突撃
デイドは己についてこようとする部隊の最前列に立っていた。
兵たちの士気は高い。集団の持つ熱気というものが高まっているのをデイドは感じていた。
ほんの少し前に解放した捕虜は去った。彼らが敵軍に混乱をもたらすのは目に見えている。
卑怯な手段であるかもしれない。しかし機を待ち続けたのはこの時ためである。
デイドは昨晩ソウエイと話したことをふと思い出していた。
その結論は答えを選ぶのは自分自身であるとソウエイに言ったはずだった。
「ヴァーム兵は最後尾にまわれ!」
デイドの出した指示に捕虜たちはざわめく。彼らは鎧もなく騎乗し、武器も粗末なもののままだった。
彼らは前列で戦わされると思っていたのだ。予想外の命令に面食らっている。
「敵はヴァームの戦士団とその長のヴァチェだ。囚われたものを解放し、そのまま機を見て撤退とする。そうなれば、最後尾は殿として働け! 撤退の合図はワンユが出す」
合理的な指示であった。しかし、それはデイドの本筋ではなかった。
「ヴァチェを討ち取り敵が崩壊すれば追撃もするが、女子供を無為に殺すことは許さん」
デイドはヴァチェを倒し軍を崩壊させて、ヴァームを解放する腹積もりだ。
上手くいかないことも想定にいれ、最低限の目的も示したのだった。
デイドの意図は全員に伝わり、彼らは皆それに死力を尽くすと誓うのだった。
「ヴァチェを討ちヴァームを解放する! 皆俺に続け!」
バティはまた甘いと言われるだろうかと、デイドは視線を向けるが、いつもの様子であり、デイドは何もその表情から読み取ることができなかった。
「変なところで、似てからに……」
「デイド様なにか言いましたか?」
ソウエイに尋ねられたが、デイドは何でもないと応じた。
ソウエイは志願して、この最終局面での突撃に参加していた。デイドは彼の戦う意思を尊重したのだった。
掴みどころのない表情のバティだが、彼は合理主義であった。効果的であれば、脱走した捕虜を殺すことにためらいもなかった。
デイドはその事でバティと論議もしたが、言い負かされていた。ズゼンはそのようなことはしなかった。
今回の策も徹底して叩ける時に叩こうという趣旨であったが、最後の最後でデイドは方針を修正した。
デイドの主義は一貫して仲間を護ることであり、ソペニアを打ち倒すとデイドに呼応して残ったアジータ兵も、デイドは仲間だと感じたのだった。
バティになにか言われると思ったデイドであったが、なにも言ってこないバティに若干の苛立ちとともに、間違っていないと確信を得た。
どのような結果になろうとも、デイドが皆を導くということに変わりはないのだ。
もしかしたら、それもバティの計算のうちであったのかと思うから、デイドは僅かな苛立ちを覚えたのだったが、それは心地よい感覚であった。
◆◆◆
「貴様! 誉れ高きヴァームの戦士の誇りを失ったか!」
「戦友に頼まれたのだ! そこのシャーマンの娘は逃がさしてもらう!」
「なっ! やめろ!」
デイドは最後の最後まで、本気で蹂躙するつもりであったので、結果的には迫真の演技になっていた。
解放された捕虜たちは必死で残った仲間の願いを果たそうと、それぞれが言った名を叫び逃げろと呼び掛けていた。
戦士団と解放されたものの衝突が起きた。
入りかけていた戦士とシャーマンの亀裂は決定的になったかにみえた。しかし、シャーマンには逃げるものもいたが、その場に留まっているものもる。
その場に残ったものは、ただどうすればよいか分からなかったのだ。
「ここにもう食料はない……。餓死したくなければソペニアに従え」
かのソペニアの使者であった。影の民の風貌であるが、帝国の人間である。土の護符をつかい羊の亡骸は土に還ろうと腐り始めている。備蓄にとっておいた干し肉などの保存食も同様であった。
ヴァチェの選べる選択肢はほとんど残っていなかった。ソペニアに頼る以前の問題で、ソペニアに依存しなければ死ぬという状況に追い込まれていた。
「撤退するべき……」
何度もいわれた言葉をヴァチェは否定する。
「逃げるものか! 今日の決戦で敵を捻り潰すだけのこと! そのあと悠々と合流すれば良い!」
「これほど愚か……」
使者は
早期撤退をしない場合は戦果を逃さないために、撤退に追い込む強行手段をとれと言われていた。
土の護符を完全に使えば羊の亡骸は土塊となったであろうが、使者の身が持たないため途中で中断をした。それでも亡骸や食料が腐るには十分な効果があった。
恐ろしげな魔法をつかう使者をシャーマン達は恐れて近づきもしなかったが、ヴァチェは強気だった。決着をつけない撤退を頑として断ったのだ。
主からはそうなった場合、使者は軽く戦わせれば良いと言われていたが、敵軍の巧妙な策で最悪の状況となったところ、軽く戦うことすら困難であると判断していた。
欲に目がくらんだ人間は御しやすいと主は踏んでいたのだろう。しかし敵の巧妙さまで計算の内だったのだろうか。
シャーマンが暴動を起こさないのは、単にリーダーがいないからだ。もしこの混乱で其の者が開放されたら一気にヴァチェの軍が崩れるのは目に見えている。
使者はヴァチェを大敗をさせるわけにはいかなかった。この木偶の坊に力を貸すのは嫌だったが、使者は仕方がないと決心する。
「突撃の準備をしろ!」
せめて中央くらいには出ろと使者は思った。実際にヴァチェが恐れているかどうかはわからないが、ヴァチェの恐怖が伝播して軍全体が不安で支配されているようだった。
程なくして
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