絶望的な戦い二
「横陣をとれ!」
ツーチャに騎乗したデイドが指示を出す。
壁となっている歩兵を一気に蹴散らす算段であった。
奇襲を仕掛けたにも関わらず、敵の混乱はほとんどない。攻撃がゴティウに予期されていたと、デイドは悟る。
デイドにとって唯一の救いであったのが、まだ集結しつつあった敵の歩兵の数が二百程しか見えないことだった。
突破口さえ開ければ一撃離脱も可能であろう。
敵が一時引いたことで、距離は十分にある。突撃し加速した質量による衝撃は歩兵ごと吹き飛ばすに余りあるだろう。
コーネストのメイン通りは騎馬兵が二十ほど並んでも余裕のあるほど広かった。交易が盛んなこの都市の往来の為である。
「俺に続け!」
デイドが駆ける。ソペニアの歩兵の錬度はあまり高くなかった。もしこれが帝国の兵や巨人族の重装歩兵であったならば、騎馬の勢いにも動じずしっかりと密集隊形をとったまま、槍を突き出すことも出来たであろう。
しかし、もともと騎馬の兵たちが主であったソペニアの歩兵や、士気の低いもともとオアシス都市の住民であり、徴用された兵士達ではその迫り来る恐怖に打ち勝つことは出来なかった。その威力を十分すぎるほど分かっていたからだ。デイドを討ち取ろうと上がっていた意気は、地に落ちていた。
綻びができるのは容易であり、決死の覚悟のデイド達の突撃が突き刺さる。歩兵の壁は突破され蹂躙される。しかし、数の暴力というものが圧倒的で、騎馬の勢いも何時までも持つものではない。ソペニアの兵士たちは数を頼りに、霧散して逃げることはなく、なんとか騎馬の猛攻に耐え戦列を維持しようとしている。
デイドは大太刀を振るい切るというよりはむしろなぎ飛ばしながら、ツーチャが駆ける。数えるのも馬鹿馬鹿しいほど敵を屠りながら、ついに敵の集団を抜ける。
後続の部隊は続いていなかったのだ。彼方に見える部隊まではかなりの距離がある。
しかし、そこに待ち受けていたのは短弓兵の部隊だった。
充分に引き絞られた弓は一斉に飛び出さんと待ち構える。
恐ろしいことに、ゴティウは最初の部隊もろとも矢の嵐を以ってデイドたちを仕留めるつもりなのだ。
「モーカの加護がある! 突っ込むぞ!!」
デイドの声に、兵たちが鬨の声を上げる。抜けてきた背後の歩兵達は事態を飲み込んだようで我先にと逃げ出そうとしている。
たとえ一度矢を防いでくれても、その後はただ的になるだけだ。であるなら、一気に駆け抜け接近戦に持ち込むしか無い。あちこちにまだ小火が残り、真夜中にしてはまだ明るいであろうが、射手の狙いは恐らく適当でしかない。狙って中るものでないのなら一気に勝負をかけるべきであった。
距離から言って恐らく一斉射を行うなら一回しか出来ないであろう。
敵の指揮官も騎馬の圧力に臆したか、充分に引き付けるよりも早く斉射の合図を出す。
風切り音が幾つも聞こえる。上空に放たれた矢がデイドたちに届く前に全速力で走り抜ける。全く躊躇をしなかったおかげて、矢の半数以上はデイド達の後ろへと流れていった。
その先には逃げ遅れた歩兵達がいる。全身に矢を受け絶命したもの居る。或いは背中に矢を受け血を流しながら物陰へと逃げようとするものがいた。運悪く頭に当たり倒れ伏すものもいた。
殆どが鎧に守られて無事ではあったが、被害が少ないわけではなかった。
接近された弓兵は先程の歩兵よりも悲惨な有様だった。
剣を抜き応戦するものは殆どおらず我先にと逃げ出し、背中を切られる。馬に踏みしだかれる。
街道は血に塗れていた。
しかしデイド達の疲労も無視できない所にある。防御の加護も失った。
そしてデイド達の視線の先には絶望が見える。
今しがた息絶え絶えにやっと越えた壁と同じか、いやそれ以上であろうか、歩兵の壁がデイドの前に現れた。
もうはじめにあった勢いはなく、立ち止まってしまうと、小回りの聞かない騎兵は大きなただの的になってしまう。加速するほとの距離もなく、あったとしても人馬は疲れ最初の勢いは出せないであろう。
ここで破壊力は重視し横陣にしたツケがでた。行くも破滅、戻るにしてもバラバラに戻ってしまえば各個撃破となる。横に開いた陣は味方の連携を取るのには不向きであった。
思わず立ち止まったデイド。そこに向けて一筋の光が走る。この戦場の遠くに弦音が響き、同時にツーチャが嘶いた。
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