宴と提案
宴の間にはワンユ族の重鎮たちが並び、末席にはソウエイも居る。
デイドはクロガネの隣に案内され、ズゼンたちもそれに続く。
クロガネという男は、体躯はデイドよりも小さかったが、中年に差し掛かっているにもかかわらず、無駄な贅肉などはなく、綺麗に解いてある髪には僅かに白が混じりながらも、体は鍛えられているようだった。客用に案内された
「クロガネ殿、お初にお目にかかる。アジータ族長のデイドだ」
「よくぞ参った。息子の話を聞いて来てくれると思っておった。感謝する。今宵はこれ以上無い宴を用意したから、遠慮なく楽しんでもらいたい」
「クロガネ殿、我らの為の宴感謝する。爺よこれは楽しみであるな」
デイドは慎重に言葉を選びながらも、クロガネの腹の中を探ろうと、不遜な態度にならない程度に余裕を持って対応をする。実際どこまで余裕があったのか――ただの虚勢であっても、デイドは一族を預かる立場にあるからには
デイドたちの前には、色とりどりの見たことのない様々な料理が大皿に並び、食欲のそそる香りが漂っている。クロガネから酒を勧められ、先にクロガネが飲み干したのを見つつ、デイドはそれを口にすると、どんな上等な酒よりも深い味わいが舌の上に広がった。
「デイド殿は火酒は初めてか? ドラゴニュートの創る酒であるが、わしはこれが一番好きなんじゃ。口に合わぬなら別の酒を用意するが……」
それには及ばないと答えたデイドの表情は満足げである。
クロガネが合図を出すと、奏者が一斉に演奏を始める。弦楽器が奏でる音色は美しい旋律を奏で、小太鼓の軽快なリズムに合わせて響いてきた。
「クロガネ殿、ワンユの皆は幸せそうであるな……」
「そう思ってくれるか。デイド殿は舞いは好きかな?」
酒を酌み交わしながらクロガネが問いかけた。そうだなとデイドが答えると、白い着物を着た美しい女性が袖から姿を現した。
美しい踊り子が舞を披露する。その舞いはこの場に優雅な華を咲かし、見るものを魅了した。旋律にあわせて細い手足が流れるように型を変え、そのすべての形が美しかった。
「ハクキリ、こちらに来なさい」
クロガネに呼ばれたハクキリという女性は、舞に疲れたためであろう、顔を上気させつつも、優雅にデイドの前歩いてきた。
「ハクキリで御座います」
「いままで、これ程まで美しいものを見たことがなかった。素晴らしい舞であった」
デイドの賛辞をうけて、クロガネは上機嫌のようで、デイドに語りかける。
「これがぬしに、来てもらわねばならなかった理由の一つであるよ」
モーカには苦労ばかりかけて、このような美しい着物の一つも着させてやれないことを残念だな、などと考えていたデイドは、突然のクロガネの言葉に驚きを隠せなかった。
「どういう事ですかな? クロガネ殿」
デイドが一瞬返答に窮している間に、ズゼンが問いかける。
「ワシの娘のハクキリを嫁がせたいとうことだ」
「なんとも、呆れるな。今さらなんの理由だ? デイド様に取り入って、よもや、罪滅ぼしのつもりか――」
「ズゼン!!」
デイドがズゼンを一喝した。
「これは――、クロガネ殿さきほどの失言を許していただきたい」
「いや、ズゼン殿の言うことはごもっともだ。なにも気にしておらぬ。それに、順序というものがあるのにすっとばしたわしも悪かった」
とズゼンに対してクロガネが頭を下げた。
冷静になったズゼンは、無言であることが善しとしたようで、黙っていた。
「ズゼン殿、理由というのはあの時のデイド殿が理由であるよ。当時の我らは混乱しておったのだ。それは盟主殿もそうであった――」
「クロガネ殿……」
ズゼンに呼ばれクロガネは言葉を止めて、相対する。しかし、ズゼンは次の言葉を発する様子がない。デイドが要領を得ない様子なのを見て、クロガネは何かを悟ったようだった。
「ズゼン殿、この話はまた後で」
沈黙を肯定と取ったクロガネも、場の微妙な空気に言葉を窮しているようだった。
「クロガネ殿の提案は、今すぐ結論の出るようなものではない故保留とさせて頂く。難しい話をしても、舞でお疲れの様子の美しいハクキリ殿の晴れ姿を損なってしまっては勿体無い。この件は前向きに検討する故、ハクキリ殿を少し休ませてあげてはどうだろうか? クロガネ殿」
「そうであるな。ハクキリよ下がりなさい」
はい。と短く答えたハクキリは宴の席から退出した。
デイドは言質を取られた格好になったが、この場をうまく収めるのには仕方のないことであった。その結果がどうなるかは知る由もなかったが、このことを逆手に取ってクロガネが婚姻を迫ってくるような人物ではないと感じていたため、問題はないだろうとデイドは判断し、一つ貸しとしておけると踏んでいた。
その予想通りの発言をクロガネはする。
「デイド殿。この件がどのような結論になろうと、わしはデイド殿と協力をしたいと考えているのだ」
「それはクロガネ殿が盟主となった大連合であるか? 我らとしては、対等な同盟を上、支援して頂くを並、勢力下に入るは下であると考える」
デイドの立場上、一族がワンユに併合されるのは避けたい。失礼とも取れる発言だが、流れから強気に言っても受け入れられると計算を立てていた。
「これはしたり、今日はどうもいかん。歳のせいかうっかりとしたことが多くなったようじゃ」
発言の後、クロガネはズゼンの方を向いたが、クロガネはもうこの場で発言をするつもりはないようだった。
それをみて、クロガネは続ける。
「反対といった方が分かりやすいじゃろ。我らは最悪でもデイド殿と敵対したくないのじゃ。混沌と戦の興る高原で、できれば同盟ではなく、我らを配下に迎い入れてもらうのが一番であるが、それにはいくつか条件はある」
望外であった。ありえない提案にデイドはまず罠を警戒した。何かしらの工作であると考えたのだ。
「して、その条件とは?」
「まず、我ら一族の宝具を身に着けて貰いたい」
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