征くもの待つもの

 デイドはこのクーデターの首謀者でありモーカの兄であるヴァチェのことはよく知っていた。

 ヴァチェは勇敢な高原の戦士というよりは、小心者であることを知っていた。


 昔は英雄に憧れた少年であって、シャーマンになれなかった劣等感を抱いたまま、そのまま大人になっていた。

 傍から見たら勇敢そうな人物であったが、その実は虚栄心の塊であり功名心にまみれていた。

 これらはモーカから聞いたことでもあり、デイドが実際に会って感じていたことでもある。


 デイドはヴァチェが決してモーカとクロガネを殺さないとわかってた。最後の最期まで追い詰められれば、何をしでかすかはもちろん分からなかったが、ある程度選択に余裕がる場合は、ヴァチェは不名誉なことは絶対にしない。


 それはシャーマンの口伝で語る高原の歴史の英傑達の影にある不名誉な敗者達になりたくないからであり、華々しく語り継がれる英傑のようになりたいという願いからである。

 捕虜を殺すというのは大変不名誉なことなので、それを代々語り継がれることはヴァチェにとっては耐えられることではない。


 そのような内面を父親のアーヴィは見抜いており、家督は末子のレフタルにと考えていたが、未だ指名もしていなかった。ソペニアはそこに付け入ったのだ。



 作戦はもろもろこのような情報に基づいて練られたが、時間をかけていてはクロガネ達はソペニアに引き渡されてしまうだろう。迅速な行動が必要であった。



 まず移動式のラークは解体して場所を移動する。食料となる羊たちを連れていきたいのは山々であったが、それでは行軍が遅すぎる。コーネストと距離をとることを目的とした避難であった。

 糧食りょうしょくの問題はあったが、デイドの策があった。緒戦さえ成功すればうまくいく公算がおおきかった。


「デイド様、何故私が総大将なのですか?」


「俺は前線で戦うつもりだ。全体の状況を見ての撤退もしくは突撃などの決断をソウエイに任せたいのだ」


 そのような大役は無理だというソウエイはいう。デイドは聡明なソウエイに判断を任せたいと説得する。


「予めこちらの負けの条件を伝える。緒戦で失敗したら撤退だ。また時間がかかりすぎても負けだ」


「ソペニアから援軍が来るということですね」


 そのとおりだというデイドに対して、ソウエイが質問をする。


「緒戦の作戦で不安があるのですが、いきなり全軍で来られたら我々の負けになるのではないですか?」


「その可能性は低いし、もしそうなれば我らの勝ちだ。ただ防戦して待てば良い」


 ソウエイは得心したように答えた。


「軍がクーデターをおこしたので、全軍が離れると軍以外の不満を持つシャーマン達などが反旗を翻すということですね」


「出陣するのは三分の一か四分の一程度のはずだ。敵軍が二百騎程度であればうまくいく筈だ」


「それでも我らとほぼ同数ですが……」


「見せかけの数は五十程度にする」


 ソウエイは数秒考えた後にデイドに問う。


の判断を私に任せると仰いたいのですね?」


 その通りだとばかりにデイドが大きく頷く。そしてその場で成り行きを静かに見守っていたハクエイに尋ねた。



「ソウエイは動ける状態であるか? 聞いていてわかっているだろうが、激しく動くことはない。乗馬して長距離を移動する程度には動けるだろうか」


「大丈夫でしょう。見た目ほど怪我は酷くはありません。ソウエイに聞くところ宝具による魔法のようで、父とモーカさんに守られて傷は浅かったようです。でもわたくしは、そのような魔法をうけるデイド様のことが心配です」


 デイドはこの数日過ごす間に、ハクエイは裏表なく本当のことをいう女性だと思っていた。つまり、ソウエイの戦いたいという気持ちを汲んで、嘘を言うような腹芸のできるような女性ではないと思っていたのだ。ハクエイがいうのならソウエイの怪我の具合は大丈夫であろうとデイドは思う。


「ハクエイ殿がそういうのなら、ソウエイは間違いないだろうな」


 微妙に噛み合わせの悪い会話になり、ハクエイはデイドの顔を黙って見ていた。デイドもその様子に気づき、ハクエイを見ること数秒で空気を読んだか読まずか、ソウエイが口を挟んだ。


「デイド様は姉上がお嫌いですか?」


「いや、そんなことはない――」


 戦の前に不謹慎だとデイドは言うが、ソウエイに「戦の前だからですよ! 好きなのです?」と押し切られてデイドは頷くしか無かった。


 それを見てソウエイが言った。


「無事を祈って、お帰りをお待ちしております」

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