第6話 形勢逆転

「ウソ……だろ……?」


そんな悲痛な声が森に響く。

境は手を地面につき、うめいていた。


「そんな……そんなはずじゃ……⁉」


境がどこか怯えたような目で、前方を見る。



「なんで……んだよぉおおーー⁉」



境の視線のそこには、バラバラに千切られ綿がいたるところからはみ出した、クマの人形が捨て落ちていた。


クマに対峙した境は、先手必勝せんてひっしょうと跳びかかった。微動だにしないクマ。最初こそは、何かの罠かと警戒していたが……。避けることもなく、もろに攻撃を受け続けるクマを見つめて。


(…………こいつ、弱すぎるんじゃね?)


そう結論づけて、一方的に。ただただ一方的に。可哀そうなほど一方的に殴ったり蹴ったりした結果が、今の状況になっている。


もちろん。境の身体能力が並外れているのもあるだろうが。

それ以前に。まずナメクジのように遅い。そして、攻撃を受けてみても、ただモフっとした柔らかな感触があるだけでダメージ0。むしろ、回復してしまいそうだ。


「見た目は凄いラスボス感あったんだけどなぁ。てか、その召喚させた大剣つかえよ。なんのためだよ、飾りかよ……。……。ちょっとやりすぎたか? いや、なんか、ほぼ無抵抗の人形を殴りつけてるって良心が痛むんだが」

「ク、クゥ……マァ……」

「お? まだ生きてたか。大丈夫か? いや、もう千切れてるから大丈夫じゃねぇよな。すまん」

「ま、だ……。終わっ、て……!」

「え? まだやんの? や、やめろよ。ほら、もう勝負ついてるし。た、立ち上がんなって! もう十分だろ⁉ ボロボロじゃねぇか! 諦めろよ、終わりなんだよ! 終わったんだ!」

「まだ……まだ、終わってなんか、ない! 諦め、ない。みんなの、思いがある限り。戦い続けるんだぁあああああーー!!」

「主人公⁉ お前、なんかの主人公だったの⁉ 俺、メッチャ悪役じゃねぇかよ! やめろよ! 来るなよ!」


もうどちらが悪で、どちらが正なのかすらわからない状態になってきた。

ギャーギャーと、揉めているうちに。

境は、クマの言った言葉に違和感を持った。


? さっき、お前、『みんなの、思いがある限り』って言ったか? ボッチじゃなかったのか? みんなって、他にだれかいんのかよ?」


その質問を投げかけられたクマは、ゆっくりと目を閉じた。どこか寂しそうに。遠い大切な人を思い浮かべるように。暖かい表情で。

そして、おもむろに左手を、右手を胸のあたりにあてる。



「みんなは、ここに。心の中にいるんだよ」



「………………そ、そっか。なんかゴメンな。うん」


なんてリアクションをしたらいいのかわからなくて、冷や汗をかきながら適当にうなづく境。

そんな境に、気にすることもなく。クマの人形は、ゆっくり満足そうに頷いた。


「みんな、いるんだよ。でもね、会えない。生きてると。存在してると会えない」

「…………え?」


優しそうな笑顔を浮かべたままのボロボロの人形。


「ああ、また、選んで、貰え、なかった。みんなに、会いに、行こうかな? そうだ、みんなに会おう。そうだね、それがいい」

「何を言って……。いや、また、アレだろ? そんな危険な雰囲気出しておいて、やっぱり弱いとかだろ? わかってんだからな?」


そんなことを言われてもなお。変わらない表情。変わらない笑顔。まるで、仮面が顔にぴったりと張り付いたのごとく、狂気に感じられる笑顔。


「……⁉ ……! ……⁉」

「会いに行くよ――」


――、そう呟いた。

もちろん、ここに居るのは境と、ボロボロの人形だけで、他には虫さえも居ない。だから、返事なんて、



「オ カ エ リ」



返事が、帰ってきた。

聴いたことのないような、ゾワリと耳に滑り込んでくるような声。

、答えた。


「な――ッ⁉」


境が、目を見開いて、その返事の発声源――目の前の人形を見つめた。そして、状況を把握した境が、ダンッと、地を蹴って後ろへと跳びざすった。


その瞬間。


「オカエリ」


「⁉」


また、別の声。

境が、身を固まらせる中。次の瞬間、爆発的に。



「オカエリ」「オカエ「オカエリ」リ」「オ「オカエリ」カエ「オカエリ」リ」「オカ「オカエリ」エリ」「オカエリ」「オカエリ「オカエリ」カエリ」「オ「オカエリ」カエリ」「オカ「オカエリ」「オ「オカエリ」オカエリ「オカエリ」リ」



音の大軍。


不気味で。ゾワリと鳥肌があわ立つような、不快で不可解な音、音、音。


それだけでも、まともな世界なら有り得ることのない事

境の頭を埋め尽くしていたのは別の事だった。


(なんで)


境は、緊張のあまりゴクリと喉を鳴らす。あまりにも現実離れしてい過ぎて頭が、考えが、思考が、追いつけない。追いつかない。



(なんで、全ての音が聴こえんだよ⁉)



そう。明らかに一人ではない音が、目の前のボロボロなクマの人形から聴こえるのだ。


境は、クマの人形を凝視しながら、凍り付いていた思考を必死に働かせる。


(そうだ。こいつは、『みんな』って言ったんだ。みんなが、って。普通は、それは無形な記憶の事をすが……)


境は、ゆっくりと静かに左足を下がらせる。


(ここはすでに、んだ!!)


そう考えにいたったとき。


クマの人形に変化が起きる。

ビッ、と。

何かが裂けるような音と共に。中から。何十の、何百の――


「――ッ! クソがッ!!」


境は全てを視界におさめる前に、素早く後ろへ体を回転させて、地を蹴り駆けだした。


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