第12話 俺は 一人じゃねぇから
――ヒュゥンっ
風を斬る音。
境は、何もないように見える道で跳躍する。耳のすぐ横でヒュっ、と。鋭い何かが通りすぎた。
攻撃をかわし地に着地した境は、前方を鋭く睨みながら頬を伝う脂汗をグッと
「……は。いくら見えなくても、音は消せねぇんだな」
少し余裕が出てきたのかニヤリと笑って見せた。
すると、誰もいないはずの前方から声が答える。
「そうだ。……音などで私の【
そんなことを言っているが、全く驚きや、焦りが
それに、境は少し舌打ちする。
相手の余裕さからまだ何かを隠しているようだ。
どうしようか。
境は、考える。もう少し様子を見るのか。それとも、自分から攻撃を仕掛けるか。
少し考えてから……。
「なぁ、まだお前さ、
そう言って、境は、対戦の構えを解き、体の緊張を弱める。
今は、交戦中だと言うのに戦う気が見えなくなった境に、相手から初めて動揺が見えた。
当たり前だ。『殺してください』と、言っているようなもんだ。
自分だってやられたら驚く。
「……何のつもりだ。貴様」
「何のつもりって、今は様子見ることにしただけだ」
当たり前のように堂々と言う境に、相手の動揺が怒りに変化する。
「バカにしているのか……? 本当は、殺さない程度にするつもりだったが……」
少し間を開けて。境を凶悪な瞳で睨む。
「いいだろう。もう、手加減はしない。本気でお前を射殺す」
静かな怒りが辺りを充満させる。
ビリビリと、極寒の地のように冷たく。紅いマグマのように燃えたぎる怒り。
その声とガラリと変わった雰囲気に、境は、「あれ本気じゃなかったんかよ……」と、小さくあきれるように呻く。
じっとりと。
握り締めた手に手汗が浮かぶのが感じられた。
相手の
境の頭の中の警報音が更に、更に、大きく高く鳴り響く。
逃げろ。逃げろ逃げろ。
さもなければ――――
『死ぬぞ』、と。
「くそが! そんなのやんなきゃ、わかんねぇだろうが!」
「そうか。なら…………」
吠える境に、ギリギリと
そして。
「…………わからさせてやろう」
「……!」
何かが、来る。
ものすごい速さで接近してくる。
同じだ。
前と、同じ攻撃。
いや、違う。
同じじゃない。
きっと、攻撃力や速さは変わらない。
しかし。致命的に違うもの。
それは。
「音が、ない……っ!?」
慌てた境は、前方へ地を蹴り避ける。
しかし。
「ウグァっ……!?」
炙り焼くような痛みが右足に広がる。
見なくてもわかる。
避けられず、貫かれたのだ。
なのに。
それなのに、境は前方へ避けるのをやめない。
「……気が迷ったか? なぜ、攻撃を受けたのにも関わらず避け続ける。それでは、まるで……」
そこで。敵の
今。
――それでは、まるで、私に近づいて来るようじゃないか。
と。
敵の息を飲む音がした。
初めて、敵に焦りの色が浮かぶ。
「そういうことかっ!」
その焦りが混じりこむ声に。
境は、疾風のごとく走り。腕を振り上げ。しなりをいれて叩き込む!
―――ドォンッッ
全力の拳は。
相手に―――
「……ッ。今のは驚いた」
―――届かなかった。
「!!」
殴り込んだ敵の姿が、焦点を結び見える。
しかし、黒い服を纏った男は、両手をクロスさせ、しっかりと
バッ、と。境が素早く後ろに飛び下がる。
チッと、舌打ちをしながら自嘲気味に唇の形をつくる。人は舐めると必ず隙を作る。だからわざと攻撃態勢を解いたように見せかけて、一瞬の隙を狙ったのだが……。
「……今のは、決まると思ったんだけどな」
「貴様、やはり……!」
敵がまた、動揺を見せる。それから目を鋭く細め、言葉を続ける。
「やはり、さっきの私の
その言葉を聞き流しながら、乱れた息を調える境。
制服があちこち破れ、血がドクドクと染め上げる。致命傷をおった腕や足からは力強さは欠片もなくだらりとしている。
もう、その姿は目も当てられない
そんな境に、敵が小さく問いかける。
「貴様は。いったい何者なんだ……?」
「…………」
その問いに少し間をあける。そして。ニヤッと笑って。
「……ただの、高校生だが?」
当たり前のことを当たり前のように言う。
しかし、その当たり前のはずの答えに敵が「フッ……」と笑いをもらす。
「ふざけたことを……。でも、まぁいい。貴様の素性は気になるが。今、貴様を生かしておくのは危険だ。……『転職』の為にも」
聴いたことのある言葉……それにハッと気づいた境は、声をあげる。
「ッ!! 今、『転職」
――』って言ったか?、と聞く前に。
また目の前の敵の姿が、ボヤァと焦点が混じりあい。
「……!」
空気と一体化する。
もう、敵の姿は【
「…………まぁた、かくれんぼなんかすんのかよ。さっさと、正々堂々来やがれよ」
「……貴様は、身体能力では、私より上をいっている。そんな相手に、【測定不能】は解除出来るはずがないであろう?」
「ち……っ」
挑発に乗らないカラスに舌打ちをする境。
ビリビリと空気が震える。死と生の綱渡り。目隠しをして深い谷の細い橋を渡るような、いつ死んでもおかしくない状況。
境は、五感を最大限に研ぎ澄ましながら、「やべぇな」と、思う。
今までは、自分の【
しかし。
もう、相手には、自分の職業が使えないことがわかってしまっていることだろう。
相性が悪すぎだ。
これは、自分の【凶運】の力も関係しているかもしれない。
次は、もう、避けられないかもしれない。
次には、もう、無いかもしれない。
どっと汗がふきだす。
心臓の鼓動が速くなる。
相手が、認識できない。
どこから、矢が飛んでくるのか測定できない。どこだ、どこにいる。どこに。
「敬意を
エコーのように、あちこちから反射する声。
「ここまで、私を―――『レイト・クローネ』を、相手に出来たのは初めてだ。」
スッと忍び寄る死の気配。
ゆっくり、静かに。
確実に。
「―――死ね!」
矢が、飛んでくる。
それも、殺気の量から一本だけじゃない。
多数の矢が、雨のように境を射ぬこうと。
これは、もう誰から見ても、勝敗はついていた。
そう。もうあの時から勝敗はついていた。
矢が境に届く、一瞬前。
境は、ニヤリと笑いをこぼした。
まるで、待っていた。と、いうかのように。
――『レイト・クローネ』認証。ナビを開始――
「キョウ君! 矢が、後方15センチ。角度60っ! 同じく3本っ」
その誰かの声と共に、境が動く。
クルッ、と。後ろに振り返り
いや、空ではない。
見えないが。そこに、矢の細い棒の感覚があった。
「おっせーよ。マフ」
そう言って、境が少し遠くに現れた真歩に笑顔を浮かべる。
真歩は、その右手に地図を展開させていた。
「もう。わかりずらいんだよ! もっと、わかりやすくしてよ! 『引き渡してこい』の、『こい』が『来い』っていう意味なんてわからないじゃないかっ」
「ん~。そうか? でも、わかったから良いってことにしとけ」
プリプリと怒る真歩に、境がドウドウと落ち着かせようとする。
「それに、今はそんな暇ないようだぜ」
そう言い、元の方角へ体を向ける。
すると。
「……な、なぜわかったのだ……。まぐれなの、か……?」
驚きを隠せない声だけが、聞こえる。
敵は、
それに、境はもう一回意地の悪い笑みを浮かべる。
「まぁ、ネタバレをすると、マフ……あいつは、人の居場所がわかるんだ。真名が必要という条件付きでな」
「まさか、さっきので……!?」
「ああ。んまぁ、危なかったな」
ポリポリと頭を掻く、境。
それから。
「そんじゃぁ、反撃開始とするか。……ついでに、俺らにしたことのお返しは高くつくぜ?」
そう言って、腕を引き絞り、足を踏ん張る。
もう、見えないが、わかる敵へギッと睨みをつけ……。
「マフ」
「ああ。わかってるよ。……前方へ約12メートル。少し、10センチ左にいるよ」
「おうよ」
その瞬間。境がその場から消える。
残像すらも置いていく速さは、怪我をした状態とは、とても考えられない。
ありえない。
その速度に敵はついていけない。
ハッとして、弓をひく。
「おせぇ!」
しかし。その前に境が間合いを詰め終わった。
「おおおおおおおぉぉぉおぉっ!」
「――――!?」
ドッ、と。
黒い服を纏った敵の腹に。今度はちゃんと。
強く、深く腕がめり込まれていた。
つぅ……と、敵の口から血が一滴流れ出る。
「……ああ。まさか、見破られるとは……」
敵は、赤く染まった口を動かして、賞賛の言葉を紡ぐ。
「見事だ。私たち
「……」
「一つ、勝者に教えよう。貴様は、『転職』を知っているんだよな?」
「……ああ」
境の返事に、カラスは立ったまま小さく
そして、段々虚ろになっていく視線を。小さくなっていく呼吸を最後の力を振り絞るように動かしながら。
境にそれを告げる。
「『転職』は、『伝説』では……ない」
「ッ!? な――」
「あるんだ。それは存在する」
「どういう事だ! あれは、誰もみていないし、存在なんか……ッ!?」
「…………」
しかし、もうカラスは答えない。
これ以上は教えられないという事なのだろうか。
それを感じ取った境は、気を落ち着かせるために深呼吸を一回だけして。
カラスの顔を真っ直ぐに見つめた。
「……もう一回聞く。お前らのそこまでしたかった目的は、何だったんだ」
「………………強き者を仕留めること、だ。私たちは、闇に、生きるもの。任務が、全て。その任務が、
そう呟いたかと思うと、敵のからだがグラリと揺れ、ドシャ……と音をたてて地面に倒れた。
「…………」
それを、境は、複雑な顔で見つめた。
見つめていると、横から「キョウ君!!」と、自分の名前が呼ばれる。
振り向くと。
「マフ……」
そこには、手を胸に当てて、泣きそうで。
でもどこか嬉しそうな真歩の姿があった。
そんな真歩へと、境はニッと、笑い返す。
「勝ったぜ」
そうだ。あの圧倒的不利な状況のなか、自分は勝ったのだ。
勝利だ。
この勝利をくれたのは、瞬と真歩がいてくれたからだ。
瞬がいなければ、あのとき最大の敵にも合わず脱落してただろう。救世主だ。
真歩がいなかったら、自分は今ごろ冷たくなって倒れてしまったかもしれない。恩人だ。
なぜかやけにくらくらする頭を押さえながら、境は笑う。
「ありがとうな……。マフが、いてくれ、て……ほん……とに……」
「え、えっ!? キョ、キョウ君……!?」
そのまま。
境は、意識を飛ばして冷たい道に崩れ落ちた。
―――光が。
真っ白な光が、辺りに拡がっている。
沢山の、大きな光なのに。
どこか、懐かしいような。
優しいような、なんだかそんな気がする。
よく、わからない。
……あれ?
どこかから、どこかから。
歌が、聴こえる。
でも、なんだろう。わからない。
ああ。
ここも、崩れていく。
砂になって、いく。
手の、指と指の隙間からゆっくり、ゆっくり。
やめてくれ。
消えないでくれ。
そう、必死に叫ぶ。
すると、その光が集まって――――
プツンッ、と。
そこで、境の意識が途絶えた。
現在、合格者 一人。
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