第11話 キズつき キヅき キズきあげ

 ズルズル……


 誰もいない、人影すらない住宅街の裏道から何かを引きずり歩く音がする。太陽の光が届かなく、薄暗い狭い裏道。


 ズルズル……


 どうやら、歩いているのは真歩のようだ。

 小さく小柄な体はすでに傷だらけ。ふんわりとした髪には大きなリボンがついているが、今は心なしか萎れていて、しょんぼりとした子犬を連想させる。彼女の真っ白い制服には、今。紅で染まっていた。


 (……でも、それは、ボクの血ないんだ)


「…………シュン君……」


 そう名前を呼び肩に視線を落とす。

 そこには、固く目が閉じられた瞬が背おわれていた。生気を失い、青白い顔。もう死んでいるのではないかと背にぞくりとさせるものを感じさせるが。瞬の口から洩れる浅い吐息が生きていることを伝えていた。

 お腹から温かい命が今も、この瞬間すらも少しずつ流れ出ている。

 少しずつ、少しずつ溢れ落ちる生命の輝きを助けるために、今、真歩は歩いているのだ。


「いよっと……」


 そう言いながら、真歩は瞬を支え直す。しかし、身長差からかどうしても瞬の足首を引きずる形になってしまう。

 さっきから、音がするのはこのせいだ。

 それに、少しだけ眉を下げてから。



「……大丈夫。必ず助けるから」



 ……と。呟く。聞こえないとわかっているのに呟く。それは瞬に顔をかけると同時に、自分にも元気を入れなおすように。

 そして、またズルズル、と。歩き始める。

 宛もなく、大人を求めて歩いているわけではなかった。

 本部だ。この『職戦重要ランク分け試験』の事前から、何かトラブルがあった時用の臨時本部が各地にあったはずだ。

 だから、そこに瞬を引き渡すのが今の目標だ。


 そう考えながら、手に浮かんだ長方形の地図を見つめる。

 淡い光を放つそれは真歩の【地図展開】だ。


「……あと、3分くらい……かな……」


 額に浮かんだ汗を拭う暇もなく、歩き続ける。

 薄暗い裏道が見えてきた。その時。



 ――――ガキィィィンッ



 突然少し離れた場所から、鋭い音が鳴り響いた。


「!!」


 カァンッ。カキンッ。ドォオンッ。


 金属が弾かれる音。何かがぶつかり合いまた弾く音。そして、何かが、落ちる音。

 それを聞いた真歩は、小さな肩をびくりと跳ね上がらせる。

 真っ青になった顔を、今も音がする方へ。今、歩いてきた方へ、ゆっくり向けた。



「ついに、始まっちゃったんだ。戦いが……!」



 連打のような戦闘音が更に大きく、速度をあげ始める。

 向こうから、もうもうと砂煙が舞い始めた。


 それが真歩の空色の目に映る。


 目に写っている景色が、不意に潤み、そしてまた溢れ出そうになる。


「…………ッ」


 それを手の甲でゴシゴシと強引にこすり、こすり。やがて動かす手が止まった。


 そして、両手を振り上げ……自分の頬をペシンと叩いた。


 そして。


「……ったく~。ほぉんと、昔からキョウ君は喧嘩ばかりすんだからぁ~!」


 やけに明るく大きめの声で誰も聞いてない裏道に声を響かせる。まるで、不安を強引に取り払おうとするように、明るく弾んだ声で続けていく。


「いっつも、先ばかり前ばかり見てそのあとのこと考えないんだから! そのあとにさ、キョウ君がキズだらけになって、ボクが注意すると、いつも必死に、謝って……謝っ、て……き……、て……っう」


 だんだん響く声が小さくなる。だんだん響く声に涙が混ざる。


「今回、だって……。また、ちゃんと、、謝って、くれるよね……?」


 砂利道に、温かい涙がポタポタと模様をつくる。


 それにハッとして、強引に笑顔をつくる。

 しかし、頬がひきつり上手く笑顔をつくれない。笑えなかった。



 ただ、頬に伝う涙だけが答えだった。



「さっきだって、ボクを逃がすために……。ボクは、役立たずだ。いつもいつも……ッ」


 顔にスッと影が入る。頭がズキズキしてきて、手で抱えてしゃがみこんでしまいたくなる。

 逃げ出したい。こんな無情な世界から。

 なによりも、なにも力を持たない自分から逃げ出したかった。

 でも。



 けれども、けれども、今は――



 遠くから、ひとしきり大きい音が聞こえた。重い音。

 何かが。

 誰かが。

 境が戦っている音。

 一人じゃない。一人じゃないんだ。


「……自分の出来ることを精一杯やんなきゃ」



 強く唇を噛む。


 悲しみでとまろうとしていた細い足にムチを打ち、また進み出す。


 苦しさで押し潰されそうな心を立て直す。


 ゆっくり、ゆっくり、しかし、確実に。


「そうさ。キョウ君の、シュン君を、本部に………………え?」


 不意に目が、真ん丸に見開かれる。何かに突っかかりを覚える。


 (そう言えば)と、真歩は突っ立ったまま考える。


 (キョウ君は、何て言ったんだっけ。そう。本部に引き渡せと言ったんだ)


 いや違う。



 



 (キョウ君は。キョウ君は。……ボクに、言ったんだ)



「………………あッ」



 そして。


 ひっそりとした住宅街の裏道から、小さな二人分の人影が飛び出していった。一人はぐったりと寄りかかって。もう一人は、勢いよく元気に走りながら。


 暗い道から、太陽の光が届く明るい道へ。


 その女の子は。

 何故か、顔に―――



 強引ではなく、いつもの自然な満面の笑顔を浮かばせて。



現在、合格者0人。

ただし、ラストステージに挑んでいる挑戦者一人。










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