心眼の首飾り
心眼の首飾り一
ゴティウには敵が多かった。
というよりは、味方となるものが少なかった。
高原一の勢力となっても、従わない部族は多く、むしろ地理的に遠い部族は我関せずというものが多かった。
そしてそういう部族たちになにか交渉ごとをしても、好意的なものはなく敵対的な行動を取るものばかりだった。
彼らは親族を殺されたものが多く、当然好意的なはずがなかったのだ。
デイドが己の本拠地であるコーネストに迫っていたころ、ゴティウは本拠の御殿におり、部下からトバモンホ帰還の報告を受けていた。
報告を受けたゴティウは、トバモンホを呼び出した。
ゴティウは王座に座る。帝国と水の諸国との建築様式が混じり合ったような過度な装飾がなされている。戦士階級の多いソペニアには、ものを作る職人の数は乏しい。財力を持て余すかのように、あちらこちらから珍しい品――繊細な織物や彫像に始まり宝剣や絵画にいたるまでを集めに集め、まるで四つの聖霊が治める世界の博覧会のようである。
「我が主におかれましては、本日も大変優雅で見目麗しきお姿。おそらく世界には二つとない力の奔流を感るため、わたくしのたいへん卑しい耳にあっては、もし主様のいと甘美なお声を聴かせて頂くのならば、この上ない喜びにございます。ぜひ至高のお言葉をお授けくださるよう、懇願申し上げます」
神経質そうなやや細い顔に、病的な鋭い眼光を持ったトバモンホをゴティウは内心見下していた。そしてそれをあまり隠そうとせずに声を出した。
「気持ち悪い世辞はよせ、トバモンホ。何故呼ばれたか分かってるのか?」
「はい。わたくしの名前を呼んでいただけるとは、この身まるで天に昇り神に抱かれ祝福を受けたかのよう……。全能なる主様にあえて申し上げるのは、献上品をご覧になられるためだとこの矮小な頭で愚行する次第です」
ゴティウは本当に矮小な頭であると思ったが、口には出さず別の言葉を放った。
「モーカを捕らえて来たそうだな。俺がデイドに手を出すなと命令をしたのを忘れたか?」
ゴティウはトバモンホという男を、文句も言わず従っているという点のみ評価をしていた。命令を聞かないのであれば、ゴティウにとってその男に価値はない。
「デイドなる野獣が如きやからなどに主様がお手を煩わせぬよう、その伴侶を奪ったに過ぎませぬ。高原で力なきものはただ奪われるのみ。力なきものから奪うのが我らの本懐でございましょう。デイドにはこのトバモンホ、手出しをしておりませぬこと、主様どうかご理解ください」
「……まあよい。して、モーカは。まさか傷つけてないだろうな?」
「主様に献上するものにまさか傷をつけようはずがありません。奪うときに多少手荒にはなったでしょうが、問題ございません。主様はいつぞや、モーカという女を欲していたご様子だったので。ご覧になりますか?」
黙って頷くゴティウを見て、トバモンホは部下に命じてモーカを連れてきた。
モーカは侍女の服に着替えさせられ、拘束されていたが、ゴティウに対して何も言わなかった。
ゴティウの首にさがっている心眼の首飾りを恐れてのことだろう。モーカは言の葉から意識を読みとられることを危惧をし、努めて平静を保っていた。
ゴティウは何も言わないモーカの様子を眺め、その心身が無事であることを確認してから、トバモンホへ向かって言った。
「勘違いしているようだが、俺が言ったのはデイドとモーカの心配だ」
ゴティウの様子になにかを感じたトバモンホは取り繕うように言葉を出す。
「主様、やつは我らの食客を討ち、邪魔をするというのになんの心配というのです! 主様は父を討ち、デイドの父たる盟主を討ち、圧倒的な力を持つというのにそのような小事を――」
ゴティウは数多くの食客を抱えていた。武に秀でたものには装備を与え、兵を率いさせて高原の諸部族の首級を討ち取らせていた。功績を上げたものには望む褒美を与えていたし、望めば臣下として迎え入れていた。
ゴティウはアジータ族の討伐するなと命じていたが、食客の血気盛んな腕自慢達がデイドに挑むのを黙認していた。留めはしたが、積極的に禁じてはいなかった。命令も聞かず勝手に返り討ちになるような者を
「黙れ!!」逆鱗に触れたゴティウは叫ぶ。
そして側付きに沈黙を保つモーカを連れて行かせ、常時監視をつけるように命じた。
「残念だが、俺はデイドを側近に加えたかった。欲に目がくらんだ食客どもをしっかり処罰しておけばよかったとも、今は思っている。お前のおかげで、その可能性は潰えたがな」
「なぜあのような、薄汚いやつを。やつの力など主様の足元にも及びませぬのに!」
「ほう、どうしてお前はデイドのことを知っているのだ?」
「い、いえそれは……」
「よい。お前は一ヶ月の間部隊を動かすことを禁ずる。刑が軽いのはモーカを連れてきた褒美だ。食客と違いお前はソペニアの武将である。反省しろ」
「なっ!」
なおも食い下がろうとするトバモンホを、衛兵に追い出させたゴティウは、思案し呟いた。
「あいつのことだ、諦めたり交渉などせず、きっと死んでもここに攻め込んでくるだろう」
ゴティウは落ち度がこちらだとしても、折れる気はなかった。デイドが力で攻めてくるのであれば、雌雄を決する覚悟を決めたのだった。
しばらく王座に静けさが漂ったが。
「
ゴティウが次々と支持を出す声が響くのだった。
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