戦場 二 ベーラーとバティ
本隊と分離した後、ベーラーとバティは並走する。
「おい、どこへ向かってるんだ?」
「そりゃあ、敵のいそうな方だろう」
デイドが呼んだ順というのは、そのまま部隊の指揮権順であった。
ベーラーが向かう先に部隊は進む。バティは闇雲に走り回るベーラーを問いただす。帰ってきた答えはバティの予想通りに適当なカンであった。ちっとは頭を使えと思いながらバティはヴァチェがいままで前線に出てきていなかったことを伝えようとした。
「バティ。多分おくのほうにいるんじゃないか?」
結論は同じである。だがその過程をすっ飛ばしたベーラーに後で言ってやらなければならないと、バティは心に誓ったのだった。
三十騎ほどの騎馬の小隊があちらこちらに展開していた。敵の組織は思っている以上に統率はとれている。小隊規模でいくつもデイドの本隊に突破されてはいたが、騎馬の機動力を以って合流している。兵数はヴァームの方が多いのだ。各個撃破されていてもそれだけで全滅しているわけではない。やられながらも散開しつつ被害を抑え、合流している。兵を一点に集中してぶつけられれば、いくらデイドであっても飲み込まれてしまうであろう。
今は同数以下の戦いと、油断したところへの直接攻撃で圧倒しているが、いずれ消耗してすり減れば最後に残るのはヴァームであろうとバティは考えていた。
当然そうならないようにするために、混乱の収まっていない今、敵首領を討つのだ。
ヴァチェは恐らくどちらかに居るとバティは考えていた。騎馬の集まりつつある戦士団の後方か、最終防衛であるシャーマンの一団の後ろかだ。
ベーラーも敵の中心に向かって走ってはいたが、どっちつかずの方向であった。
「おい――」
「あっちへ行くぞ!」とベーラーは槍を掲げた。
その顔にはそんな気がすると書いてあった。シャーマン団の方にベーラーは一気に加速した。
バティもどちらかと言えばシャーマンの方から行ったほうが良いとは思っていた。
正面から戦士団に突っ込めば被害は出る。シャーマンであれば魔法は厄介であるが、騎馬の突撃に平静でいられるほど肝はすわっていないだろうと思われた。
たとえハズレであっても立て直しはしやすいはずだった。
結果的にはそれが正解であった。
騎馬の圧力の前に蜘蛛の子を散らすように逃げるシャーマン達に戦意は無かった。
そこにワンユの兵から一報が届く。
「報告! 敵に糧なし! 西へ逃がせ!とのことです」
その言葉を聞いてベーラーが叫んだ。
「シャーマンよ! 西へ逃げろ!」
「ベーラー……。それで動いたら苦労はせんぞ」
「ではどうしろと?」
「ソウエイ達がアーヴィ殿を開放するのを待つしか無いだろう」
「そうだな。ならば、ヴァチェに射掛けるぞ」
ベーラーはいち早くシャーマン達の向こう側にヴァチェの姿を見つけていたのだ。
「射掛けたら俺が突っ込む」
ベーラーが単騎で駆ける。残った兵達は剣を収めて弓を構える。ヴァチェに狙いを定めると連射をしながら一定の距離を保ちながら駆け抜けた。
何十と放たれた矢であったが、ヴァチェに届くことはなかった。魔法の障壁に阻まれたのだ。
それほど宝具は強力であったが、ベーラーが接近するまでの時間稼ぎには十分であった。
ベーラーは槍を構えヴァチェに向かって突きを放つ。ヴァチェは飛来する矢に気を取られて、抜けてきた敵を一網打尽することが出来なかった。
たとえ攻撃しても離れた距離を保って移動している集団には効果的な攻撃は見込めなかった。
なので、ヴァチェは守りに徹したのだった。
デイドであっても防ぐことは出来なかったであろう神速の一撃を、ヴァチェは風の壁で反らす。
見えない盾に不意を突かれたベーラーは体制を崩した。
ヴァチェはその隙きを逃すはずもなく、手にした槍を薙ぎ払う。
ベーラーは間一髪避けたかに見えたが、ヴァチェの槍に予め纏わせていた風の刃がベーラの胸を切り裂いた。
鎧に守られ傷は浅かったが、ベーラーは一瞬息を詰まらせた。
さらに追い打ちをかける切っ先が下段から放たれる。それをベーラーは槍を両手で持った柄でなんとか受け止めた。
風の刃は一撃で効果は消えたようであったが、勝手の違う相手にベーラーは苦戦した。
しかし、自力では全く勝負にならない実力差があった。用意しておいた奇術をひとつずつ削っていくにつれ、ベーラーは徐々にヴァチェを追い込んでいく。
万が一ベーラーが敗れたときのために、バチェは弓騎兵を率いて待機していたが、流れがベーラーに傾きつつあることに安堵していた。そしてベーラーが得意の三連撃を放つ構えをとった時にバチェは勝利したと見ていた。
だがそのバチェの視界に黒い影が飛び込んできた。
「ベーラー! 左!!」
ベーラーに向かって二つの刃が繰り出される。
凄まじい連撃をとっさにベーラーは槍の柄で防ぎ切る。槍の間合いの懐に入られてなお受けきったベーラーの反応は神がかり的に見えた。さらに不意打ちに失敗したその相手にベーラーは一撃を加えていたのだった。
「化物……」
かの使者であった。手傷は負わなかったようであったが、着物は切り裂けてその肌が覗いていた。
「此処で引かないなら……その腕落としてでも宝具……もらう」
「女子どもは殺すなって言われてんだ、逃げるなら負わないぞ」
使者のサラシを巻いた胸元にある僅かな膨らみをみて、ベーラーが言う。
「舐めるなぁ!!」
ベーラーが使者に気を取られている僅かの間、ヴァチェが魔法を使うのには十分であった。
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