英雄
昔は鬼の中の鬼の子といわれたこの智謀と謀略をもって貴方の役にたってみせますわという決め台詞をモーカにいわれ、デイドは承服するしかなかった。
モーカがうんと言わなければ、シャーマン達は動かないであろうことをデイドはわかっていたのだった。それならばモーカの協力を断る理由もなく、その力を発揮してもらうのが合理的であった。
気絶してしまったソウエイを送りとどけ、ヨーカに説教をした後で、二人はラークへと戻っていた。
二人には語るべきことが多すぎた。
まずモーカが口火を切る。ゴティウが誘拐を命じたわけではないという事実は、事態が進んでしまったことでなんの意味を持たないことを、二人の間で語るまでもなくお互いが
「英雄とはなにか、ご存知ですか?」
「かつていた偉大な人のことだろう」
「その認識は半分も合っていません」
デイドはまたモーカの小難しい話が始まったかと、戦々恐々とした。理解できないというと、更に難しい話をもちだされるし、安易にわかったなどというと、説明をさせられてダメ出しをくらってしまう。かといって黙っていれば、話を聞く気がないのですねと暫く口を聞いてくれなくなるのだ。
デイドにとってみれば、食糧問題を解決するよりも、モーカの講義を拝聴するほうが難題であった。モーカに誤魔化しはきかないのだ。
しかしこれはデイドにとって避けて通れない話である。
「呪いを受けたと聞きました」
「あの魔女のことか? そうだ」
「シャーマンには他のものに語ってはならぬ禁忌というものがあります。ですが、兄が言っていた言葉を伝えることは禁忌に触れることではありません」
シャーマンは高原で魔法に長け歴史を紡ぎ祭祀も行う。全てではないが、魔法に長けた子どもが生まれた場合、ヴァームに預けられシャーマンとなり出身部に戻るということが多かった。そういったものたちには伝わらない禁忌、五大部族やシャーマンの一部にしか伝わっていないものがあった。それは英雄に関する言い伝えであり、予言めいたものであった。
「ゴティウの目的は五つの宝具を集め、その力を奪うこともしくはその破壊のようです」
「集めれば英雄となるのではないのか?」
「それは、宝具に認められれば、という条件が必要です。ゴティウにはそれが無理なのです」
デイドはしばしの間考えてモーカに問うた。
「それは帝国の目的なのだろうか?」
強大な力をもつ英雄の誕生を阻止することが帝国の目的ならば、ゴティウに宝具の力を渡すのは少しおかしい。ゴティウの背後に帝国が居るのは確実であったが、その真意を考えても、デイドには全く予想がつかなかったのだった。
それはモーカにとっても同じであり、答えのでるものではなかったが、帝国の実行部隊が草原にいるわけでもないので、宝具の奪取が困難であるならば、強大な英雄の誕生よりも一個の力の塊のほうがましなのだろうという仮説をたてるだけに終わったのだった。
「帝国の目的はさておき、当面はソペニアが問題となるだろう。この呪いの力はかの軍を葬れるほどの力だろうか?」
「それは、魔法というものの性質からして不可能と思っておいたほうがよいです」
分不相応な魔法を使うとどうなるか、デイドもよく見てきたので、モーカの言おうとすることはデイドにも理解できた。強大な一撃を放てたとして、身が持たなければ意味がない。
「この世には四属性の性質をもつ種族が分かれていますね」
「お、おう、そうだな」
「その源となるのが魔素であり、それぞれの種族はその力を独自に利用しています」
「宝具や護符といったものか」
「そうですね。帝国が恐ろしいのは、全てを大編纂したという聖典の存在です。護符はその副産物に過ぎないのですよ」
シャーマン達はこの帝国の文字を恐れていた。知識を奪われるとして、忌避していのだった。
高原の民全てがそうしたわけではなく、合理主義的な彼らは貨幣の価値も理解していたし、羊皮紙を使って取引のための証明を残すこともしていた。
ただシャーマン達は自分たちの持つ知識を流出させることを恐れていた。知識の伝達を口伝によることのみに限定したため彼らの地位は長い間保たれたのだった。
「しかし、どれくらいの事ができるのかわからないと使いようが難しいな、そもそもこれは使わないでいいなら使いたくないものだ」
「私の力では、その呪いを解呪することはできません。それを使わなければならない運命は変わらぬでしょう」
モーカはその事実を告げるのがつらかったのだろう。そのまま下を向いて黙ってしまった。この力が分不相応であるということはデイド自身が一番感じていたので、下手なことが出来ないのは重々承知するしかなかった。
「英雄となれば死なぬといったのだ。心配なかろう」
「英雄となったものの末路というのは、皆悲惨なものだったのですよ」
「月を欠けさせる程の力を使えるのだから、面白いじゃないか」
デイドは有名な神話――おとぎ話をもちだし、気楽に言った。しかしモーカの顔はさらに沈んだ。その結末が悲劇的であったからだった。
モーカはデイドの未来を案じて、ひねり出すように声を出した。
「四聖霊に愛されるものが、英雄です。しかし、それゆえに憎まれるのです」
「その時になってみなければ、どうなるか分らんだろう。その時に全力を尽くせばよい。それが運命だとしても」
デイド・サーガ 小万坂 前志 @kamattisan
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