幕間――シュマダイ――

 弦音が響く。シュマダイはこの音が好きだった。

 何故ならばその音を聞いた後は狙った得物を獲りにいくことになり、それは自身の命を繋ぐものであったからだ。

 シュマダイは狙った得物を外したことはない。百発百中の腕を持っていた。

 即ちこの音を聞くときは、それを得ることと同義であったのだ。


 しかし、シュマダイは数年前のある時にこの音を聞くことができないでいた。

 高原に大寒波が訪れたのだった。


 狩猟を主に生活をしていたシュマダイにとって、この寒波は大問題であった。

 得物が居なくなってしまったのだ。


 いくらシュマダイに神の如き弓の才能があったところで、それを的中させるものが居なければどうしようもないのだ。


 高原の更に北の山地でシュマダイは生まれた。一族は皆弓の腕が立ちシュマダイも自然とそれに倣っていた。牧草を得る土地は少なく家畜の数はあまり居なかったが、森林が近く、そこからくる野生の獣は豊富にいて、一族は日々の生活に困ることはなかった。必要な分だけ狩り、毛皮を取り、加工して、交易の品として交換した。シュマダイは毛皮と交換された珍しい品々に興味を持つ少年であった。彼らは決して必要以上に狩ることはなく、彼らの余暇は自然の中にいて、楽器を奏でうたを歌い踊り、シュマダイはそれを黙って見ているのだった。


 大寒波のおり、いつも来ていた交易商人がやってきた。一族の皆はその商人に毛皮を渡し、食料を得た。


 しかし毛皮を渡してもほんの僅かにしか食料を渡さないその商人にシュマダイは怒りを覚えた。皆が頼み込んでもほんの僅かしか食料を渡さなかったのだ。

 そしてシュマダイは見たのだった、商人がもつ荷物の中に大量の食料を持っていることを。


 村をでた商人の後を、シュマダイは夜半になるまで後をつけ射殺してしまう。


 弓を射て食料を得て命をつなぐ。シュマダイにとってそれは当たり前のことであった。しかし一族の皆は何故か、弓を射て食料を持ってきたシュマダイを非難した。

 そして感謝の言葉もなく、その食料を皆食べた。


 かなり食料を得たが、冬を越すには不十分であった。


 そこへゴティウが兵を率いてやってきた。

 命からがら逃げ延びた商人がゴティウに賊の討伐を依頼したのだった。シュマダイは食料を得ることが出来ればよかったので、逃げる商人を殺さなかったのだった。


 ゴティウはシュマダイと知己であった。しかしその弓の腕がどれほどまでかは知らなかった。

 事情を聞き、一山離れた所から射たというシュマダイの弓の腕にゴティウは驚愕し、そして相場から言っても不当である僅かな食料を与えた悪徳商人に激怒した。


 しかし、正式な交易証を持つその商人をゴティウも無闇に殺すことはできず、不当な取引をしたと噂を広められたくなければ、不問にしろという落としどころに落ち着いた。


 ゴティウもシュマダイを無罪放免とするわけにも行かず、形式的には村から追放という形にしてシュマダイは食客としてゴティウに迎え入れられた。

 そして、ゴティウから充分な食料を村に与えられたのだった。


 それ以来シュマダイはゴティウの命でその弓の腕を振るうこととなり、今に至るまで狙った得物を外すことはなかったのだった。


 しかし、放たれた矢はデイドの額に命中することはなく、突然棹立ちとなった馬を抑えるために上げた左腕に弾かれてしまった。シュマダイに知ることはなかったが、モーカの加護がわずかに残り、入射角がわずかに逸れ、その威力も落ち鎧を貫通することがなかったのである。


 ケモノには第六感があり危機を察知する能力があるというが、シュマダイはそれを信じてはいなかった。なぜなら彼の射た矢はすべからず命中するのだから、もしそんな危機を察知することができる能力があるのならば、得物は放たれた矢を避けてなければおかしいと思っていたからだ。

 しかし、シュマダイが中ると確信をもって放った矢を初めて外したことで、そのようなものがあるのかもしれないという心境にシュマダイはなっていた。


 心に僅かに生じた気の迷いといえる感情を無視して、シュマダイは二の矢を構える。

 その弓は大きい。身の丈よりも少しばかり小さいが、歩兵の使う短弓とは一線を画している。

 短弓とおなじ複合弓コンポジットボウであるが、素材や構造はシュマダイの手製で全く別物と言っていい。

 そしてこの弓を扱えるのはシュマダイしか居ない。

 限界まで引き絞り、今度こそと狙いをつけ、シュマダイはゴティウの命を果たさんとする。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る