第13話 間章 運命が始まって

 あの事件から、三日後。


 事件の黒幕がまだ捕まってはいない。未だ、捜索中だ。

 しかし、事件自体は大きなものだったが、そこに居合わせた人は少数人。

 さらに、住宅街で起こったのにも関わらず、一般人は巻き込まれなかった。


 そのため、この町にも、少しずつ穏やかな日々が戻りつつあるのだった。



 ― ― ― ― ― ―



「なぁなぁ、知ってるか? あの住宅が集まってるとこの、爆弾事件」

「ああ、知ってるぜ。結構やばいやつだったんだってな」

「は? いや、一般人が悪ふざけで花火を爆発させったて聞いたけど?」

「え? マジで? まぁーそーかもなぁー。あんまニュースにもなんなかったし」

「止めたのは高校生だとか」

「あれ、絶対嘘だろ」


 ここは、にぎやかな、咲宮学園さきみや前の大通り。

 この大通りには、屋台や、飲食店。本屋や、家具店もそろっていて、観光地としてもそこそこ有名だ。

 そんな大通りの、昼頃ということもあり、行き来する人は更に多くなっていた。


「フフフ……。もうキョウ君は、有名人だね! このまま、テレビにも出ちゃう? そしたらボクも一緒にうつれるかなぁ?」

「バカ言え」


 隣を歩きながらニヤニヤする真歩を、境は不機嫌顔でコツンと軽く小突く。


「で、でもさ。如月きさらぎ君は、本当に凄いと思うよ」


 そう斜め後ろから声が投げられる。

 それを受けて、どこか納得しないような表情を浮かばせながら境が首を曲げる。


「なんだよ。シュンも、んなこと言うのかよ。別に凄くねぇよ。……試験、滅茶苦茶めちゃくちゃになったし」

「え? そうかなぁ……?」


 そう困り顔で笑う、瞬。

 彼は、事件から丸1日間ずっと眠り続けていたのだ。

 まぁ、腹をされたんだからしょうがない。と、境は思う。


 あの事件のせいで、境たちの『職戦重要ランク分け試験』は急遽きゅうきょ中止になってしまった。

 まぁ、なにしろ爆発が起こったのだ。こうなるのは当たり前のことでもある。

 結局、境はゴール地点の教会すら見れずに終わってしまったのだ。

 でも、何も収穫がなかったわけじゃない。


(それが、このカードだな)


 境がスラックスのポケットから、手のひらサイズのカードを取り出す。

 銀色の光沢を放つそのカードは『職戦重要ランクカード』といって、名前のままだが自分の【職業】のランクが記されているらしいのだ。

 しかし、それはまだ仮のカードだ。今回の試験は中止になってしまったので、【職業】の戦力を書類上から考えて割り振られたものらしい。


 と、なると。境の【凶運】は見るまでもなく……


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 如月 境 【Eランク】

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「うん、わかってた……けど、はぁ……」


 予想を見事的中させた境は、浮かない顔で溜息をこぼした。

 最低ランクのE。平凡な【職業】のランクはCであり、そのCランクの例を言うと。指からマッチ程度の火が出せたり。時間が正確にわかったり。荷物にかかる重力を少し減らせたりと日常にあったら便利的なレベルなので、どれだけEランクが使い物にならないかわかるだろう。逆に、Eランクは最強Aランク並みに珍しいらしい。

 わかってたことなのだろうけど……わかってたのだけど、やはり落胆というか、もやもやした感じがある。

 ついでに。と、犬にほえられてびくびくしている瞬に視線をうつす。

 そんな瞬のカードはというと、


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 神風 瞬 【Eランク】

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 境と同ランクであった。瞬は悲しむと思いきや、そのカードが配られた次の休み時間にすっ飛んできて『見てみて! 如月君と同じランクだよ! おそろいだね!』と上機嫌に言ってきたのだ。それを言われて、自分はまだカード見せてないのにどうしてEだとわかったのだろうと疑問に思って。その後答えがわかって肩を落としたことはまた別の話。


 そんな思い出を振り返った境は、次に屋台を興味津々きょうみしんしんに見ている真歩に視線を移す。


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 探見 真歩 【C+ランク】

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 これが真歩のランクだ。この『+』はそのランクより少し上だけど、Bには届かないという意味らしい。深くは知らない。

 でも、【地図展開】は意外と便利なので、そこは妥当だと思う。……別に自分がEランクで真歩がC+ランクだからってなにも思わない。例え『あれあれあれー? あの有名な爆発事件をクサイ台詞と共にさらりと解決して決め顔を放ったキョウ君はどんなランクなのかなー? もちろんAだーよーねー?』と、わかってるくせにむかつくような笑顔で挑発してきた真歩には思わない。けして、うらやましいとかそんなことは思ったりなんかしてないのだ。


 境のジト目を受けているとはつゆ知らずに。真歩が「あ。そうだ」と、話しかけてきた。


「そう言えばさ。あの中止になった試験ね。たった一人だけ、教会につけた人がいたみたいだよ?」


 それに、境は目を丸くする。


「え? マジで?」

「うん。まぁ、ボクもその場にいた訳じゃないから確かじゃないんだけど……。でも、その生徒は、そう言われても納得するほどの本当に凄い生徒なんだよ? まさに文武両道でなかなかの美人さんだとか! えっと、赤い髪でツインテールの――」

「あー。うん。なーるーほーどーなー」


 合格者がいたという事実について知りたかっただけで、別にその合格者のことを知りたかったわけではなかった境は。真歩のどこから仕入れたかは不明なペラペラペラリンチョとながったらしい説明を、適当に聞き流すのであった。


 そして、


(……そーいやぁ)


 いまだ説明を自慢げにペラペラ続けている真歩をほっといて、境は少し考えるように視線を落とす。

 境の脳裏に映っているのは、その事件の黒幕のカラスの事だった。


(あいつ……。最後に気になること言ってたよな。『転職』は存在するとか……

 。自分の【職業】をどんな【職業《のうりょく】にも変えることが出来るとか、そんな伝説の中だけだった『転職』が……)


 誰でも知っている『転職』。

 誰でも知っているそれは。


 なぜか存在すらわからないのに法律で縛り上げ、いつのまにか禁忌の存在になっていた。


 そして、あのカラスの最後の一言。


 境は、そう深く考えてから顔をスッと上げて。もやもやしていた疑問に結論が出たかのように、晴れ渡る青空を見上げた。


 ――(本当にあるのかもな)

「あって、手に入れることが出来たら、俺のもマシなのになんのかな」

「え? 何を?」


 キョトンとする真歩に「なんでもねぇよ」と、苦笑をにじませながら返す。

 すると。


「……ん」



 どこからか、いい匂いがしてきた。



 こんがりと焼けた旨みがしたたる肉の匂い。胡椒こしょうも少々かけてあるようだ、スパイスの匂いもただよっている。

 境は、キョロキョロと辺りを見回して。


「……おっ。あれだっ」


 と、言ったかと思うと、せわしなく行き来する人々の間をかきわけて進み出す。

 その後ろから。


「……キョウ君、これでどのくらい食べてるっけ……?」

「………わからないけど、バケツ2杯分くらいは軽くいってるよね……」


 そんな飽きれ半分、感心半分の声が聴こえるが構わずお目当ての屋台につき、さっさとそれを買って2人の所へ戻っていく。


「……よ。戻ったぜ」

「もー。せめて、一言いってよ……って、えええええええっ!? 何その肉の量っ!?」



「5人前」



「き、如月君。凄く当然みたいな顔で言ってるけど、それ、如月君以外ふつうのにんげんには、食べれないよ……?」

「んー。そうか?」


 コクコクと首を振る瞬と真歩を横目に、肉にさっそくかぶりつく。

 その噛んだ瞬間、ジュワァ……と口の中にあふれるうま味。暖かく濃厚な肉汁が、ほどよい塩加減と少しピリッとするスパイスでおいしく彩られている。それが噛んでも噛んでもなくならない丁寧に味付けされた料理だから、これで頬を緩められないはずがない。

 境もその一人で、ついつい自然と少し頬を緩めさせた。


「うん。やっぱ旨え。病院のはちょっと薄味過ぎたからなぁ」


 そう言いながら次々と、大量の肉が境の胃袋へと収まっていった。


「「……」」

「……ん? なんだよ。食いたかったのか?」


 空になったプラスチックの容器を見つめて固まっている2人に、境が実に不思議そうに聞いた。

 それを、受けて瞬が容器から目をはなし、苦笑しながら首を横に振る。


「いや……いらないよ。僕、まだ傷が治りきってないし……」


 そう言ってから、少し間を開けて。

 気が付いたように瞬が境へ問いかける。


「……あれ? 如月君も大怪我したって、聞いたんだけど」



「ん? ああ、あれかー、直った。完治」



 ピシリ、と。


 瞬の思考が一瞬止まる。

 そして、たっぷり数十秒間使い、やっと理解が追いついたようだ。再起動。


「……でも、まだ三日しかたってないし、普通じゃ治んないよね?」



「ん? 肉、食べてりゃー治る。完治」



 ピシーン、と。


 あまりにも次元が違いすぎる境の発言に、瞬の思考が、止まる。

 もう、しばらくは再起動しそうにない。再起動不可。エラー。

 そんな石のように固まっている瞬の肩を、慰めるようにポンっ、と、真歩が叩いた。


「わかるよ。ボクもよくキョウ君の言動に固まってた」


 そう言った真歩は、明後日あさっての方向を懐かしむように見つめた。

 そんなことを言われてしまい、なんだか面白くない境。

 境は、少しねた子供のような顔になった。


 そして。唇を尖らせながら、



「……そんなに、さっきの肉が食べたいんだったら、素直に言えばいいのに」

「「違うっ!?」」



 ― ― ― ― ― ―


 職業ジョブ


 それは、誰もが持つもの。


 それは、生まれたときからの運命さだめ


 それは、けして同じものなど存在しない。


 ―――


 



 今、町を救った小さな勇者たちは。

 運命の歯車を回し始めた。





























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