第25話 ■■■■■
さすがに、ヤバい……か。
「……ぅ、……ぐ……ッ」
境は、酷い
全身に刻まれた
数分前までの、
その数分間にあった、
強烈な痛みが自分を襲う。痛みが走り、食い荒らすような
「~~ッ!」
「キョウ……。だい、じょうぶ?」
あまりにもの苦痛で、顔を歪める境に。隣に降り立ったルナが声をかける。
境はルナに、視線を少し向けた。
「ルナこそ……。俺よりボロボロじゃねぇかよ」
ルナも、境と同じように傷だらけになっていた。その小さな口から漏れる荒い息が無ければ、生きているとは思えない。
ルナは、その境の言葉に。ふん、と鼻を鳴らした。
「まぁ。
そのルナの声に連れられ、境もきらびやかな階段の最上を見上げる。
「――無傷なんだけどね」
境たちの視線の先に。
男が
男は、そんな様子の境たちを見て、薄ら寒く笑って。
「さて……、そろそろ理解しただろう?」
そう腕組をしながら問いかけて来る。
「この圧倒的な戦状に。もう諦めたらどうだ」
「い、やだ……ッ」
境は、また崩れそうな体に鞭を打ち。歯を噛み締めながら、拒絶する。
すると、そのしぶとさに男は眉をひそめた。
「そこのお前よ。なんのために戦うのだ。このいらない
その言葉に。
ルナが、どこか心配するように境を見て。
しかし。境は、真っ直ぐに男を自信に満ち溢れた瞳で
「情? そんなのわかねーよ。沸くはずもない」
きっぱりと切って捨てる。
そんな境に、男は珍しい者を見るかのように目を細めた。
「ふむ。それではなぜだ? なぜそんなになってもそいつを守ろうとする? もしや
「ちょ……。お父様、そんな訳……ッ!? だって、キョウは私のこと『今のお前は嫌いだ』って――」
「――ああ、好きだ」
「――ッ!?」
境のその意外すぎる言葉に、ルナは身を石像にさせ。
そして、顔を赤く赤く染め上げた。目がぐるぐるして、熱で浮かされたような甘い声が漏れる。
「キョ、ウ……。ぁ、えっと、ん。そ、それって……ッ!?」
「ん? 当たり前だろ。――ルナ、今のお前は好きだ」
「う、嘘、嘘、嘘よッ! だって、私のこと嫌いって言ったじゃないの!?」
顔を真っ赤に染めたルナが、境に問い詰める。その問いに、境は「あー」と言って頬を掻いた。
「あの時のお前は、何かにしがみつこうとして。嘘を突き通そうと必死だったからな。だから好きじゃなかった。……でも、今のお前は――好きだわ」
ドキューン、と。
ルナの方から心に矢が刺さったような音がした。
ルナは胸に両手を添えたまま、ふらふらとしてしまう。
口をパクパク
「……もちろん、大切だ。ルナも、マフも、シュンも、ニャン吉も。みんな居なくなってはいけない存在だ」
「…………え?」
目を点にさせるルナ。
そして少し間を置いて。
「……もしかして。『友達』って言う意味で?」
「はぁ? そうに決まってるだろ。それ以外の意味なんてあんのかよ?」
ガン、と。ルナは近くの壁に頭をぶつけるのであった。
「なぁ。それ以外の意味って……」
「何でもないのッ!! 意味なんて無いわよ! 無いんだからぁッ!!」
もはやルナは涙目だった。
その二人の様子を上から見下ろしていた男は。
「クッ。ククク……。こんな
心底面白そうに、口を歪ませた。その笑顔は、どこか機械じみたもので。笑顔の瞳の中には、境とルナに、標的を合わせているような危険さが滲んでいた。
「待ちくたびれてしまったよ。この続きは、この戦いが終わったらやってくれ。……天国でな」
「「ッ!!」」
キンッ、と凍りつくその空気。
そして、永遠と続くような同じ戦いが始まる。
――いや、同じではなかった。
確かに、境たちが負けている。
こんなにボロボロになり、いたる傷という傷から鮮血を流し続けているところを見れば。百人のうち百人が『境たちが負ける』と、思うことだろう。
これは火を見るより明らかな事だ。
境の陣営が負けて、無傷の男の圧倒的勝利。
しかし。
「……なぁ、ルナ」
敵を見上げたまま、境がポツリとこぼす。
「……何かしら」
「一言だけ、いいか?」
「……良いわよ」
境は、小さく、けれども子供のように無邪気に笑った。
「俺は、ルナを……みんなを守りたいんだ。最近、そうわかったんだ」
「……」
ルナは、少し目を見開き。すぐに「ふ……」と、柔らかく口の端を曲げる。
目を細める動作は、男と同じだが。名誉に
「――バカね。私だって、同じよ」
もう、同じ
なぜなら。
その場を
既に死に体のような境が、ルナが、鋭く切れのかかった動きで構えをする。
その
「な、何なのだ。その目はぁ……ッ!? ついに狂ったのか……ッ!?」
「そう……かもな。狂ったのかもな」
頷く境。男からの目線では、境の顔が
その顔は。
「……!」
「――俺は、シュンや、マフ、ニャン吉、ルナ、皆に……。こんな気持ち――悪くねぇ。悪くないんだ」
境は、不適に笑みを作っていた。
「く……ッ。なぜだ。なぜ、どこから……」
場が境に呑まれていっている感覚に、男は動揺を隠しきれずに、汗を浮かばせる。
そんな様子の男を
「ま、そんなわけで。最後にド派手にやりましょうか、お父様」
どこか含んだ笑いを染み込ませながら。クスクスと、小さく笑う。
「お父様は、気づいていらっしゃらないようですが。……もう罠は引かれているですよ?」
「な……。そんなバカな。いつそんな――――ぁ」
男は、何かを思い出したかのように固まった。その男の視線が、境へと留められる。
「……まさか。まさかあの時。お前が二階に殴り込んできたとき……ッ!?」
「さぁなぁ?」
途端に、男の顔が恐怖に歪んだ。
「そうか……。そうなのか! だから、絶望せずにあんなに自信で……ッ!?」
罠は戦いの切り札になり、使い方によれば、一気に逆転勝利に導くことが出来てしまうのだ。
「ちッ。あのカラスに連絡を……」
焦った男は、ズボンの
そして、そのままボタンを押しながら耳に当てた。
ザーザー、と。
「……おいカラスッ、速くこっちに戻って私を助け――」
『――うわぁああああッ!』
いきなりスマートフォン《じゅわき》
「お、おい、どうしたッ!? 何を……」
『あッ!? 当主ッ!? ちょ、助け――ぁ。いやぁああああッ!? 来るなぁあああ! 何で逃げても逃げても、場所がわかるんだ! あと、あのモヤシ足速い……て、なんか言ったら泣きだした! い、今だ! ぇ。ウギャァアアッ!? 目の前に、に、ににに人形が、人形がぁ、猫の、黒い、喋っうヒャあァアアぁあアアあぁァ――――プッ。ザーザー、ザ、ザー』
「カラスッ!? く、クソ……!? 使えない奴だ!」
忌々しそうにそう吐き捨てて、同時にスマートフォンを床に叩きつけていた。勢いよく落下したそれは、ガシャと、音を
「クソ、クソ、何をしたんだ……」
男は、己の
焦りと恐怖ですっかり理性を失ってしまった目が焦点をあわさず、グラリグラリと危うく揺れる。揺れる。
「ぁ、あぁ。このまま、だと。ダメだ、ダメだ。私の計画が……」
ぶつぶつ、と。
影のさした顔を
「アア、あぁ。計画がァ……。白い、世界が。崩壊が。歌声が」
「…………ぇ」
――白い、世界。
――崩壊。
――歌声。
その言葉たちに、境がピクリと
境の顔の脳裏に写るのは、あの白い光景。
あの『職戦重要ランクわけ試験』の転送の事だ。
どこが地で、どこが天なのか、右も左すらもわからないあの世界が。
目の前で静かに崩れて、無へと崩壊していく。
どっかから。
歌声が聴こえて、聞こえて。
それが、なぜか切なくて。
悲しくて。
胸が締め付けられて。
手を伸ばして。
届かなくて。
そんな世界が。
「……お前は、その世界の事知っているのか?」
「ァあ。だメだ……。おわラせラレなぃ」
境のその問いに、男は答えない。
「答えろ! その世界は……ッ!?」
「キョ、キョウ……!?」
でも、その
「ぉ前……あれヲ知ってィるのカ……。あの世界を、あの■■■■■を」
「ッ!?」
聞き取れなかった。
小さくて聞き取れなかった訳じゃない。
男の声は、聞こえた。
しかし。そこだけ言葉が、聞こえなかった。
まるで、水の中に居るような。ボワリと
聞き取れない。
「何で……」
それにルナも何かに気づいたようだ。異常な、その人工的な力に。
「■■■■■だ。■■■■■が、クソぉ。やはり■■■■■……言エぬか。■■■■■の呪いか、呪ぃなのカぁ」
男は、虚ろな目で、顔に爪をたてた。
何かに怯えるように、ガクガクと震える。
もう、あの威厳のある当主の面影は欠片もない。
「終われナい。終わレなイんだ…………ぁ」
何かに気づいた様子の男は、ルナをじ……と見下ろす。
嫌な予感がする。
直感がそう告げる。
肌が、ざわりと
そして、言う。
言ってしまう。
「ルナ。――――、―――――――――」
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