第3話 白い部屋
それは、降り積もったばかりの純白の白さだった。
そんな真っ白な部屋の入り口に、境たち生徒はいた。
教室くらいの大きさの部屋は壁も、床も、天井も全てが白い。白すぎて、逆に気持ち悪さすらも覚えるような、なにもない部屋だった。
それをぐるりと見渡して体育着に着替えた境は、足を踏み出す。それをさかいに恐る恐る他の生徒も体育着姿でぞろぞろと部屋に入ってきた。
境たちが丁度部屋の真ん中くらいについた、その時。
――ポ オ ッ
光。
「―――ッ!?」
光りだした。境たちの足元が光りだす。
眩しい光が広がり。
その光が連なり、集まり、一つの円が出現する。
それが
何重にも円が重なり。
円を描き。
その間を埋めるかのように緻密な古代の絵のような解読不可能なたくさんの文字を浮かび上がらせ―――
「……うわぁ」
ついに境たちの足元に薄く光る大きく精密な魔方陣が完成する。
その魔方陣からは小さな光の粒が上へゆっくり上昇しては消え、また作られた粒が上がる。
それはなんとも言えないような美しいものだった。
境は、無意識に「すげぇ……」と感嘆するように呟いた。他の生徒も同じように美しいそれに目を奪われている。
「あ。キョウ君。居た居た」
境が、声のした方を向くと、棒立ちの人混みの中から真歩がねじ出てくるところだった。
何か用事があるのだろうか? そんな事を考えながら、境が真歩の袖をグイッと引っ張り、出てくるのを手助けしてやる。
するとやっと出てきた真歩は「ありがとうっ」と、お日様のような笑顔になった。
「なんか、ドキドキしてきたねぇ!」
「……なんだ、そんなことだけを言いに来たのかよ」
「えー。いいじゃないか。ボクは、キョウ君と話したかったんだしー」
そう言って、屈託のない純粋な笑みを向ける真歩。そんな真歩を、境は横目でチラと見てから、また部屋の白さと、光の幻想さに目を向ける。
真歩もまた、境から視線を外して部屋を見る。
あまり景色には興味が無かった境だが、
「……」
こうやって二人で並んで見るこれは、不思議と嫌な気持ちじゃなかった。
そんな事を思っていると、不意に真歩がポツリと言った。
「……『転職』」
「……? 『転職』?」
「あ、いや。なんかすごいなぁと思ってたら、なんかその言葉が出てきたんだよ!」
神秘て感じだし! と目を輝かせる真歩。
境はそれを受けて「はいはい」と適当にうなずいた。
それから、少し考えるように右上に視線を移す。
(『転職』、か。法律で禁じられているやつだよな。自分の
「――んなもん、存在すんのかわかんねぇじゃねぇか」
そう。
『転職』と言うのは、存在するのかすらもわからないモノなのだ。
もしそんなものがあったら、もう世界中は
誰もその『転職』を見たことはない。風の噂のように、昔からある言い伝えのように、今に伝わっている。
昔こそ、それを信じている者も居たようだが。今はアマテラスや、イエス・キリストたちと同じような『伝説』上での話になってしまっている。しかし、それもまた宗教のように未だ信じて探し続けている酔狂な信者がいるとかいないとか。それすらもわからない謎に満ちた『転職』。
そんな『
「なぁんで、法律まで使って禁止されてんのか不思議だよなぁ」
あるかもわからない物が、法律まで使って禁止されている。それは異常な事ではないかと境は考える。どうしてそんな『伝説』上での話が
――『
その境の小さな疑問に、真歩は「んー」と指を
「……やっぱり、本当にあったら怖いからじゃないかな。伝説通りだったら隕石どっかーんとか、地震とか意思で起こせるようにもなっちゃうんでしょ?」
「あ? じゃあお前、神とか妖怪とか信じてんのか? 朝も言ってたし」
「えー? 違うよー。そう言う事じゃなくてさ。面白いじゃん、あるって信じた方がさ」
そう言って、楽しそうにへらへらと笑う真歩。
それを横目に見ながら。
(……面白い、か。もしあったら、すぐさま『転職』してやって、この【凶運】から抜け出してやんだけどな)
そう思っていると、それを見通したように横から声が投げられる。
「でも、そんな事すると法律違反で捕まっちゃうよ?」
「ウグ。……って言うか、今お前、俺の心読んだのかッ!? 何でわかったんだよ!?」
慌てる境に、真歩はいたずらっぽく、小さな声で。
「わかっちゃうよ。………な君の事ならさ」
「え? 何て言った?」
「ヘへヘ、おっしえなーい!」
「はぁッ!? 言えよ、マフ! そーゆのは微妙に気になるだろうが!」
「んーと。もぅ、しょうがないなぁ。じゃあちゃんと聞いててね。……キョウく――」
「―――キャアッ」
恥ずかしそうに顔を赤く蒸気させていた真歩の言葉が、その悲鳴にさえぎられる。
そんな悲鳴と共に、境たちの足元にドサッと誰かが倒れこんできた。
「~~ッ。痛ぁ……」
這いつくばりながら情けない声を出した彼は、他教室の生徒だろうか。知らない顔だった。
碧がかかった艶々とした髪の下に覗く肌は白く、ぶつけたらしい鼻が少し赤くなっている。男性にしては大きい紺色の目には涙が溢れんばかりにたまっていた。
「お、おい。大丈夫か?」
「……」
声を掛けたが反応がない。
無視をされたと思ったが、彼の気弱そうな目は境ではなく、ある一点を見つめていた。彼が倒れこんできた方向。
「?」
何があるのだと、境も彼の視線をたどる。そこにも生徒たちが集まっていた。
その生徒たちも、いきなり倒れこんだ彼に驚いているようで、他には何もない――ように思えたのだが。
その生徒たちの壁から切れ目が乱暴に
「なぁにが、キャアッだよ」
そうおかしそうに言いながら、高身長の鼻ピアスをした生徒がにゅうッと、現れた。
その瞬間、境の横にいた倒れこんでいた男子生徒がビクリと体を固くさせるのを感じる。突然現れた鼻ピアスの生徒に、周りがさらに驚き、離れようとして切れ目が大きくなる。
「あんな声出して、女子かっての」
そうニヤつきながら顎を出して見下す生徒の後ろには、その仲間だと思われる金髪とロングの育ちが悪そうな者が続いていた。
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