こぼれ話――夫婦喧嘩は狼が食べる
ソウエイは逃げていた。――ヨーカからである。
「まて! ソウエイ! 稽古をつけてくれとお前がいったんだぞ!」
「いや! それは! 今日は忙しいから! また今度って――うわっ危ない!」
流石にヨーカも真剣を持ち出してはいない。しかしどこから入手したかわからないが、自分の得物も模した木刀を振り回してソウエイを追いかけている。
ソウエイも影の民らしく俊敏な動きでそれを避けてはいるが、追い詰められるのは時間の問題のようだ。
「男がそんな顔をするな! 体を動かしたらなんとかなる」と年下のそれも女の子には決していわれたくないであろうセリフを威風堂々とした姿でヨーカが発したのが発端であった。
その時ソウエイはデイドに言われた難題をこなそうとしていた。どれくらいの備蓄があって、いつ頃まで持ちそうなのか調べてくれと言われていたのだった。
羊たち家畜の数は大体は把握していてもどれだけいるのかは分からなかった。人数が倍になったので、必要な家畜は倍になるだろうが、それが足らないのは明らかであった。
小麦などの交易でしか手に入らない食料も大体の数はわかる。普段であればいつ頃なくなるのかもおおまかでしか把握はしていなかったが、単純に減る量が倍になるならそれは後一ヶ月くらいしか残りは無いはずだ。
幸い南方へ行けば、近くに交易都市があるので、そこへ羊でも連れて交換に行けば小麦自体は十分手に入るだろう。彼らにとっても家畜やその肉は貴重品である。
しかしそうした場合にどれだけの羊が減るのかはソウエイにはなかなか計算できるものではなかったのだ。
眉をひそめて渋面を作っていた所に、ちょうどヨーカが来たのだった。
その原因となったのは、ソウエイがうっかり「その武芸はすごいですね。稽古をつけてもらいたいものです」などと言ってしまっていたからで、ヨーカは真に受けていたのだった。
ビシッと鼻先に木刀を構えられたソウエイは、ヨーカとはじめてであった時の惨状を思い浮かべた。備蓄倉庫にしていたラークで暴れられては敵わないと、一目散に逃げた。
ヨーカはそれが気に入らなかったのだろう。「逃げるな! 武人の恥だぞ!」と怒っていた。
「夜なのに! 訓練などしなくても!」とソウエイ。
「お前は夜襲を受けたら戦わないのか!」とヨーカ。
「いや、そりゃそうかもしれないけど」
無手のソウエイは為す術もなく逃げていたのだが、そこへデイドとモーカの姿が見えた。ソウエイは二人に助けを乞うためにそこへと向かう。
なにか二人は言い争いをしているようだったが、ソウエイにはかまう余裕はなかった。
「デイド様! 助けて!」
「ソウエイ!? どうした!」
しかし、デイドの助けは無かった。ソウエイはそこに辿り着くまでにヨーカの凶刃がソウエイの肩口を捉え、ソウエイは前のめりに倒れ込んでしまっていた。
「デイド様。私はデイド様のように尻に敷かれても、痛くないほど強くはなれないみたいっ……です」
「いや! 違うぞソウエイ! いや、違う」
デイドが振り返った先のモーカはにこにことしていた。
平行線だった話し合いは、その後すぐにデイドが折れることになったのだった。
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