第8話 真歩の提案

「えっと……、それじゃあ、さっきのは違うって訳ね?」


「ああ、そゆこと」


 一通り早口で説明をしきった境は、疲れたように教室の壁に寄り掛かったまま頷く。椅子に座った真歩は、どこか不服そうに境を見ていたが、ここは完全無視の構えである。

 説明を聴いたルナは立ったまま、「なるほど」と呟いた。

 どうやらわかってくれたらしい。


「つまり、キョウの優しさに漬け込んだそこの性別認知症が、不埒なまねをしようとしていたっていうことね」

「おいコラ、別に顔見ようとしてたわけで不埒なんかじゃないし、その性別認知症とやらは誰の事か聞いてやろうじゃないか!」

「うん、ルナ。そゆこと」

「なんでキョウ君も、同意すんのさぁーー⁉」


 ムキャーー! と腕を振り上げて怒る真歩。

 そんな真歩を横目で見た後、境は「で?」と本題に入る。


「何をしに来たんだ? たしか、ジョブ戦祭のことだろ?」

「えあと、んと。キョウの出る種目知りたいなって」

「ん? なんで?」


 境の素直な疑問を思ったことからでる自然な問いに、ルナは言葉を詰まらせた。「ボクは、『借り物競争』にでるよー」と言っている真歩の声も聞こえていないのか。みるみる顔が茹で上がっていく。焦っているのか、顔を隠すようにバタバタと腕を動かしながら早口で言ってきた。


「え⁉ え、あ、んと。んとんと。まぁ、クラス違うけど? 敵同士だけど? でも、キョウの種目しれたら、私は……」

「やっぱいいや。あんま興味ないし」

「……っ⁉」

「俺の種目は、あれだな。『障害物競争』だな」

「え、そ、それって。私と同じ……」


 ガーンとショックをうけたような顔をするルナに、境は気づかず。嬉しそうに笑いかけた。


「おおっ! ルナも『障害物競争』だったのか! 敵同士だけどお互い頑張ろうな!」

「…………う、うん。負けないから……」


 そこで、その様子をぼんやり眺めていた真歩の頭に、何かがひらめいたようにピコーンと電球マークがつく。ニヤリと悪い笑みを浮かべながら席を立ち、ルナと境の間に割り込んできた。


「そっかぁ、ルナちゃん。キョウ君と同じなのかぁ。頑張ってね!」

「うん。ありがとう。えっと、あな……君……探見さがみさん」

「あはは、マフでいいよー」


 なごやかに笑う真歩。しかし、すぐにその天使の仮面をはがした。中から出てきたのは、いたずらを思いついた子供の笑顔。


「でさ、せっかく二人が戦うんだから、なにか勝負しないかい?」

「「勝負?」」


 オウム返しに聞く境とルナに、「うん」と真歩は楽しそうに頷いた。


「そ。勝負。勝ったほうが、相手の言うことをなんでもきくのさ!」

「おー。なんか燃えるなー」

「えっ!? な、なんでも!? ……なんでも……」


 興味をひかれた境の隣では、ルナがなぜか大げさに驚いた様子を見せて。ちらちらと迷っているような、それでいて期待しているような視線を境に投げてくる。


「ん? あー、やっぱ嫌か? そうだよな、さすがに――」

「ううん、やるわ! 全然嫌じゃない! む、むしろ……! 勝ったらなんでもね。うん、なんでも……」

「……やけに自信あるな。言っとくけど、勝負するからには俺も手を抜かねぇからな? 負けた後で『やめる』は無しだぞ?」

「⁉ そ、それって、私に何をさせる……!?」

「じゃあ、決まりだね! こっちとしても、そーゆーふうに勝負があった、ほうが盛り上がるのさ!」


 赤い顔のルナと、勝負に軽く燃えている境に、真歩は両手を広げて楽しそうに言う。そのうらで、真歩は聴こえないような声でポツリと、


「それに、勝負があったら……。さすがにルナちゃんも……ウ君に手を……ないでしょ……」

「は? なんか言ったか? なんかすごく黒い事言っていそうだったが……」

「なんでもないゼよ」


 そこで、境が突然「ん?」と首をかしげる。それから考えるように腕を組んだ。

 なぜか真歩は「ばれた!?」という顔をしているが、多分関係ない事。

 でも、重要なことを忘れているような気がした。

 思い出そうとしてみても、なかなか思い出せない。


(なんかあったような……。なんかここにいちゃいけないような……。今、なにしてんだっけ。……、あ。そうだ。時間――)


 境がその答えに行きつくと同時に。

 答えが


 ――キーンコーンカーンコーン……


「そーいやぁ、次、移動教室だぁああああ!?」

「ぎゃあああああああ!?」

「私は【絶対零度】で蜃気楼しんきろうつくって、身代わり置いてるけどね」

「「なにそれズルくね!?」」

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