第6話 試験開始
「―――とりあえず、速くつきゃあ良いんだ」
境は、住宅街を全力で疾走していた。あっという間に風景が流れていく。
手足を最大限に動かし境は道を突っ切っていく。少しずつ息が上がり始め、頬も紅潮してきた。
「そんにしても、道に、人が、居ないところが、良いよな。さっすが、名門学園」
なんと、境たちの通う咲宮学園は、試験会場となるこの地域に一時的に一般人の外出を禁止させたのだ。
そんな事をしても、一般人のクレームが来ないのは、一ヶ月前くらいからの呼び掛けと。後は、
(まぁ……その……け、経済力と言うもので押しきっているのだろうな。うん。いや、金も力っていうし……な?)
しかし、そんな腹黒さがかいま見える禁止令のおかげで、道には人影すら見えない。だがやはり、鳥や野良猫はいつも通りなので、そこだけを気をつけなくては。
境は表通りを突っ切り、家のへいや屋根をも利用して最短距離を維持し、かつ物凄いスピードで駆け抜ける。
あとは、教会につくだけだ。
しかし、十字路を通ったところで。
自分は重要なところを見逃している事に気がついた。
……いや、気がついてしまった。
(そういえば、教会って――――ドコ?)と。
「―――ッ!?」
境は走る足を休めることなく考えをフルにめぐらせる。
しかし、記憶にある『内容が書かれた紙』にも、『マイちゃん先生の説明』にもヒントすらなかったはずだ。
(――――と、なると教会にたどり着くにも【職業】の力は必須て事か。うぅん。ちょいマジいな)
自分の
そうすると、やはり大きなリボンが特徴的な人物が思い浮かぶ。その人物は―――
「……【地図展開】。真歩か」
さっききた道を振り向いてみる。いない。
と、いうか人の姿すら感じない。
「…………」
それは、境が最初に動き出したせいでもあるが、一番の理由は境が速すぎるからだ。境はクラスで
そんなことが毎日のようにあったため、ほぼ強制的に強化された境の足の速さは、長所として
しかし、今はそれが
「クソ……。はやまったか……」
境は小さく舌打ちをして前を見直す。少し落ちていた速度をあげ直し。
そして、目の前の十字路を右に曲がろうとした。
その時。
境の右から人影がいきなり飛び出した。
「――――うおぁ!?」
「ひゃえッ!?」
境は止まろうと足にブレーキを慌てて駆ける。しかし、運動した物体はすぐには止まれない。この場面でも例外などなかった。
そして、もちろん車のようなスピードの境は、すぐに止まれるはずもなく――――
―――ドタンッ と、派手な音を出してぶつかってしまった。
境も、そのぶつかった人も、弾かれて勢いよくコンクリートにしりもちを衝く。
「うぁ……いてぇぇ……」
そう言いながら、涙目の境は赤くなった額をさする。頭からぶつかったらしく。軽いめまいを感じながら、同じように涙目で頭を押さえて
ぶつかった
同じ制服を着ている。
碧がかかった髪に紺色の大きな瞳で。ドコかで見たことがあった顔。……。
境は「あっ」と、声をあげる。
「お前、さっきの!」
「ふぇ……? あ! き、き君はっ、た、助けてくれた……!!」
二人でお互いを指を指しあい。そこで、あることを思い出す。
「……(そう言えば俺、こいつに『嫌い』って言っちゃったな)」
「……(そう言えば僕、思いっきり『嫌い』って言われちゃったな)」
「「………………」」
そしてたっぷり数秒間。気まずい沈黙が流れたのであった。
― ― ― ― ― ―
「……へぇ。
ひとしきり固まった後。境は、言葉を詰まらせながら、手短かに自己紹介的なものを済ませる。それから、気まずさからか瞬に目を合わせないまま口を開いた。
「それと。……んと、悪かったな。ぶつかってしまって」
「え? ぁ、ああっ。こっちこそ……。ぼ、僕が飛び出しちゃったから……」
どこか自信なさげに、モニョモニョ話す
そして、パンパンとスラックスについた砂を払い落とした。
「…………ん?」
その時、ふと境は少年にある疑問が浮かんだ。
境は
「シュン……お前……見かけによらず、足が速いんだな?」
そうだ。そうなのだ。境は自分でも足の速さは、けして遅くはないと思っていた。現に、境より速い者など見たこともない。
そんな速さでここまで最短距離で来たのだ。
なのに、目の前にいる
それに、自分は結構なスピードでここに突っ込んだはずだ。運動の足りていない物体は、衝撃に負けて弾き飛ばされるはず。
本当なら、自分が瞬を引き飛ばしてしまうのが道理。
けれども、瞬は引き飛ばされなかった。
更に。むしろ。自分も弾かれた。
つまり―――
「――――俺と同じ速さ……」
境は自分が言ったのに『未だに信じられん』とでも言うように目をまるくしている。瞬は、その好奇心でキラキラ光る視線を受けて、恥ずかしそうにうつむいて目を泳がせた。
「ぇあっと。そ、そんなことは……っ。だって、スタート地点も違うし……。それに下り坂ばっかでさ」
「…………」
その言い訳じみた言葉を受けた境は腕を組んで考えてみる。
確かに瞬とは教室が違うのでスタート地点も違う。しかし、各スタート地点ごとの間の距離は結構離れていたはず。
結論。やはり遠い距離を走ってきた。
次に、瞬が飛び出して来た道を見てみる。
結果。下り坂どころか上り坂。
最後に、目の前の 瞬 に視線を戻してみる。
結果。ヒョロヒョロのもやし。
「考えられるのは、やはり、もやシ―――シュンの【
「ねえ! 今、もやしって言おうとしたよねぇ!? ………………そ、それに、僕、【
最後は、消えそうな声でポツリと言う瞬。
あらかさまにションボリうなだれる瞬を見ながら、境は「【
いつもなら、もっと考えるかも知れない。
しかし、今は――『試験』中だ。
「――と、今はこんなことしてる場合じゃねぇッ!」
そう言って、考えをすぐさま断ち切りる。瞬に、残された瞬に「そんじゃっ」と言い残し、
「
そうこぼした声が聞こえてしまった。目の前の人の助けを求めるような。捨て犬のような。
声音が「いかないで。一人にしないで」と不安で震えていた。
境はその声を聴いて、踏み出そうとしていた足が止まりそうになる。
けれども。
瞬が来てしまえば教会に速くたどり着くのは難しくなる。少し速いだけでそれ以外の身体能力では境の足を確実に引っ張ることだろう。
(そんなの
だから。だから、境は言う。
投げるように、ぼそりと。
「………何してんだよ。さっさとついてこいよ」
そう考えても、結局、見捨てることが出来なかった。何してんだと自分を呆れて、額に手の平をあてた。
境はその場で足を止めて、相手に背を向けたまま小さく言った。
その独り言のように呟いた言葉。
小さい、小さい声が。届く。
「―――――っ!!」
境の後ろから息を飲む音が聞こえる。
少し間を空けて、それからパタパタと足音が近づいてくる。
追いついた瞬は、ジト目の境の前に来て。先程の顔からは考えられない、幸せそうな顔で言うのだ。
「ありがとう。頑張るから。よろしくねっ。
その顔を見て、境は。
何してんだかと、呆れたように自分にもう一回思う。
しかし、その顔には。
ほんの少しだけ満足そうな笑顔が浮かんでいた。
そして、二人は町を駆け出すのであった。
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