第10話 測定不能のカラス
「シュンっ!?」
矢が突き刺さった腹を中心にして、
それを見て、冗談ではないと思った真歩が、顔を青くして駆け寄ってくる。
「ど、どどどどうしよう!? ななんで!? ち、血……っ。いやや、それよりも怪我……!?」
動揺や焦りを隠しきれていない声色で
境も、動かなくなった瞬を見下ろして頭が真っ白で塗り潰される。
(こんなことが、現実に――救急車――矢――携帯――止血――安全なところに――動かしたら――シュン――⁉)
言葉が、でない。激流の言葉が渦巻いて。混乱して。どう動くべきなのか。思考が、遅く鈍る。鈍る。
「………………」
しかし、横で真歩が必要以上に慌てたおかげで、少しずつ冷静になって来た。
ドクンドクンと打ち続ける胸を押さえて必死に思考を巡らせる、その時だ。
ぞくり、と。背中にかけ上がる冷たい氷のような、悪寒。
「―――殺気っ!?」
朝のような一般人が出す生暖かいそれじゃない。
これは、何人も殺ってきたような凄まじく鋭い殺気だった。
ほぼ反射神経でそれの出所に振り向く。
すると、通りの向こうの電柱の上に、男が立っていた。住宅の屋根を超える高さなのにも関わらず、まっすぐに。その男は迷うことなく、境たちを見つめている。
一瞬、同じ生徒かと思った。しかし、その身にまとう服は、学園のものじゃない。
濡れたカラスの羽のように黒いローブをマントのように風になびかせて。手には、磨かれ、美しくしなる弓―――
「あいつが、シュンを……!!」
境が男を認識したとたん。男は動き出す。
男は、電柱を駆け下がり……
「……あ?」
消えた。
まるで、空気に溶けるかのように消えた。けれども、ビリビリとした貫くような殺気は残っている。つまり―――
「見えなくなった……!?」
そう
「お前が、強き者なのか?」
そんな問いと共に。風の音。そして。
ズブリ、と。腕に鋭い痛みが走り抜ける。
「……っうぐぁ!?」
見ると、左腕から血が流れ出ていた。
何かが腕に突き刺さっている。
その見えない何かは周囲の空間を
「矢が……っ!?」
そこには、瞬に刺さったのと同じ矢が存在していた。
「……!! キョ、キョウ君 !?」
「マフは、さがっていろっ!」
境の腕から流れ落ちる血をみて、近づいて来ようとする真歩を止まらせる。
そして、境は、脂汗を流しながら、どこかにいる敵に向かって呻く。
「存在するものを見えなくする……それがお前の【職業】か……!」
「……ご名答。そう。私の【
真後ろから声が耳に滑り込んでくる。
脊髄反射で、後ろに蹴りをいれるが虚しく空を斬る。また、どこかへ移動したようだった。
それに、境が舌打ちをする。
「くそが。何なんだよ、お前の目的は……!」
「…………」
黙りか。
境は、ズキズキ痛む左腕を押さえながら必死に必死に巡らせる。直感を。思考を。
(……まず、一番にしなくてはいけないのは、負傷した瞬を
境は、悔しそうに唇を強く噛む。
「せめて……せめて、敵の姿――いや、場所だけでも、わかった……ら……ぁ」
言い終わる前に、境は、ハッとあることに気がつく。
いるじゃないか。
「マフ!」
境は、バッと後ろを振り向く。振り向いた先にいた真歩は目をパチクリさせた。そんな真歩へ境は、大きな声で叫ぶ。
「お前の【職業】っ! 【地図展開】で敵の場所がわからないかっ? 朝に、俺を探せたように!」
真歩は、大きく目を開いた。そして、軽く頷き。両手を宙に差しだして……。
「……は?」
「出来ないんだ。それは」
意味がわからないと言うかのようにポカンとする境に、真歩は気まずそうに目を伏せた。
「ボクの、【地図展開】は『
「……は、はあぁぁぁあっ!? そんなのお前から聞いたことねぇぞっ!?」
「あ、当たり前だよ! ボクだって、知らない人に使うなんて思ってなかったからっ! それに、知らない他人にもバンバン【地図展開】なんて使ったらプライバシーの侵害だよ!」
「く……。まぁ、それは
「だろう? 全くキョウ君はヤレヤレさ」
「何で、そこでお前がドヤ顔になるのかはわかんねぇけどな!」
胸をこれでもか! と、そる真歩を尻目に境は正面に向き戻る。
すると、少し離れた場所から声が。
「……話しは終わったか」
「ああ。……さすがに、名前は教えてくんねぇよなぁ……」
「ふっ……。ふざけたことを」
境は、「だよなぁ~」と、ガクリと肩を落とす。そして、すぐに手を構えて先頭体制に移ろうとする。と。
「あ……。……ゴメン、キョウ君」
「……あ?」
視界の
そして、髪がかかり表情が見えないままポツリポツリとこぼす。
「キョウ君……。ゴメンよ。まただ。また力にまたなれなかった……」
さっきと、うって変わって消え入りそうな。独り言のような。寂しそうで悔しそうな声で。
それを聴いた境は、チラリと真歩に視線を移す。
そして。
「バーカ」
なんか凄い感想を言い放った。
「…………え?」
あまりにも想定外の言葉に真歩は、顔をあげて、ポカンと口を開いた。
そんな動揺している真歩に境は、敵の方を見据えながらぶっきらぼうに言う。
「ったく、本当にお前バカだよな」
「な……!?」
「俺は。マフのこと、一度も邪魔とか思ったことねぇ。……むしろ逆だ。真歩が居てくれて感謝してる」
「…………っ!」
その瞬間。真歩は、大きく肩を揺らした。今にも、また泣き出しそうな顔で。でも、その涙の意味は、きっと前と違くて。
そこに、水を差すように境が。
「んまぁ、これからも、力になってもらうけどな」
「………………は?」
真歩の、まぬけな声を聴きながら。
境が、足元に転がっていたそれを片手で持ち上げる。
そして
ポーイ、と。非常に軽く、まるで友達にペットボトルでも投げ渡すかのような軽さで。
真歩の方へ、空に弧を描きながら、それが投げられる。
「………………おお?」
真歩は投げられたものをひきつった笑顔で真下から見上げる。それは、結構大きくて。と、言うか人間並みの大きさで。と、言うか人間で。
「……て。
真歩の悲鳴があがるなか。投げられた瞬は、一直線に真歩の頭上へ
「~~~ったぁ……!」
「マフ。シュンを
頭を押さえ悶える真歩に。境は、どこか冷たく言う。その目は真歩ではなく敵を見ていた。
「ええっ!?」
「今すぐだ! シュンがそろそろガチでやべぇ」
さっき見たときより、瞬の状態は確実に悪い方に傾いていた。血を失い続けている瞬の体は、どんどん人の体温をなくしている。
これ以上は、本当にヤバイ。
境は、そう判断したのだ。
それに、別の理由もあるのだが。
しかし、そんな考えに反して、真歩は動こうとしない。
「で……でも……、それじゃあキョウ君が……!」
そんなことを言う真歩に、境は、背を向けたまま。
「るっせぇっ! さっさと行ってきやがれっ!」
と。大きく叫ぶ。
そうぶつけられた真歩は、可哀想なほど肩を跳ね上がらせる。
そして。声をあげようとするように口を開いて。でも我慢するように苦しそうにつらそうに顔をゆがめて。うつむいて。
ゆっくり。ゆっくり、ガクガク震える足で後ろへ振り向き、瞬を引きずり歩き始める。
やがて、真歩は住宅街の角へ見えなくなった。
それを見届けてから。境は、グッと頷き見えない相手へ全神経を集中させ始める。
「……そんにしても、ずいぶん、すんなり逃がしてくれたな?」
ニヤリと口の端をあげながら誰もいないように見える住宅街に問う。
すると、前と同じく少し離れた場所から、声が返ってきた。
「……情けをかけたのだ。私は、命令されたこと以外はやらない。それに。強き者――お前の最期となる会話だったのだからな」
「…………へえ。自信家だな」
軽口をたたく境の顔に汗が一筋流れる。
境にもわかっていた。こいつの言ったことは、自信ではなく―――そうなることが当然の結果だということを。
冷たい刃を突きつけられた感覚に、境は、首を振り気持ちを切り替える。
せめて、時間稼ぎだけでもしなくてはいけない。そう強く思う。
勝てる勝算は、今のところ、ゼロだ。
逃げろ、逃げろと、必死に脈打ち警告する心臓の鼓動を無視して、
今。
【測定不能】の敵と。
【凶運】の境が。動き出す―――
現在、合格者0人。
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