第11話 我輩はニャン吉である。
「……君、キョウ君! お願いだから、起きてよぉ」
どっかから、鳴き声が聞こえた。心配するような、泣いている声。
だんだん、意識が戻っていく――
「マフ……?」
気が付くと、すぐ顔の前に真歩の顔があった。泣いている顔で、涙がぽろぽろと出ている。
「キョウ君!!」
どうやら、ここは元に居た教室で。その教室で自分は横になっているらしい。周りにも心配していたクラスメートたちが心配そうに見ていた。
からだをゆっくりと起こすと、頭がガンガンと頭痛がする。
そんな境を、真歩が愛おしそうに優しくなでてくる。
髪をなでられて少し目を細めた境は、真歩に聞いてみる。
「俺、何分ぶっ倒れていた?」
「3分」
「短っ! え、そんなんでマフはそんなに泣いてたのか⁉」
境のその言葉に、真歩はまた泣き出してしまう。
「……しょうがないじゃん。心配したんだよ? なにせ、箱に手を入れた瞬間に倒れちゃったんだから。心配、したんだよ……?」
「あー。そりゃ、悪かったな。あと、心配してくれてありがとな。ほら、泣くなって」
真歩の大粒の涙を、境がそっと拭う。
それを見た周りのクラスメートたちは、お互いに顔を見合わせ。それから。
「いやぁ、いきなり熱々ですねぇ」
「ひゅーひゅー」
「ご結婚はいつですかぁ? いつからそんな関係に⁉」
「は⁉ いや、まだ違うし! そうじゃないもん! まだただの幼馴染だし! ね、キョウ君!」
「え? ん、そうだな?」
なにをそんなに騒いでいるのだろうと思っていた境は、なぜか焦っている様子の真歩にいきなり話を振られて、曖昧に返事をする。
すると今度は真歩がちょっと怒ったように頬を膨らませた。
「もー。なんでそんなに冷静なのさ! もっと、こう、ドキドキしたりとかしたって……! なんかボクだけが、いつも、いつも……!」
「……? なんか、ごめんな?」
一応謝っとくと、さらに頬を膨らませる真歩。
風船みたいだぞ、とはさすがに言わずに。心の中で呟く境だった。
すると、握っていた手の中が。もぞりと動く。
それに気が付いた境が、手を開けると。
猫がいた。
黒い毛並みの猫で。
ぴょこんと出た三角の耳。
可愛らしい大きなアーモンド形の黄色い瞳。
あのことを知らなければ、ただただ可愛い人形。
その人形が、境だけに聞こえるような小さな声で、境に最初の一言。
「嫌がってんのに、勝手に出すんじゃねぇよ。この誘拐犯が」
とてつもなく毒舌を吐いた。
「え」
「え、じゃねぇよ。え、じゃ。聴こえてないのかよ。それとも言葉が理解できない猿だったのか?」
「…………」
「あ、ごめん。それはさすがに謝るわ。……猿に失礼だったからな」
「………………」
「え、キョウ君⁉ なんで無言で人形をゴミ箱に捨てようとするんだい⁉」
飛んできた真歩に止められ、少し頭が冷える。
(いや、さっきまではこんなに
「なにブツブツ言ってんだよ。陰キャも大概にしろよ。きもいぞ」
「ぶっ飛ばすッ!!」
この四階の窓から放り投げ――ようとしたが。その途中で、振り上げた手を止める。
相手は、小さな人形だ。
ここは、冷静な対応をしなければ。
そう思い、一度少し深呼吸をして。そしてちゃんと話すために向き合った。
「なぁ、おま――」
「二酸化炭素出すな、人間」
「――まず、表に出ようか」
そう言って、サッと席を立ち。そのまま廊下へ向かおうとする。
そんな境を見て、授業を再開しようとしていたマイちゃん先生が慌てて声をあげる。
「ちょ、
「……具合が悪いって事にしておいてくれ」
返事を待つことなく、
そして、なぜか校庭にて。
空は、どこまでも澄み渡り。雲一つない快晴だ。そのお陰なのか、いつもならまだ少し肌寒いかったはずの風が、春を送ってきてくれている。
地面に顔を出した草が、さやさやと小さく踊っていった。
そんな、校庭の
なぜかボロボロな二人の姿があった。
その
「…………俺ら、屋上へ向かったはずだよな? そして、屋上へ行ったはずだよな?」
すると、やはり境も空をぼー、と遠い目で見ながら。
「……そうだな」
と、気だるげに呟く。
「じゃあさ。どうしてさ……」
猫が、言葉に少し間を空けて。
「どうして屋上へついた瞬間。鳥の大群が押し寄せて来て、つつかれまくり。逃げ惑った先に壊れたフェンスがあって、屋上から落ちたんだろうね?」
「ぅぐ……。さっき言った通り
「お前の身体能力は、人間じゃないと思う」
そう
「お前。たしかあの
「ああ、そうだぜ」
ふうん、と。猫は相づちを打つ。
境はそれを横目に、じゃあさ、と逆に聞いてみる。
「お前の名前は? 教えてくれよ」
「一般的に
「いや、それは名前じゃなくね?」
境は苦笑いをしながら、もう一度名前を聞いた。
「お前の名前は?」
「……………………」
すぐに返事が返って来ると思ったが。
なぜかやけに間が空く。
「………………おい?」
すると。
「名前……か。いろいろ貰ったんだよな……オレの、名、前……」
猫は、そう危なげな声で呟いた。顔にスッと影がさす。どこか、虚ろになった目で。
だれも映すことをしない闇に染まった目で。
真っ暗な暗闇の中の、もう会うことのできない大切な人たちを思い出すように不安げに揺れる。
思い出そうとするように。
考えるように。
その時。
「んじゃあ、ニャン
その唐突に放たれた言葉に。
猫は驚いて、境の顔を見上げる。
「なんだ、そのふざけた単語は。……まさか、オレの名前とか言うなよ?」
「ああ、お前の名前だ、ニャン吉。だって、今は名前ないんだろ?」
今考えたんだ、と。さも当然と言うように、不敵な笑みを浮かべる境。
そんな境を大きな瞳に映したまま、動揺した
でも、確かにどこか期待した声音で。
「こんなに酷い名前は初めてだ。でも……。ニャン吉か。キョウに呼ばれると悪い気はしないかもな」
「なら、いいだろ? なぁ、ニャン吉」
不敵な笑みを崩さない境。
猫は、黙りこっくた。
その時。境は、その一瞬を見逃さなかった。
一瞬。
本当に一瞬だけ。
さっきまで強気だった目が、潤んだ。
箱の中で初めて出会った時のような。
悲しくって。弱くて。脆くて。儚げで。
その仮面の中の表情が。感情が。
―――見えた。ような気がした。
確認しようと思う前に。ニャン吉は、パッと顔をうつむけてしまう。
そして。
もう一度、顔をあげるときには。
どこかで見たような―――境と同じ不敵な笑みを浮かべる元のニャン吉に戻っていた。
「わかった。オレは、ニャン吉。オレの名前は、ニャン吉。……うん」
ニャン吉は、何回も自分の名前を確かめるように、口ずさむように呟く。
どうやら、悪くないようだ。
そして、ニヤリ、と。
意地悪っぽく笑うニャン吉は、境を見つめる。
「なぁ、キョウ」
「ん? んだ?」
嬉しそうに、笑うニャン吉。
そのニャン吉は、グッと小さな腕を突きだした。
「よろしくな。一応だけど、少し認めてやる」
それに、目を少し見開いた後。
境もその手にツン、と拳を当て合わせた。
暖かな柔らかい緑の風が、二人の間を抜けていく。
「ああ、よろしくな。ニャン吉」
そうして、境に。
また、新しい仲間が。
出来たのであっ―――
突然、ニャン吉が、目を大きくさせた。
そしてすぐに、
「なぁなぁ、キョウ」
「ん? んだ?」
ものすごく悪い顔で、ニャン吉。
「鳥の大群が戻ってきた」
「あ''っ!?」
ばっさばっさと、羽をはばかせる音が来る方向に振り向くと。
カラスのような鳥が飛んできて。
50羽以上の大群で。
更に、その先頭の鳥が「ニンゲン、クウ。ウマシ」など言ってて。
「だぁああああああっ!? 食えねーよっ!?」
「ふっ、頑張れ」
「なにお前、俺のポケットで休んでるのっ!? あーっ、もーっ、こーなったら……。おーい鳥どもーっ、この猫、旨いぞーっ!」
「なぁっ!?」
「ヨシ、ワカッタ。ドッチモ、クウ。ウマシ」
「「ちょっ、痛いっ! ニャアァアアァァアアアアアアアっっ!?」」
一時間目の学校の校庭に、絶叫が響き渡ったのであった。
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