幕間――使者と少年

 ヴァチェがコーネストまで移動する間に、使者であった女は一足先に帰還していた。

 そして、彼女はかの少年の元へやってきていた。


 彼女は帝国生まれであったが、二〇年も前に水の国の奴隷商の毒牙により、手足に奴隷の枷をはめられた。彼女の村を襲ったのは高原の民の亜人であったので、彼女は彼らをよく思っていない。同族であるという意識は殆どなかった。

 彼女を助けたのが今の主であって、その奴隷というわけではなかった。しかし、主従関係にある。

 彼女の目的は、その主の命を少年に伝えるために、訪れていたのだった。


 少年は決して口にしないが血縁もなく、年も離れたこの女性のことは本当の姉のように慕っていた。

 気が緩んだのだろう、少年はあまり口にはしないぐちを言う。


「先生にはゴティウになるべく嫌われるようにと言われていたけど。やっぱりちょっと難しいよね」


「同情している……?」


「別にそんなつもりもないけど、可愛そうじゃない?」


 それを同情というのでは? という言葉を飲み込んで要件をつたえる。

 クーデターに失敗したヴァチェをゴティウは恐らく迎え入れるはずだが、もし渋るようなら支援を打ち切ると言ってでもそうさせるようにと言う指示だった。



「本心でバカにしているとこもあるんだよ? 正直覇王として器がちっちゃいとおもう」


「それ故の覇王……。無能ではない……」


「わかってるよ! もう! カトリ! 子供扱いしないでよ!」


 頭をぽんぽんと撫でられた少年は抗議した。

 しかしカトリと呼ばれた女性はなおもぽんぽんする。


「リエン様が期待している……。頑張る」


「わかってるよ! それより、それ怪我してるんじゃない?」


 少年はカトリの服が破れていることを気にかけた。


「怪我は無い……強い相手だった」


「カトリが言うんだったら、ものすごく強かったんだろうね。…それよりやっぱりそれは外したほうがいいんじゃない?」


 少年はカトリの腕と足を見ながらいった。ヴァチェはその枷を見てカトリを奴隷だと判断していたのだった。


「これはリエン様……主様との絆……」


「あーはい、はい。わかったわかった。外せないんでしょ。でも外したほうがいいって」


 カトリと少年のいつもの言い争いは頑固なカトリが折れることがないので、結論は変わらないのだった。


「それじゃあ、先生に宝具のはソペニアのもとにあると報告してね。他の細々とした報告書はこれだから」


 と少年は使者カトリに書簡を手渡した。


「これには書いていないんだけど、口頭で報告してね。ヴァームは実戦慣れしていなかったんだ。シャーマンを擁する一族に喧嘩を売る輩はそんなにいなかったはずだよ。たぶんゴティウは欲しかったカードが一つ手に入らなかったから、機嫌悪いとおもうけど、先生の言う通りにしてみる」


「……わかった」


「帝国にはゆっくり帰りなよ。魔素のバランスが崩れたら今の仕事もできなくなるんだからね」


「その時はその時で主様の役にたつ」


 彼女にとっての命題は全力で主の命を遂行することであり、己の能力を出し惜しみするつもりはなかった。それで異能が早期に失われることになっても、その時は身一つで主の為に尽くすつもりであったのだ。


「だから! ムチャしないようにって言ってんの!」


 少年はカトリの考え方をわかっていて心配していたが、カトリはその考えを変えることはないだろうとも思っていた。



 ◆◆◆



 次の日の朝、ヴァチェはゴティウと面会した。

 軍は二日の間ほとんど飲まず食わずであったので、疲弊しきっていた。


「どういうことだ! ゴティウ! 食料はあるのだろう!?」


「あるさ。その懐にある宝石で買えばいいだろう? 小麦一袋宝石一つと交換してやろうではないか。同盟者として寛大な処置であろう」


「バカなことをいうな! たったそれだけで我ら全員の飢えが凌げるものか」


「それは首長としてお前が無能だからだろう」


「なっ!」


「それを使うならば、よく考えるのだな。お前を一瞬封じ込めるだけの術者くらいこちらにはいるのだ」


 ヴァチェは己の宝具を使おうとしたことを読まれて動揺する。


「同盟者ということで、それを着けたまま会見させてやっているが、食い物一つ用意できない首長など同盟するには値しないな」


「我らが臣下に下れと?」


「お前がどうしてもというから、そうしてやったのだ。俺はどちらでも構わないがな。もし臣として仕えるというならば、武器を持ってここにいるのはおかしいだろう。外すがよい」


 ヴァチェは苦悩しているようであり、返事をすることが出来なかった。ヴァチェは煮え湯を飲まされたデイドには報復をするつもりであったし、軍を率いる立場を失いたくなかったのだった。


「なにもとって食おうというわけではない。デイドに復讐したければ好きにすればいいし、軍の食料も十分に渡そう。それこそ勇名をはせるため、華々しく戦に行ってもらおうじゃないか。それにヴァーム兵の指揮はお前に任せるつもりだ」


 それはヴァチェにとって十分に納得のいく内容であった。


「わかった我らはゴティウ様の配下として働きましょう」


 そう言ってヴァチェハ宝具を外したとたん、その場に倒れ込んでしまう。

 宝具によって守られていた魔法を使った負荷が一気に押し寄せたのだった。


「何も知らぬ愚か者め……。そこのお前、それを運んでおけ」


 ゴティウは短く指示をだし、その宝具を見つめていた。

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