ズゼンの苦悩

ズゼンの苦悩



 ソペニアの本拠地コーネストに出発する前、デイド達は念入りに打ち合わせを行った。

 一つは、見つかる可能性は低いが、ワンユ族の能力を活かしてトバモンホを見つけるための斥候を出すこと。

 広大な高原に網を張るのは不可能である。本隊を敵の斥候から見つからないよう逃がすためにも、遠吠えの届く範囲の連絡網を作り、可能であれば移動中のトバモンホを探す。

 その願いは叶わなかったが、彼らは充分にその仕事を果たしていた。


 一つは、影の民の名の通りのワンユの兵士による闇からの工作のこと。ソウエイはモーカを影から探り、他の精鋭達は放火など破壊工作を行う。警邏のある都市内でそれらの任務は危険であった。


 一つは、撤退時の決めごと。後列になったものは殿として役目を果たす。

 これは危険どころではなく、命を差し出すのと同義であった。


 一つは、ワンユから借り受けた馬を率いて合流地点で待機をすること。

 これは重要ではあったが、他の任務と比べ危険は少ないであろう。


 短くも濃い作戦会議の終わった後、デイドにズゼンは問いかけていた。


「デイド様、親バカだと思われるか?」


「爺…。会議では爺から何も聞かなかった。何も思わんぞ」


「いえ、言えなんだのじゃ」


 ズゼンの息子バティがワンユ族から借り受けた馬をつれ、エチの大森林に向かった。

 誰かがやらなければならないことではある。


 デイドが決めたことであった。ズゼンは当然従うが、息子が後方の安全地帯へ赴くことに何も言わなかったことを、きっと息子可愛さであると皆に思われていると感じていたのだ。


「いよいよ、歳をとったということじゃ」


 ズゼンの心境は複雑であった。バティの腕は確かである。しかし年下であるベーラーに敵うことはない。その腕が劇的に成長することはもう無いであろうから、その差は埋まらない。


 不出来だとは思わないが、一の将にはなれない息子をズゼンは不憫にも思っていた。

 そして、今回の不甲斐ない出来事。留守を預かり護ることができなかったのだ。


 ズゼンはデイドが冷静であることが反対に取り乱しているように思えていた。

 デイドは即断即決ではあるが、それは一族にのためという大義名分があるからだ。迷っている首長など誰も付いてはこない。


 だからと言って、即断しているだけでも主としては失格であろう。そこに間違いもあるだろうから、すべてが正しいとは限らない。

 しかしデイドの即決には一族皆ついていった。デイドが皆の事を考えているとよく知っていたからだ。


 しかし今回の事はどうであったろうか。バティがに乱入してきたときは皆混乱した。バティが待機する兵を連れたのはワンユの裏切りの目を心配してのことだ。

 当然ズゼンもそうであったように、デイドもそうであった。皆事実を知らなかった。


 そのときデイドは不動の鎧を着てさらに疾風の靴を履いていた。

 その場で、その真意を知るものはワンユではクロガネだけであり、アジータではズゼンだけであった。代々一子相伝の口伝で伝わる伝説の予言に因むことである。


 ソウエイはまだ知らず、デイドは父の最後の言葉を聞かされていない。ゴティウにはある意味歪んで伝わっていた。


 そんな事実を知らない者たちにも、デイドの放つ力が怒りを表し、それが尋常ではないのはひと目で分かっていた。その場に居た者たちが目の当たりにするは、怒りを覚えたデイドの踏み出した足が大地を震わせ地鳴りとなり、ワンユの本拠にいたの全員がそれを聞いた。宝具を二つ持って得られる力ということはそれほどのものなのだ。ただ怒りに身を任せ力を震えば巨大な暴力となる。


 だがその力の波動も一瞬で収まり、その後のデイドは時折怒りを滲ませるも、淡々と行動していた。


 ズゼンにはデイドがただ己のためにモーカ救出を行っているのか、一族皆から好かれているモーカを守れなかったことで、皆の誇りが失われそのまま高原の混乱に飲み込まれるのを防ぐためなのか、その真意を知ることが出来なかった。

 ズゼンはデイドが一族の為に心血を注ぐ覚悟を持っていたことを当然知っていた。そしてそのように行動してきたことも知っていた。もしかしたら、初めて己の為に一族を使おうとしているのかもしれない。


 ズゼンはそうであってほしいとさえ思う。

 そうでないならば、一族の為皆死ぬこととなる。それ自体はズゼンも誇りをもって行動するが、その原因となった息子であるバティのことを思うといたたまれなかったのだ。


 バティはその責任を果たすため死地に赴くこともなく、ただ待つしか無いのだ。


 替えの馬もなく、寝食もろくに取らず、確かに消耗しきってはいた。だがそれは甘えていい理由になどならないとズゼンは思っていた。


 高原の弱小勢力だが、誇りをかけて全軍で敵を叩く。


 そんな一大事に息子が閑職へまわされた不甲斐なさと、それを容認してしまうような老いた自身の精神にどうしようもなく情けなさをズゼンは感じているのだった。

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