絶望的な戦い三
デイドは光の筋を見た。
嘶いたツーチャが暴れそうになるのを、抑えようと手綱をもった刹那、己に飛来するものに対してとっさに頭を左腕に隠す。
左腕に受けた痛みで、地面に刺さった矢を目視するまでもなく、デイドは狙撃を受けたのだと直感した。たまたま流れ矢に当たったのではなく、狙われて
腕に受けた衝撃よりも、デイドはモーカと自身をかすかに繋いでくれていた加護が尽きたという事実による衝撃の方がはるかに大きかった。
実際の所、デイドにとっては加護は御守りのようなもので、戦闘においてそれに頼ることはなかった。しかしデイドには、モーカの想いをその加護から感じ、そこに彼女との繋がりを得ていたのだ。
未だ救出に至っていない今、デイドはモーカとの繋がりの一つを破壊されたような思いを持つ。デイドは頭に血が上り、顔が火照っていくのを感じたが、腕の痛みがここが戦場であると言うかのようで、その感情を押し留める。皮肉にもモーカの加護を奪った敵からの攻撃による痛みが、モーカを奪い返すための一助となったのだ。
デイドは都市の中心の方へ一瞬目をやり、意識を向けた。矢を受けた左手の方向は、都市の中心部つまり敵本隊の真っ只中だった。
そこに射手の存在を見つけようということだが、デイドは闇が深い中その姿を視認することはできなかった。たとえ日中であったとしても射手を発見することはできなかったであろう。なぜならば、シュマダイは家屋の間から僅かに見えたデイドを狙っていたからだ。障害物のある中、弧を描いた矢は寸分たがわぬ狙いを精密に射抜いたのだった。
デイドは二者択一を迫られる。
突撃すべきか引くべきか。いまだ救出の合図はなかった。ならば派手に暴れて注意を引き付けなければならない。しかしここで狙撃にあって死ぬ訳にもいかない。即断即決が信条のデイドも判断しかねていたが、決断は難しいことではなかった。
それは天からの助けであったのか、閃光弾が上がったのだ。
しかし、事前の取り決めのように一発が上がるというわけでなく、二発上がっていた。正確には一発は夜空に打ち上げられていた。もう一つの光は地上から見えていた。デイドはその意味するところを考えることなく、その場から撤退を強行する。
踵をかえしたデイドの脇を矢が掠める。シュマダイが矢を放ったのであったが、彼は夜空に輝く閃光弾に一瞬気をとられ、狙いを定める前に放たれていたのだ。しかし、デイドはその事を知るよしもない。
退くぞと叫び中央にいたデイドは左回りに横陣を駆け抜ける。デイドは撤退となればの縦陣とし、後列二十騎は
兵士たちもそれを心得ていたので、デイドの後に一糸乱れず着いていき、見事な用兵である。
左右に別れ奮戦していたズゼンとベーラーとがデイドの傍らにつく。
「若! 矢をうけたようですが、お怪我は!?」
「心配ない、一気に抜けるぞ!」
先ほど蹴散らした弓兵を後ろから突撃をかける。敵は組織的に抵抗もできずただ逃げるのみだ。
ゴティウの思惑は歩兵の壁と、弓兵を幾重にも巡らせ、デイドの消耗を誘うつもりであったが、早々に切り上げられてその目論みは頓挫する。
しかし、撤退するデイドにとってその道は楽なものではない。ゴティウは予め逃げ出したデイドを追い詰めるよう部隊を配置しているのだ。
都市外にはすでに包囲網が構築されつつあり、ゴティウの策は完成間近であった。
数刻もせぬうちに、デイドは門へたどり着いたが、そこにはすでに騎馬の一個小隊が封鎖している。
先頭に立つ人物の姿は奇異であった。背中に南方の珍しい鳥の羽をつけ、それは優に半身ほどある。全身過剰な装飾に溢れ、特にその紫色の羽はまさに異様であり、持ち主の歪んだ精神を顕していた。
トバモンホは命令違反をして、部隊を率いて門を固めていた。
トバモンホの行動は、出来れば生け捕りにするという、内心企みを持っていたゴティウの意思とは違い、ここでデイドを殺してやるという目論見からであった。
トバモンホは憎きデイドが死地に居るという事実からか、その表情は優越感に浸り、彼我の圧倒的な立場の差から余裕すら見える。しかし、トバモンホには焦りもあった。部隊運用を禁止されている中、命令違反をしてここまで来たのだ。悠長に構えることはできなかったのだ。
デイドは門を封鎖する部隊をみて一時速度を緩め停止した。
デイドはモーカを奪った相手を目の前にして、大太刀を鞘に収めた。
「トバモンホ! おまえ相手に武器など必要ない! 大人しく道を開ければ怪我をせずに済むぞ!!」
続いてベーラーが単騎で前に進んで行く。
「命乞いをした雑魚か! どけい!」地を揺るがすような大声であった。
このベーラーの挑発にトバモンホは激昂する。
「ドブネズミがぁぁ! 一思いに殺してやるわぁ!」
うちに秘めたどす黒い感情を言葉に乗せトバモンホは馬を駆る。
トバモンホはデイドの実力を見謝っていた。デイドと以前一騎討ちをしたときは不動の鎧を着ていなかった。そしてベーラーとも剣を交えていない。
ベーラーが軽く剣をふるい、トバモンホの槍を弾き飛ばす。そして馬の尻をしこたま峰打ちをする。驚いた馬は一直線にデイドの方へ走り込んだ。デイドは軽くトバモンホの腕を掴みそのまま都市の外壁へ投げつけてしまった。トバモンホは主から授かった自慢の鎧に守られていたが、その衝撃は計り知れない。外壁は決して分厚いものではなかったが、馬が通るには十分すぎるほどの大穴をあけていたのだ。
唖然とする門の兵士をよそに、デイド達は悠々と脱出することに成功したのだった。
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