戦場 一
ツーチャが全速力で草原を駆ける。
空はいつもと変わらず晴れて広大で、小さな人のいさかいなど嘲笑うかのように遠かった。
デイドは槍を構え近衛を従えて先陣を切っており、目の前には敵軍が迫っている。
デイドは陣が崩れているのを見逃さず、好機とみて一気に突入する。
偃月陣の先頭を駆けるデイドの槍が振るわれるたびに、血が舞い、吹き飛び、蹴散らされる。騎馬の突撃の勢いはとどまることなく続く。
デイドが上段に構えた槍が刹那の合間に凪ぎ払われ、敵の騎馬兵の肩口を裂く。
初めからなにもなかったかのように、振るった槍がその速さを落とすことはない。
相手がどうであろうと、己がどう思っていようと、騎馬の塊が突進する力はただの暴力であって、命を削りとるものである。
戦場にはただ戦うという意思のみが存在し、敗れれば敗走するか、死あるのみであった。
そのような意味ではデイドは、敵にとってみれば、死を運ぶ悪魔に見えたであろう。
後手後手になった敵を容赦なく切り裂きながら、ヴァチェの姿を探す。しかし前線にその姿を捉えることは出来ない。
そのかわりというわけではないが、先程解放した捕虜たちがあちらこちらで捕縛され連行されているのが見えた。敵の部隊は混乱の火消しに躍起となっていたためデイドの突撃に備えていなかった。騎射は来ても突撃はないと油断もあったのだ。
デイドはここに来てまた何をすべきなのか判断を問われた。
敵は部隊が分散し全軍の陣形は乱れている。各個撃破のチャンスであった。
大勝利即ち大虐殺を行えるのだ。しかしデイドは其れを望まなかったのではないかと自問自答をする。
より良い勝利とはなにか、デイドは思い描く。そして脅威は何であるか。
拘束された兵を助ければ味方になるのではないか。隊を分散させても自由に動けるのではないか。集団に一撃を加えることのできるヴァチェの魔導の籠手を警戒すべきであり、なによりモーカの無事が何よりも優先したい。
何一つ確証はない。だがデイドは指示を出す。
「ベーラー! バティ!」
「ヴァチェを討ってくる!」とベーラーがデイドの指示が出る前に返事をした。
後に数十の兵が続く。
頼んだ! と短くデイドは応え、すぐにまた指示を出す。
「ソウエイ! ダラムを連れて救出にむかえ! 場所はわかるな?」
はい! とソウエイは応えて馬を疾走させる。ソウエイだけでは武に不安があったが、ダラムはベーラーと打ち合うことのできた、つわ者であった。デイドはこの二人なら大丈夫だと信頼した。
デイドは残りの兵をつれ、捕縛された兵を助けるために攻撃を仕掛けた。不意を衝かれた敵の兵士はデイドの槍の前にあっけなく倒れる。
「お前たちはシャーマン達が巻き込まれないよう逃せ!」
残ったものは皆殺しにされると思っていた彼らは一瞬呆けるが、デイドにヴァームがソペニアに嵌められていることを訴えた。
彼らは逃げたくても、逃げる先がないのだ。食料もなくあてもなくさまようには高原は広すぎた。
「ソペニアに抗する意志があるものは、西へ逃げろアジータとワンユが保護する!」
彼らが大人しく従った理由を理解したデイドは、新たな方針をとる。苦肉の策であった。解放したものにワンユの兵と共に避難するよう指示する。ワンユの兵がいれば遠くに逃げても連絡は取れる。しかし兵の少ないデイドが更に部隊をへらすのは戦場の戦力がなくなっていくのと同じである。
仲間を信じたデイドが、短期決着を目指したのだった。
デイドは統率の乱れた部隊を各個撃破しながら、逃げないよう拘束されたものを解放し、シャーマンを逃がすように走り回った。デイドを止められるような戦士はヴァームにはおらず、なすがままに戦士たちは倒されていった。
開放するたびにワンユの兵が少なくなる。被害は殆どなかったが人数は確実に減っていく。拘束されていた集団は何十もあったので、その分兵士は減ったのだった。
人数が減った分確実に突撃の勢いは落ちた。初めはほとんど帰ってくることのなかった反撃の刃がデイドを襲う。躱し弾き刃をくぐりながらも、デイドは戦い続けた。
敵本陣から銅鑼が響く。
集結の合図だろうとデイドは思った。このまま泥沼の消耗戦は避けたかった。視界に見えたものを粗方解放しきった時は、敵の戦士団は新たに陣を構え始めていた。
分散し続けるデイドに対し、敵は立て直しつつ集合している。全て集まれば、真正面からぶつかるには無謀な数の差があるように見えた。
機は確かにあった。そして熟していた。しかしこの戦場に来てからの判断は悪手であったかもしれない。混乱している間に叩けるだけ叩いておけば勝利があったはずだったが、デイドは余分なことをしていたのだった。
そしてデイドの目に写ったのは、最悪の結果の予兆にみえた。
戦場の中心の空に、巨大な魔素の動きがみえたのだ。
デイドは呪いを受けてから、偶に四属性の魔素の流れを見ることがあった。一つの魔素でさえは普通の戦士には見えないものである。
それに対抗するかのように、小さな風の魔素の動きが大量に見えた。
デイドにはそれだけでなにが起こっているのかは予測できた。デイドは敵の集結しつつあった戦士団は放っておいて、その魔素の渦の方へ兵を疾走らせたのだった。
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