絶望的な戦い四

 駆ける、駆ける、駆ける。騎馬の一団が月明かりのもと草原を駆け抜ける。


 デイドは手にした羅針盤の針の方向へと一直線に進む。

 エチの大森林はコーネストの北にあり、そこに至るまでには湿地帯とルブの湖がある。

 ここでゴティウにとってみれば誤算があった。早々に撤退を始めてしまったデイドに対して、南側から出て行った歩兵の機動力ではまだ包囲網を完成に至っていなかったのだ。

 そして、デイドの騎馬隊はその機動力の落ちる湿地帯を避けるであろうという思い込みがあったのだ。


 しかし、都市の外に待機していたソペニアの騎馬の連隊はすぐさまデイド達を追跡する。

 疲労度の差は歴然としている。デイド達は遥か西から来ていたのに対してソペニア騎兵は本拠から出たばかりだ。

 全速力で逃亡するデイドたちに対して追跡者たちは余裕を持って対応した。だんだんと離される距離であっても相手はすぐにバテてしまうのが目に見えていたからだ。


 そしてそれが彼らにとって災いとなる。


 デイド達は湿地帯に入るやいなや、限界に近づいていた馬から下馬して走った。先頭集団はそのまま湿地帯を駆けていたわけであるが、後部の十騎が左右に分かれ陽動をする。主人を失った馬たちはその場に留まったり、主人を追おうとして湿地に足を取られながら進んでいたり、好き勝手に左右に分かれた仲間を追ったりしていた。


 追手の兵士たちは当然、左右に分かれた少数の騎馬に食らいつく。追撃に驚いたその場に残っていた馬達は、散り散りとなって逃げ出した。

 遠くから追っていたソペニア騎馬隊は、さらにその馬達の動きに混乱し、部隊を裂く。

 結果デイド達が遥か彼方に歩行で逃げていることに彼らが気がつく頃には、騎馬隊で進むには湿地が深すぎる所まで離れてしまっていた。


 決断を迫られたソペニアの指揮官も、とっさに最善と思われる行動に出る。

 左右の部隊は当然追跡を続行させ展開させている歩兵と挟み撃ちにする。


 そして、足の早い騎馬隊を湿地帯を迂回させ、デイド達が抜けるであろうエチの大森林へ別動隊として向かわせた。


 さらに自らは直接デイド達の背を狙うことにしたのだった。





 ビシャビチャと飛び散る泥が足に絡み付くなか、完全に包囲を脱したわけではなかったが、デイドは何とか光明を見いだせたような気がしていた。

 このままいけばゴティウの裏をかき、救出されたであろうモーカと共に帰還することが出きるかもしれない。

 振り替えれば彼方で、湿地で足が取られている騎馬隊が見える。早々に追い付かれることはないであろう。


「デイド様、逃げ切れるでしょうか?」

 傍らにいたベーラーが問いかける。


 デイドは平原の覇を争い合う相手としてゴティウのことを認めていたし、よく理解をしていた。

「俺がやつなら同じ事をする。だからこそ、湿地に逃げ込むとは思っていない。そこに包囲の隙ができたのだ」


 このままうまくいけば別働隊として、換えの馬を率いてエチの大森林で待っているバティと合流することもできるであろう。そうなれば、追跡を躱すこともたやすい事となる。


 その為にデイドは非情になり、一つの命令を出さなければならなかった。


「後尾の十、名を言え!」デイドはその命令を出す前に問いかけた。



「ファリオ! アリミマイ! ドマリス! エイストル! エギビゴ! シュタロ! ドラメ! ラウロケル! ナベル! ベザラ!」

 後尾に付いていたアジータの精鋭十名がその名をデイドへ向けて叫んだ。


「その名はこのデイド! 決して忘れん! お前たちは西へ征け!!」


 そしてデイドは彼らに囮となり、死地へと征けと命令をだす。彼らは鬨をあげ遥か彼方にあるプリシーの湖がある西へ駆け出した。しかし彼らがそこへ辿り着くことは無いのだ。

 彼らの殿でまた幾らかの時が稼げるであろう。討ち取られるか、捕虜となるか彼らの未来はデイドには分からなかったが、その身が犠牲となるのは間違いないことであった。


 ◆◆


 デイドの傍らにはズゼンがいる。ズゼンは先日の出来事の残像を頭から消そうとしていた。

 エチの大森林の手前にあるルブ湖に近づいていく中、囮となった兵士を見てズゼンの心には闇影が覆うのであった。

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