第3章 霧散する存在を放さずに

プロローグ 霧散する幕開け

「やめろ! いくな!」


 ――彼女の姿が。

 空気に存在を混じり合わせられていく真歩が、視界に入る。


 頭が真っ白になって。

 気づいたらそう叫んで、真歩に向かって駆ける。

 同じように消えていく生徒たちの叫び声や、それをの当たりにした人々の動揺した声を掻き分けながら、まっすぐ駆ける。駆ける。


「何で。何で何で何で……ッ!?」


 もう、それしか口に出来ない。


 何で、こんなことになってしまったんだ。

 どうして。どうして。どうして。

 俺が、もっと先に気づいていれば……ッ!?


 駆ける間にも、真歩の体はさらさらと透明になっていく。まるで、海の砂浜にかいた文字が風にさらわれていくように。

 無慈悲に、無慈悲に消えていく。


 走り寄ってくるのを、じっと見ていた真歩は、不意に微笑ほほえんだ。


「ゴメンね。キョウ君。ボクはもうダメみたいだよ」


 そう言って。悲しそうに、寂しそうに笑った。

 その空色の瞳の端から、大粒の涙が光り――ポロポロと溢れて流れていく。


「本当は、本当はさ。もっと君と居たかったよ。まだ、君に言えてないことだって。伝えてないことだってあ、るの……に……ッ」


 真歩は、それ以上声にならなかったようで、うつむいた。もう、手足の形が空へ還っていっている。


「~~ッ!」


 そんなこと。言うなよ。

 本当にお別れみたいじゃないか。

 お別れ。

 約束したのに。約束、したのに。



 ――もう、一生会えないのかよ?



「……キョウ君、今までありがとう」


 顔をうつむかせながら、薄くなっていく真歩は震える声で境に告げる。


 境は、それを聞きながらとにかく走る。

 あと、もう少しで、真歩にたどり着ける。


 あと、三メートル。


「いろいろさ。楽しかったよ。後悔なんてもうしないさ」


 あと、二メートル。


「いろんな事、あったよね。テロにあったり、貴族と戦ったり。絶対忘れないよ」


 あと、一メートル。


 境は、手を目一杯めいっぱい伸ばす。

 届かなくては。届くんだ。届けよ!


「最期に、一つだけ良いよね?」


 真歩が、不意に顔を上げた。

 涙で濡れた顔には、輝かしい幸せそうな笑みが。


 ――そして、あと、ゼロメートル。


 境のその伸ばした手を、柔らかに繋ごうとするように。真歩も手をゆっくり差し伸べた。

 それから、言うのだ。



「――キョウ君、大好きだよ」



 境の指先が、真歩の指先に触れあう。その半瞬前に。


 ――――パァン……


 真歩は。

 境の目の前で光の粒子になって、消えた。


「――――」


 光が、まだゆい光が。


「ぁ……」


 境の視界を埋めつくし。そして、はかなく消える。


「ま……ふ……?」


 風が。全てを、光をかさらって。


「い、くな……マフ……ッ」


 その場で、真歩という存在が。

 ――消えた。


「マフゥウウウウウウウッ!!」


 天に向かって吠える。

 いつも支えてきてくれた大切な人に。


 もう、届かない誰かに。




――その光景みらいを見て、真っ黒な女は、愉しそうに闇夜に微笑んだ。


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