帰還者のもたらすもの
デイドはツーチャに乗って草原を駆けていた。腕の傷の具合は身体を動かすのになんら影響はなかった。
弓をもち、狩りをしていた。居候でなにもしないのも落ち着かなかったので、夕食の一品くらい狩ってこようというつもりであった。
ツーチャは昨日の明け方に帰って来た。馬は賢いといわれるが、ツーチャもそうであったようで、主人のもとへ帰って来たのだった。
デイドはツーチャを念入りに調べ怪我などはなく健康そうであったので、ツーチャの様子を見るためにも、ツーチャに乗って狩りをしていた。
デイドには、ツーチャが戻ってきたことは吉兆だと思えていた。ほんの数日の出来事であるが、もとの生活に戻る兆しのようであったからだ。
コーネストに襲撃をかけてから、三日たつ。
ソウエイもクロガネもまだ帰還せず、長の代理はハクエイが務めていた。
ハクエイは美しく、作ってくれる料理もかなりの腕前で、デイドはただ一点を除いて非常に満足をしていた。
ハクエイにそれを求めるのも酷な話であったが、デイドがクロガネとソウエイは無事であろうかと訊ねてもハクエイはわかりませんと答えるだけだった。
それが普通の答えであろうが、デイドの満足のいく答えではなかった。モーカであれば気休めでも、風の聖霊の加護がついていますよとでも言ったであろう。
当然デイドも気休めを言ってもらいたいわけではない。
例えば、ワンユの本拠を移動させるかどうか。ハクエイに訊ねてもわからないと答えるだけだとデイドはわかってしまったのだ。彼女はごく普通の女性でしかない。相談する相手としては不満が残ったということである。
長の代理として、ハクエイは帰還を待っているというよりは、ただなにもしていないのと同義であるとデイドは感じていた。
デイドも帰還を待たなければならないのが正解であるとは理解していても、なにもせずにはいられなかったのでツーチャに跨がり草原を駆け抜けているのだ。
『オオーォォン』
ワンユの本拠からの合図が聞こえる。
「デイド様!」
供に来ていたベーラーがデイドに呼び掛けた。彼の肩にはデイドと同じように今日の成果がぶら下がっている。
クロガネ達が戻ってきたのに違いないと、デイドたちは急ぎ馬で駆ける。
自然とラークに向かう足も早くなる。三人の笑顔と、彼らと熱く交わす握手と、モーカへの抱擁を思い浮かべ、デイドは胸を熱くしていた。
しかし、デイドに待ち受けていた光景は、デイドの思い浮かべていたものではなかった。
ラークの中には三人の姿はない。ただ一人ソウエイが居るだけだ。
ソウエイは手当を受けている。全身に刻まれた傷は鋭利な刃物で切り裂かれたようである。無数の傷ではあったが、致命傷となるようなものがなかったのが、せめてもの救いであった。
「ソウエイ……これはいったいどういうことなのだ?」
状況が全くのみこめないデイドは、休息を取らせるべきであろうソウエイに問いかけた。当然ソウエイも状況を伝えるまで気を失う訳にはいかないと、気合で意識を持っているようだった。
「コーネストをなんとか脱出した私達は、取り決めていた通り、モーカ様が父のアーヴィ様を頼りにヴァームまで逃げ延びました」
「ヴァームまで行けなかったのか?」
「いえ、アーヴィ様は我らを暖かく迎え入れてくれたのです。しかし、ヴァームは首長派とソペニア派に分かれていたようで、ソペニアの手のものが我らの情報を伝え、首長派の転覆を謀ったのです」
「義兄殿がソペニアに寝返ったということか?」
「そのとおりです。宝具によって、私はこの傷を受けたのです。父上やアーヴィ様たちの助けがあって、命からがら逃げることはできたのですが、父上とモーカ様は幽閉されてしまったのです。恐らく我らの訪問は予定外であったと思われますが、計画は以前から練られたものと思われます。手際よく軍の掌握を行っておりました」
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