第1話 とにかく盛り上がる職員室

 盛り上がっていた。

 とにかく、盛り上がっていた。


 ここは、境たちのかよう咲宮学園。

 そこの二階にある職員室から、熱気が溢れ返っていた。


「うぉおおおおおおおおッ! ついにキタァアアアアアアッ!? この季節ぅ!」

「「「シャァアアアアアアア!!」」」


 一人は机の上でマイケルになり。


「来たわ来たわ来たわ! 私の時代ぃいいいいッ!! オラ、ワクワクすッぞ!」


 もう一人は物静かな女教師だったのに、髪を振り上げて、両手を前に突きだし「ァアアア!」とか叫んでるし。


「うぉおおおおおりゃあああああッ! 待ってましたぁあああ! いくぞ野郎共ぉ」

「「「おぉおおおッ!!」」」


 また一人は、麦わら帽子をかぶり手を頭上へ振り上げ……それにつられるようにして、マッキー油性ペンでバツを描いた腕を振り上げ、これから海に出ようとする教師たち。


 もうそこは、教師としての知性ちせいの『ち』の字も感じられぬ目も当てられぬ惨状に。


 そこには、やはり、あのドギツ過ぎる教師の姿も。

 遠くからでも映える紫の髪。

 筋肉のおうとつが凄まじい体に纏うのは、蛍光色のピンクに染め上げられた女性用スーツ。

 彼女――マイちゃん先生は、あれでも男だ。


 心配なので、もう一度言おう。

 彼女は、あれでも一応男だ。


 そんな彼女は、只今ただいま――


「ぅおぉぉおおおぉおおおーーッッ!!」


 ――猛獣のように吠え狂えっていた。

 両手を振り上げ、天井てんじょうに向かって吠える吠える。


「オラぁああああああッ! いっくわよぉおおおおおッ!?」


 獣のように吠える。

 他の教師と同じように、感情を全身で全力で表現している。


「――おおぉぉぉぉ……。……あ」


 そんなマイちゃん先生は、何を思ったのか、スカートをぬるりと少しめくって見せた。

 その化粧厚めの顔を、男性教師に色っぽく向ける。


「ああん。もう暑いわぁ……。脱いじゃおうかしら?」

「「「お止めください」」」


 瞬間的に顔色を青くさせた教師たちが、マイちゃん先生を止めにかかる。

 止められたマイちゃん先生は、「もう、照れ屋さん☆」とウインクを決めて、さらに男性教師が震えだす。


 そんなブルブルと震動している教師たちを流し見ながら、あるものに目を止めたマイちゃん先生は。


「あらぁ?」


 と、不意に疑問の声を漏らした。


 その視線の先にあるものは、壁ぎわに置いてある、ただの大きめな段ボール箱。多分、教材などを運んで来た箱だと思うのだが……。


「あんなところに置いてなかったわよねぇ……?」


 マイちゃん先生は、首をかしげた。


 それを見た他の教師たちも、その段ボール箱に視線を移していく。


「えー? そうだっけ? 覚えてないなぁ」

「えぇ? でも、確かにあそこには無かったような……」

「テレレレン。ボクも、覚えてないよぉ」

「やめなさい、あの国民的キャラの青いタヌキの真似をするのは。似てないわよ」

「ニヒヒヒヒ! しらねぇなあ! そんな俺は教師王になるッ!」

「いつまで麦わら帽子かぶってんのよ。部屋くらいとりなさいよ。あと、教師王になるのはこの私よ!」


 麦わら帽子をかぶっている教師に、ガォっとつかみかかろうとするマイちゃん先生。

 そんなマイちゃん先生は、掴むさいにもう一度ちらりと段ボール箱を見たのだが。


「…………まぁ、いいわ」


 諦めたように目をそらした。



 そして。


 一人になった段ボール箱は――震えていた。


 ガクガクガクガク、と。そこだけ地震が起きているかのように小刻みに震えている。


 いや、もっと詳しく言えば。



 ――その段ボールの男子生徒が、震えていた。



 寝癖のついた黒髪に、この咲宮学園の制服を身にまとい。彼――如月きさらぎ きょうは、細身の体を体育座りで段ボール箱の中に収まっていたのだ。


「……なんで」


 ポツリ、と。小さな声を溢す境。

 その声は少し震えていて。上を見上げた境の瞳には、うっすらと涙が浮かんでいる。


「なんでこんな事に……?」


 しかし、その言葉は自分自身への問いであり。もちろん返される言葉はない。


 段ボール箱の中という奇妙なところに身を隠す境は、段ボールの持ち手の隙間すきまから教師の様子を見ながら、少し前のことを思い返していった……。




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