ヴァチェの撤退
「ソウエイと言ったか、わるかったな」
といって、ヨーカがソウエイに向かって手を差し出した。小さな手であり、どこからあのような怪力が生まれるのか――ソウエイにはヨーカの毒気の抜けた綺麗な顔に、差し出された反対の手にあるその身丈ほどある凶器との不釣り合いさが、この少女そのものをあらわしているように思えた。
「大丈夫」
その風貌に気圧されないようソウエイは居住まいをただし、正面からしっかりと柔らかな手を握る。うん、と一言ヨーカがいう表情が、ソウエイには嬉しげなように見えた。
「ヨーカ、レフタルの居場所はわかるか?」
「父様、居たのですね」
「――ヨーカいつも言うが、もう少し周りをよく見なさい」
「……。これはまた、散らかしてしまいました。ごめんなさい」
多分そういう事を言っているんじゃないだろうなとソウエイが思っていると、ラークの中にローブを着た少年が入ってきた。齢のころはソウエイと同じか下のように見える。その身にまとったローブは、確か高位のシャーマンにしか着ることが許されないものではなかったかと、ソウエイは思い出していた。ソウエイはあまり目にすることのないものだった。
「やはりここでしたか」と少年。
「レフタル! どこへ行っていたのだ」
とヨーカが走り寄る。
それはこちらの台詞ですとレフタルは応えた。ソウエイは彼らのことは何も知らなかったが、仲が良さそうだななどと考えていると、一瞬ソウエイはレフタルに睨まれたように感じた。
「アジータの煽動で、西に逃げるものが多いようです。奴らなど信用できません」
とレフタルはアーヴィに向かって言った。
そこへ思わずソウエイが口をだす。
「我らはヴァームを開放するために――」
「うるさい! お前たちに力を借りなくても――」
「よい、わしの不徳が招いたことだ」とアーヴィはソウエイとレフタルの間に入った。
「アジータには感謝せねばならないだろう」
その言葉でレフタルは口を閉じた。レフタルも理解はしても感情では納得出来なかったのだ。
「大方予想はつくが、ヨーカをお前が焚きつけたのだろう。ヨーカがお前の所に行ったのもアジータのおかげだ」
「……はい」とレフタルは返事をした。
彼も最善と思われる行動をとったのだろう。そのおかげでソウエイたちの任も果たせたのだ。
「これは!?」
その場にいた魔に長ける者は一瞬早く、その他の者は遅れて異変に気づく。ラークが突風により、揺さぶられる。
一同はすぐさま外へと向かった。
◆◆◆
その動きが視えるものは少ない。魔素は四聖霊によってもたらされた互いに相反するものである。
それは人の身に余りあるものであったが、魔導の籠手はその奇蹟の負荷をやわらげる。
一人の命を落とす規模以上の魔素を操ることもできる。しかしその負担はあるのだった。
ヴァチェは己をこけにした相手を全て巻き込むつもりだった。全てを巻き込む風の刃を作り出すつもりであり、それは常軌を逸した行為であった。
まずヴァチェの乗馬していた馬が切り裂かれる。風が真っ赤に染まりながら広がっていく様は不気味であり、破壊の象徴のようである。
ベーラーも身の危険をいち早く察知して、またそのカンによりその場に居た使者の後ろに入った。
ベーラーの行動に「チッ」と使者は舌打ちをするが、猶予はなかった。
使者は護符を取り出し構える。
すると、遠巻きに成り行きを見守っていたシャーマン達が次々に倒れていった。
其の者達の身体には小さな護符が貼り付けてあった。帝国の秘技で使者にとって奥の手であったが、命の危険とあらば使うことにためらいはなかった。
シャーマン達は強制的に魔素を操る砲台となり、その力は使者の持つ護符へと集約される。
使者はその力は一点に盾として展開させる。
それは面の攻撃に対する点の防御であったため、強大な宝具の力を防ぐことができた。盾に入ることの出来なかったベーラーの騎乗していた馬は、無惨に切り刻まれてしまう。
バティもいち早く危機を察知して、部隊を後退させていたため彼らの被害は軽微であった。
しばらく続いた防風の脅威が去る
盾は消え、放り出されたベーラーの身体は後方へ飛ぶ。
その瞬間使者は擬態し、ヴァチェの傍らに飛び込んだ。
ヴァチェへ片膝をつき消耗しているようすであり、これ以上の戦闘は困難であった。
その場にソウエイによって開放されたモーカ達が現れるのがヴァチェの目に入った。ヴァチェは己の不利を悟る。
「潮時……乗れ……
使者が擬態した姿は豹の姿であった。ちっと舌打ちしてヴァチェはその背中に跨った。
人一人乗っても余りある大きさである。
去り際にヴァチェが叫ぶ。
「モーカ! 俺の言ったことは本当だ! どうせ残りは一つになったはず!」
「――っ」モーカは何も言えずにその場に立ち尽くす。
その場を走り去った使者にヴァチェが悪態をついた。
「あれはお前が持たせていた護符だな? やはり、あのように恐ろしいものだったか」
「読めない……愚か者…わるい」
「ただの悪意であろう」
デイドは確実に敵へ被害を与えていたが、部隊全員の息の根をとめることはできることではなかったし、やる必要もないことであった。
ヴァーム兵の被害はあったが、壊滅的な被害を受けたわけではない。
集結していた戦士団はヴァームの本拠から撤退した。一部のシャーマンはそれについて行き、一部の戦士は本拠に残る。彼らは各自それぞれの判断により行動したのだ。
結果ヴァチェによるヴァームのクーデターは半分成功したが、全てを掌握することは叶わなかった。
ヴァチェはすぐ側まで来ていたソペニア軍と合流し、アジータへ追撃することを熱弁するが、それが叶うことはなくコーネストへ向かうこととなる。
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