戦に向けて
ソウエイはデイドから、作戦会議は任せてほしいと言われる。
それは、ともすればワンユだけに犠牲を出す作戦会議になるやもしれなかったが、ソウエイはデイドを信じた。
数刻であっても手当をし、安静にすることを選んだ。ソウエイはデイドへ必ず出立の際黙って行かないようにとの念押し、約束をしていた。ソウエイはそのような約束を、デイドが破るとは思わなかった。
ソウエイは影の民と揶揄のあるワンユ族の族長クロガネの第三子で次男であった。
クロガネはあまり子宝に恵まれなかったためか、末子のソウエイのことはとても可愛がっていた。
ソウエイの少年時代は六つ離れた兄のセキエイの後を何時でも何処でもついていくような少年であった。それは兄への憧れからであり、ソウエイにとって兄は父の次に尊敬する人物であった。
影の民のなかでもセキエイは力が強かった。逆にあまり擬態の能力が強くなかった。ソウエイは唯一兄に勝てることが擬態をすることであったが、それはあまり誇りとは思えなかった。セキエイは宝具を父のように巧く扱っていたからだ。
後二つ冬を越せばソウエイが成人する頃、一族内で会議が開かれた。ソウエイはそれに呼ばれなかったことを今でも悔やんでいる。
その会議の内容は、帝国が高原の若き俊英であったセキエイの首に懸賞金をかけたことによるものだった。
高原の部族の主要人物にそのようなことがされるのはよくあることであったが、セキエイのような成人したてのものにはあまりかけられることはなかった。
そんなある時、セキエイは一族の兵士を連れて出かける準備をしているのをソウエイ少年は目にする。「決して付いてきはいけない」と、当時のセキエイがソウエイに対してよくしていたように、厳しく冷たい口調で言われ、少し前にあった会議の時に呼ばれなかった疎外感をソウエイは強く感じたのであった。
ソウエイは兄の言いつけを破ってしまった。
擬態して駆ける足の速さと、影に隠れるたくみさで、武装した騎馬のセキエイ一行を尾行したのだ。
彼らの目的は、使者としてくるというソペニアの使節団を迎え入れることであった。武装していたのは、不穏な噂の絶えないソペニアを警戒してのことであったが、結果的にはその警戒は足らなかったと言える。
ソペニアの使節団の目的は、決して和平を求めるものではなく、帝国にかけられたセキエイの首に対する法外な懸賞金であったのだ。
セキエイ一行も決して油断はしていなかった。しかし、ソペニアの武装集団は荒事に手慣れていた。争いを避けている戦闘経験の乏しいワンユの兵士たちは、次々とその凶刃の前に倒されていくのをソウエイは見た。そしてそれはあっという間の出来事だった。
その中でセキエイだけは善戦していた。そんなセキエイをみてソウエイはしてはならぬことをしてしまう。姿を現し「負けるな!」と思わずソウエイは叫んでいたのだ。
驚いたセキエイに襲いかかった刃が手傷追わせ、一気にセキエイは追い込まれた。弟を庇うように位置取りをして更にその立場はどんどん追い込まれていった。
「逃げろ! 父上に知らせるのだ! 早く!」
ソウエイが聞いた兄の最後の言葉だった。厳しく冷たい口調ではなく、それはソウエイが好きだった、優しくも憧れた勇ましい兄の声であった。
あとになったら分かることは良くある。ソウエイは兄に心配されていたのだと、その時のことを思い出すたびに痛感するのだ。
一人前の成人した戦士なのかという葛藤をソウエイはいつも持っていた。兄を失ってまだ三つの冬しか越えていないが、未熟者だと感じている。当時の兄のようには全く振る舞えていないとソウエイは感じている。
そんな折、ソウエイは父から命令を受ける。使者としてアジータ族へ赴き、なんとしてもその首長のデイドを招いて来いというのであった。
その時ソウエイにはクロガネの思惑が全く理解出来ていなかった。クロガネはあまりそのような話をソウエイにはしなかったからだ。
それはきっとあの時に自分の判断が間違っていたからだとソウエイは思っていた。
クロガネには、脅迫まがいのことさえしなければなにを代償にしても良いと言われていた。それはほぼ丸投げであって、ソウエイはそれをさらに不安に思っていた。
仕方がないので、ソウエイは慣れない正装に身を包み、苦手ではないが得意でもない馬術で草原を駆け、はるばるプリシーの湖畔まで訪ねていったのだった。
そんなソウエイであったが、アジータの人々と面識はなかったため、更に不安もあっての訪問だった。心配していたソウエイをアジータ人たちは快く迎え入れてくれた。ただベーラーの勘違いで騒動になりそうだったのは、ここでは伏せておく。
デイドの歓待はソウエイにとっては望外であった。このような小さな己の為にそこまでされると、さら相手が大きく見えた。
そこでソウエイは、ふと父上がデイドを直にソウエイに見せたかったのではないかと思った。デイドは噂に違わぬ好漢であり、ソウエイはなにか底知れないなにかも感じていたのだ。
目標としていた兄のようであり、さらに偉大なのではとも、数少ない会話の中で感じていた。
後にその感想をソウエイはありのまま父のクロガネに伝えていたが、その時のクロガネの様子がやはりと何か得心が行くようであったのがソウエイには印象に残っていた。
◆◆◆
ラークの中でハクエイがソウエイを看ていた。やはりデイド達の持つラークより大きく、内装は比べるまでもなかった。
作戦会議でハクエイは、役に立てないのでソウエイの手当をするといって参加していなかったのだった。
そこでソウエイは静かに寝ていた。
会議の終わったデイドがソウエイをもとへ来る。
一瞬寝ているソウエイをみて躊躇いをみせたのを、ハクエイは見た。
デイドはハクエイにソウエイを起こしてくれと頼み、ハクエイはその通りにする。まどろみから目を覚ましたソウエイに向かってデイドか言った。
「出陣だ。ソウエイ、命を預ける。お前が総大将だ」
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