第23話 シンキングタイムで

 ――ブゥン


 そんな電子音と、共に瞬が目を開ける。

 まぶゆい光の欠片に顔をしかめながら、はっきりと見えてくる景色に目をらす。


「へぇ……」


 そこは。

 思わず感嘆かんたんのため息が出るようなきらびやかな部屋だった。

 見上げるような高い天井てんじょうには、透明の宝石が反射するシャンデリアが。

 壁を流し見ると、汚れを知らないような壁に絵が立派な額縁がくぶちに掛けてある。

 そして目の前には、二階へと続く赤い絨毯じゅうたんの敷かれた、幅の広い階段が。

 どこを見ても、この世とは思えない城のような家だった。


「ほー、凄いなぁ。あのルナは、こんなところに住んでたんだね。貴族みたいだよ」

「貴族みたい、じゃなくて。本当の貴族なんだけど」


 感心する瞬の言葉に、真歩はジト目で返してきた。


 と、そんな時だ。


「な、なんだ今の光は」

「誰か居るのか、そこにっ!?」


 動揺に狼狽うろたえる声と共に、黒い燕尾服を着た執事しつじらしき集団が横の部屋から現れた。

 その執事たちは、瞬たちの姿を見るなり驚愕きょうがくの表情を浮かべて固まる。


「な、なんなのですか、貴方たちは……!! どうやってこの家に……、この家の周りには護兵を見張らせたはずだが……っ!?」


「ふふふ……。甘いのよ。そんなのお見通しよ?」


 目を剥く執事たちに、真歩が悪戯いたずらっぽく笑う。


 その真歩の言葉に、執事たちはまたもや驚いたようだが、すぐに目を鋭く細めた。冷静にクイッと、メガネの縁を片手で位置を上げながら、冷徹の視線で二人を射抜く。


「ふう……。どうやら招かざる客を入れてしまったようです。―――しっかりと、私たちが『おもてなし』をいたしましょう」


 そう言って、ポケットから細いペンをおもむろに抜き出す。


「「……?」」


 なんだろう、あのペンは。

 どうみても、黒塗りの万年筆のようにしか見えないが。


 そう不思議そうに瞬たちが見る中、執事がくるりと、ペンを一回転させた。ペンは、執事の手の中で綺麗に回り。


 ――シュウン


 そして、一本の細剣レイピアえた。


「「はッ!?」」


 今度は、瞬たちが驚く番だった。

 最初は、相手の【職業ジョブ】だと高をくくっていたが。なんと、その後ろにいた執事も、その横や更に後ろにいた執事も、その集団全員が同じように細剣を出現させたのだった。


「そのペン事態に【職業】がかかっていたのか……」


 おそらくは。

『ペンを剣に換える』というたぐいの【職業】を誰かが持っていたのだろう。


 その細剣を丸腰の瞬と真歩に、チャキリと構える。

 そして構えたまま、前方から、背後から、視界の端へと、瞬たちを取り囲んでいく。最早もはや、瞬たちの逃げ場は断たれた。


 一見、武とはほど遠いように見える執事だが。その無駄の少ない動きからしてそれなりにみがいているようだ。


「まぁ、あくまでもだけど」


 そう瞬が相手を見据えながら呟く。その瞬間。


「いいいぃぃやぁああああああっ!!」


 執事たちが声を吠え散らしながら、その細剣を振りかざし、走り向かって来る。瞬たちの体を切り分けようと。突き抜けようと。潰そうと。剣に、眼中に殺気をみなぎらせて迫って来る。


「やぁあああああああああッ!!」


 左右前後に全方向から、執事たちの鋭い無数の閃光。それが、境の目に映り込む。

 ――が。


「よっ、と」


 真正面から突こうとしてくる細剣の腹を手の甲で軽く弾き軌道をそらす。

 横からの鋭い一閃いっせんは、軽く背中を反らし、空振りに終わらせる。

 空振りに終わってしまった執事は、バランスを失い片足が浮いたので、その片足をサッと払い、後ろから来ていた別の執事にぶつからせた。


「「「な…………」」」


 その隙のなく無駄の無さすぎる身のこなしに、執事たちは目を見開く。

 そして、その驚く執事の横から、仲間の執事が来た。


「もうちょっと骨のある相手じゃなきゃねぇ? すぐ、飽きちゃうわよ」


 横を見やれば。

 そこには、無傷で笑顔を柔らかく浮かべる真歩の姿が。

 その真歩の床には、ゴミのように倒れ伏した執事の無惨むざんな姿が散らばっていた。


「「「ひ、ひぃいいいいっ!?」」」


 執事たちは、やっと自分たちが手を出してしまってはいけない相手だとわかったらしい。

 顔を青くして。細剣を放り投げ、蜘蛛くもの子を散らすように背を向けて逃げて行き始める。

 だが――


「おおっと、まだ逃げないでよ。おもてなししてもらってないよ?」


 その先に素早く移動した瞬が腕を組んで待ち構えていた。

 さっきまで後ろなんかに居なかったはずなのに……。

 まるで、亡霊にでもあったかのように、執事たちはペタンと腰を抜かし、歯をガタガタと震わせた。

 その様子に、瞬が苦笑する。


「大丈夫だよ。命なんか取らないよ。けれど、あと一つだけ聞いても良いかな?」


 その問いに、執事たちは涙目でブンブン顔を縦に振る。


「じゃあ、サンライズ家の当主はど――」


 どこにいる? その言葉は最後まではっしられなかった。


 真歩が不信に思った、その時。


「――くッ!?」


 突如、何かに気がついた瞬が、後ろに地を蹴る。

 その半瞬後、瞬が居た場所に火が着火した。

 咄嗟とっさに飛び下がった瞬の見開かれた瞳に赤く燃える火が映る。

 そして、その瞬間に映り混んだのは、自分に向かってくる火の弾。稲妻のようにとてつもない速さで貫こうとしてくる。


「うッ!? やばッ!?」


 瞬が紙一重かみひとえに空中で身をよじり着弾をまぬがれる。

 背中をかすめていった火弾は、そのまま大理石だいりせきの床を意図いと容易たやすく突き抜けて、火の海を造り出す。回りの酸素を吸収し、爆発的に熱気を吐き散らすそれは、まぎれもなく真の炎だった。


 瞬は身をひるがえして地にちゃくを決める。

 そのまま攻撃を仕掛けてきた方向――階段の最上に立つ敵をにらみあげた。

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