさい。
(……うん、これが一番の理由だな)
そう結論づけた境はおもむろにポケットから銀色のカードを出した。自分の『職戦重要ランク』がのっているカードだ。自分が最低ランクだと知ったら、おとなしく引いてくれるだろうとなんとなく思ったのだ。
「あー、俺、見ての通りEランクだから諦めてくんねぇか?」
そう言って、カードをルナの前に突き出す。それを見たルナは、その瞳を一瞬まるくさせた、が。思惑通りにはいかなかった。ルナは、皮肉げに境を見下ろす。
「……へぇ、最低ランクなんだ。……で? 何? 笑ってほしいの?」
「……いや、笑ってはほしくな――」
「あはははははははっ! マジうけるー!」
「こいつ、うぜぇッ!?」
あまりのうざさに、境がガタンと音をたたせながら勢いよく席をたつ。目線の上下が逆転した。それでもなお、ルナは格上の威厳をもった瞳で境をみすめる。
「ふうん。じゃあ、あなたは自分のランクのせいにして逃げるつもり?」
「――――」
言葉が、詰まった。
あまりにも図星過ぎて。それから、そうしようとしていた自分が情けないように思えてきた。
「じゃあ逃げ出すのね? なんだ、がっくり。私が聴いていたのは自分を信じ、それを貫いていく人だってきいたんだけど……見当違いだったかしら。そんなたかが物に振り回されて、そんな物に格付けされた自分で。恥ずかしくないの?」
挑発だった。それは、相手を怒らせて思うがままに口車に乗せる挑発。
普通なら、もう気づいているから断るのが通り。
だから、境はめんどくさそうにがりがりと頭をかきながら、
「んじゃあ、そーゆーことで。俺は断らせてもら……」
しかし。境の断る言葉は、途中でプツンと途切れた。
境の驚いたような視線の先には、表情を一切崩さない
その目が。
ルナの。
その、強い力が宿った炎の瞳で覗き込まれて。
境は、ジッと何かを確かめるかのように見つめ……そして。
大きく頷いた。
本気なのが伝わった。真剣なのがビシビシ感じる。
そこまでになれるルナという少女に少なからず興味がわいたのだ。
だからここは間抜けに挑発に乗ってやろうと思った。売られた喧嘩は買ってやることにしたのだ。
「ああ、良いぜ。その勝負受けてや――」
「っと、待ったあぁぁあぁぁぁっっ!?」
その時だった。
あの聞きなれた声が聴こえたのは。
ビックリして、カチンコチンに固まっているルナを尻目に境がクルリと振り返り。『めんどくさいのが来たー』と、言わんばかりに顔をしかめる。
「なんだよ、マフ……」
『マフ』と呼ばれた、境の斜め後ろに座っていた小柄な少女――
赤いリボンでふんわりまとめた明るい茶髪。そこから覗く、可愛らしい大きな空色の瞳。
どこか子犬を連想させる真歩は、境に向いたまま。
「キョウ君っ、やめるんだ。見つめ合うんじゃなゲフンゲフン。じゃなくて……わかってるかいっ!? その人が、誰かって!」
「え? 誰って……」
困惑の色を浮かべながら、ルナを椅子に座ったまま見上げる。
そこには。
境の視線を受けて、まってましたっ! と、少し胸を張るルナの姿が。
ん? どこかで見たことがあるような……。
そう思って、やはり偉そうな態度のルナを
すると。
そこでハッとある名前が出てきた。
「トランブ大統領」
「「違うっ!? まず、性別から違和感覚えようっ!?」」
なんだか、凄い怒られた。
なら何だ? と。キョトンとする境を見て、真歩がやれやれとあきらめたかのように、首を横に振った。
「キョウ君。この人は、ルナ・サンライズちゃん。なんと、職戦重要ランク、A-ランクなのさ! それもあの、火の【
「…………」
その小さな時を。
境は、見逃さなかった。
『火の【職業】で有名な名門サンライズ家』と。真歩が言ったとき。
ルナの表情が一瞬だけ、ほんの一瞬だけ、苦しそうになったことに。
さっきだって、ルナは自分の名前を最後まで言おうとしなかった。途中でやめていた。
「おい、ルナ……?」
「……はい? 何かしら」
しかし。それはすぐに消えてしまい、返ってくるのは普通の返事だった。
きっと、なんともないことなのだが……魚の小骨のように、どこか心に引っ掛かったままだった。
しかし。
「……いや、何でもない」
今は、ここで聞いてはいけないような気がした。でも、またどこかで聞かなくちゃいけない予感と共に。
「そう。それで? そろそろ返事を聞いてもいいかしら」
「ああ、そうだな」
境は、少し間を置いてから。
真っ直ぐにルナを見て。
「もちろん、受けてたつ」
と、いい放つ。
パッ、と。ルナが華の咲くように笑みをつくる。まるで美を司る女神のように。
教室にいた異性はもちろん、同性までもが放心したかのように、その輝きに見惚れた。
シィン……と、音が無くなる。
「それじゃぁ、第二鍛練室で待ってるわ。必ず、絶対、一人で来なさい? ……じゃ」
そう言って、クルリと
その瞬間。
ザワっ! と騒がしくなる教室。
時が止められていたのが、また動き出したかのようだ。
すると、やはり、真歩が黙ってはいない。
お決まりかのように、横から。
「んもーっ! キョウ君やめなよ! さっきも言ったけどBランク以上だよっ!? 怪我しちゃうよ! あんなに、美少女だし! 可愛いし! ライバルが増えちゃうかもだし! それにそれに、一人で来いって……」
「なんか、余分なもんも入ってないか?」
「……なぁんてね」
「!?」
いつもなら、ここでまた説教が始まるのに、まさかの不意討ちをくらって。まるで豆鉄砲をうけた
真歩は、ニコッと小さくはにかむ。
「もう、キョウ君のやりたいことなんて、お見通しさ。何年キョウ君の横にいたと思っているんだい? ……あとは、キョウ君のことを願うだけ。そうだろう、キョウ君?」
そう言って、照れ臭そうに笑う真歩を見て。
自分までもが頬が緩められていくのを感じた。
「……ありがとな」
クシャ、と。
真歩の頭に、手を置いた。
「!!」
ポシュっ、そんな音をたてて、真歩の顔がなぜかリンゴになる。
「あ、あうあうあぅぅうぅ……」
口がわなわな震えて、目がうるうるしだして。
ヤバイ。怒らせたか? と境は冷や汗を浮かべて、サッと手を引っ込める。
「う!? ……うぅ~」
すると、次は不満そうに頬を膨らませ、唸る。なんなのだろうか。しかし、怒られなかったのはラッキーだと思っても良いだろう。
境は、真歩から目を移す。
「んじゃ……」
目指すは、第二鍛練室。
そして、A-ランクと闘うんだ。
体の中が、ゾクゾクと疼く。
早く。早く。と、心が前へ急がせる。
境は、窓から覗く強い光を放つ太陽をキッと睨み、手を伸ばす。
「ああ。行ってやるぜ」
最弱の【凶運】が。今、最強クラスへ挑みにかける。
ギュッ、と。
境は、太陽に伸ばした手を握ったのであった。
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