将星への誓い
ラークの中で、デイドは状況を整理する。
主だった者は皆もう既に集まっていた。中には代理の長のハクエイや撤退の立役者となったバティが居る。
今回の奇襲による救出作戦は成功したはずだった。
という事実を受け入れるのに数秒かかった。
つまり、最後の最後で失敗したのだ。
モーカの父がクーデターを受けるなど、誰が予想できよう。デイドはそこが安全だと思いこんでいたのだ。
高原の覇王であるゴティウは高原の到るところまで、その勢力を少しずつだが確実に伸ばしていた。ほとんどの部族は表立って協力しないので、ゴティウによる高原の支配は程遠いものだとデイドは思っていた。しかしその見通しは甘かったのだ。
ゴティウは今回のことで失墜するはずだった権威を、たった一手で戻してしまうだろう。
もしかしたら、かつての五大部族の一つが傘下に入ることによって、さらにその勢いが増すかもしれない。高原の歴史を紡ぐシャーマンを多く排出する一族だ。その可能性は大いにあった。
戦いの前、希望的観測でソペニアは痛手を負うはずとデイドは思っていたが、そこに埋まらない差があるということは、ここにいるほとんどものに絶望を与えていた。
「デイド様――私は戦いたいのです!」ソウエイが叫ぶ。
誰もその決意の言葉にすぐさま反応しなかった。
重たい沈黙がラークに流れる。
デイドはその言葉に、恐らくクロガネも見ていただろうもの、ソウエイの気質、運勢のようなもの――将星と言うべきものを感じた。
将星は武将がもつ運命を示している夜空の星だ。力強いものもあれば、弱々しいものも、運が向いているもの、いないもの、星詠み達がそれを占う。
デイドはこれを意味のない予言とも思っていたが、無視することもできなかった。人の運命というのはあるものだとまだ若いながらもデイドは悟っているのだ。
以前にソウエイから聞いた話をデイドは思い出していた。ソウエイは兄の死を見た。そして一人だけ生き残った。
今回も皆の望まない結果を伝えている。
ソウエイがそういう星の下に生まれたのだとはデイドは思わないが、そういう役回りになってしまっているとは思った。
バティもそうであった。彼も至らない所はあったかもしれない。しかしモーカの攫われた原因はトバモンホであってバティではない。
今回のクーデター騒ぎもソウエイが悪いわけではない。
しかし、このラークの中の雰囲気はソウエイを責めるようである。
ソウエイは戦うという。当然その選択肢もあるだろう。
そして当然戦わないという選択もあるはずだ。万全でない彼を戦わせる理由はないのだ。
「バティよ、どう思うか?」
デイドはラークの中で一番冷静であろう人物に問いかけた。
「交渉も選択の一つかと思われますが……」
「バティ殿! 臆したか! ズゼン殿の遺志をもう忘れたか!」
「よい、ベーラー。お前は少し黙ってろ」
ある意味デイドの予想通りの言葉を発したベーラーをデイドは黙らせた。それでもベーラーはまだ興奮が冷めないようでバティを睨みつけている。バティはその様子の素知らぬ顔で流しているので、バティもある意味肝は十分に座っているというものだ。
「ハクエイ殿、糧食となるものの備蓄はあるか?」
「申し訳ありません。各地に散った者に多く渡している為、そう多くはございません」
「ベーラー現実がそうなのだ、兵は少ない兵糧も僅か、しかも連戦である」
デイドの言葉に、ベーラーが我に返ったようにして言った。
「バティ殿申し訳ない」
バティは気にしていないと手をひらひらさせる。実際気にしていなかったのだろう。
「そしてもう一つ、事実が未だであるが、我らとワンユが盟を結んだと敵にしれた。前回のように囮を使った奇襲はできん。もとより奇策であったが……」
同じ二部族が同盟ないし、合併となっていても、状況は雲泥の差である。デイドの置かれた立場は非常に悪いものだった。
そもそもまだワンユとは同盟すら締結していない。かたや相手はソペニアに降るであろうヴァーム族によりその勢力は万全となるはずだ。それはクロガネとモーカは犠牲になると同義である。
「皆に言っていないことがある」
デイドは矢傷のためだと包帯を巻いていた腕を見せる。そして包帯を外した。そこには刻印が三つ刻まれている。
「正気を疑われそうだったからな。魔女の呪いを受けたなどと言ったら……」
デイドは自分の体験を皆に伝えた。そしてこの力は恐らく戦況を一気に覆すだけの力はあるはずということも言ったのだ。
「ズゼンかモーカ若しくはクロガネ殿がいればなにか知っていたかもしれない。しかし誰もここには居らん。だから、モーカはもちろんのこと、クロガネ殿を失う訳にも行かない。まだクロガネ殿に聞かなければならないこともある。当然ここで黙って何もしないという事はない!」
デイドは口調を強めたが、ラーク内の将兵の空気は重い。
そして戦うとなると、問題は山積みのように皆には思えていた。食料も僅か、戦力も僅か、不意打ちにも期待できない。
「まずはじめに、しなければならないことがある」
デイドはソウエイの目の前に行き、ソウエイの身体を起こす。ソウエイは傷が痛むだろうが、お構いなしにまっすぐデイドを見て、デイドの言葉を待った。
「アジータの長としていう。ソウエイ殿をワンユの臨時の長と俺は認める。ワンユに異論のあるものはおるか?」
デイドはラーク内を見渡すが、ハクエイを始めとしてそれに異論のあるものは居ないようだ。
「ここにアジータはクロガネ殿とモーカを救うまでの同盟をソウエイ殿に申し込む。
それまで我らは一心同体であり、運命を共にする。
俺の将星に賭け、ここは立ち上がる。戦だ!
先の戦いの前、今は亡きズゼンが言った。俺の将星に運が傾いていると!
天啓である!」
デイドの言葉には熱があった。消えていた将兵の意気が吹き返す。それに応えるようにソウエイは力強く言った。
「ワンユ族長代理ソウエイ! 此処にアジータとの同盟締結を宣言する!」
皆の顔に暗さはなかった。デイドならやってくれると信じてしまっていたのだ。再び戦に赴き、そして更に厳しい戦いで命を預けるに足る人物であると信じたのだ。
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