第9話 遅刻

「……、…………」


 マイちゃん先生は見つめていた。ただただ見つめていた。

 そこには集まって並んでいる百人を超す大勢の生徒たち。

 ここは学園の体育館。最近の高校というものはエアコン完備。床暖完備の、とても快適になっている。しかし今は梅雨の時期で気温もあまり高くないため、それらの出番はまだのようだ。

 風が通りにくく地味に蒸し暑い空気が漂う中。生徒たちはそこに立っていた。誰もしゃべらない。微動だにしない。

 もう準備は整い、あとはマイちゃん先生の言葉を待つだけなのだが、彼女は黙ったまま見つめている。生徒たちを。

 さらに詳しく言えば、その生徒たちの後ろを。

 さらにさらに詳しく言えば、後ろからこそこそとしながら列に並ぼうとしている二つの人影を。真歩と境だ。


「……おーい、あなたたちぃ。ずいぶん遅かったわね。あなたたちは時間というものを知っているのかしらと心配になるわぁ?」


 ギクッとさせた二人が、マイちゃん先生へと目線を向ける。マイちゃん先生は相変わらず見つめていた。感情の見えない顔で。

 そんなマイちゃん先生に、真歩が苦笑いをしながら、


「あはは……。いやーマイちゃん先生、ボクたち時間のことすっかり忘れてさ。でも、次ってジョブ戦祭の説明とかでしょ? だからまぁいいか――」



「黙れ、このガキがッ!!」



 マイちゃん先生が怒鳴る。


「これはただのお遊びじゃねぇんだ! 下手すりゃ簡単に死ぬ。それなのに、時間すらも守れない奴らに参加する権利はない! こっちから願い下げだ! それでもただの遊びだとふざけると言うなら、わが校の恥だ退学しろッ! 探見真歩、サンライズ・ルナ、如月境!」

「……ッ!?」


 ザッと、出入り口の扉に腕を振るうマイちゃん先生。

 そのいつもの口調を薙ぎ払った言葉に。真歩は口を薄く開いたまま固まって、その気迫にさらされる。

 ほかの生徒たちと同じように並んでいたルナも、自分が遅れたことを知っていたことに驚いて唖然あぜんとして固まっているようだった。

 周りにいた生徒たちも、何も言わず口をきつく結んだまま固まっている真歩と、驚いたように目を見開いている境を振り返る。

 境は実際に、マイちゃん先生が自分こと以外でその言葉を使うのは見たことがなかった。それだけ今回の祭りは危険なものなのかと思考する。


「……」


 それから。すっと前に出た。


「……すまなかった。俺がマフとルナを引き留めて話してしまったから、今回は俺の責任だ。マフとルナは……二人は悪くない。巻き込まれただけなんだ」

「な……」

「キョウ……く……」


 淡々という境に、ルナと真歩が呻くように言う。その続きを言うなと目でせいしてからマイちゃん先生へと向き直る。

 マイちゃん先生はいつもとは考えられないような冷えた視線を境に投げる。


「じゃあ、お前が退学するか?」

「いや、退学はしない! ただの遊びだとは思わない! もう遅れたりはしないからジョブ戦祭に参加させてほしい!」


 胸に手をあてて、真剣な顔で宣言する。

 そんな境をマイちゃん先生は無言で見た後、


「……いいわ。許すわね。でも如月 境には後でみっちり説教するわ」


 まぁ、と。マイちゃん先生がぼそりと続けた。



「私のクラスが優勝するには、そこまでやってもらわなきゃね。……私のボーナスのために」



「……」

「……」

「「「………………え?」」」


 その言葉に。境や真歩だけではなく、今までどこかの軍のように直立していた生徒たちからも間抜けな声が漏らされた。

 その様子にハッとなったマイちゃん先生が慌てながら早口で言い訳じみたものを並べていく。


「も……もちろん私のクラス以外のあなたたちにもちゃんと説明するわよ? ただ、やっぱり私のクラスには優勝してほしいというかいやこれは愛ね私は自分のクラスの可愛い子猫ちゃんたちを愛しているのね」

「「「ちげぇよ! そこじゃねぇよ!」」」

「なんなんだよ、ボーナスって!?」


 生徒たちのブーイングを受けて、マイちゃん先生は「あら?」と本人曰いわく男子悩殺最高にかわいく首をかしげてみていた。もちろん、女装した男が上目遣いしてきても、それを受けた健全な生徒は顔を引きつらせるしかないのだが。


「いってなかったかしらぁ、これは教師たちのボーナスをかけた、ボーナスのための闘いだって。こんなの義務教育の一環でしょう? 私は小さいころから教えてもらってたわよ」

「「「んなわけねぇだろうが!? お前はどんな家で育ったんだよ!?」」」

「あらぁ? もしかして、このこと言わないほうがよかったかしらぁ? ……。んん……、よし、じつわね、この戦いには裏があるの。この戦いは、ただの一般人からみたら大きな祭りでしかないでしょう。でも違うの。これはそう、ある試験に挑むための勇者を探す意味もあるのよ」

「「「く……。嘘話だとわかってんのに、続きが気になってしまう……!」」」

「その試験は、大切な仲間と絆で結びあって進んでいくもの。もちろん過酷なものになるわね。それでも、一人じゃないことを胸に。知恵と、力と、友情と。そして残るは己の勇気のみ! それを信じれば道は開け……最後に待っている秘宝とは!」

「「「秘宝とは……⁉」」」

「私の水着姿の生写真」

「「「むしろゴミ!!」」」

「ひどい!?」


 およよよと泣き崩れるマイちゃん先生を尻目に、境は思わず「ハハハ……」と小さく苦笑を漏らした。

 すると、真歩がこちらをじっと見ているのに気づく。目が合った真歩は、迷ったように視線をずらして。それから、ツンとわき腹をつついてきた。


「あのさ、キョウ君」

「んー?」

「さっきは、ゴメン。ボク、何も言えなくてさ。……君一人だけに、背負わせちゃったよ……」


 それからもう一度、ゴメンと謝ってくる真歩。申し訳なさそうにちらちらと伺ってくる真歩に、境は別に気にしてないので「あーいいっていいって。ンなこと大丈夫だから」と手をひらひらしながら答える。それから、



「それに、俺らは仲間だろ?」



 少年という年相対の無垢な笑みを向ける。

 裏返しや、遠回りではなくまっすぐに。


「あ……」


 真歩は、目を細めて吐息のような声をもらす。すると、前からマイちゃん先生が「おーい」と腕をふって呼び掛けてくる。


「ほらーそこー、わかったらさっさと並ぶ! 待たすんじゃないわよぉ」

「だってさ、行こうぜ」


 親指をくいッと前へ指してみせると、真歩が境のことを真っすぐにみて力強く頷く。赤みの引いた、引き締まった真面目な顔。


「うん! 行こう!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

リアル世界のクロウサギ 仲乃 古奈 @5757

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ